右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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ルールに従順な日本人
今、ハンドボールの再試合のことが話題になっています。クエートが反則しまくりだったのに、審判もグルになって勝たせたということのようです。この話は興味深いです。日本と同じくもう一つの被害国が韓国であるというのも皮肉です。

韓国のスタンスはむしろクエートに近いところにあるのではないかと思うからです。それは日韓共催のサッカーワールドカップで韓国がどういうスタンスで、どう国際的に認識されたかを知っている人には私が何を言いたいのか、すぐわかってもらえるでしょう。

しかし、日本のマスコミは不思議と韓国に過剰なほど気を遣いますので、知らない人も多いかもしれません。まあマスコミがいくら隠そうとも、今ではネットで調べればすぐにわかることです。

まあ、韓国の話は今回はどうでも良いです。あまり嫌韓ネタをとりあげると、そういう人ばかり集まってしまうので、書きたくないです。中韓や在日への非難は書くけれども強国には甘い「新風」のブロガーとは私は距離を置きたいと思っています。

最近はやたらと与党系に媚びを売っていますが、何を考えて居るんでしょうか?橋下氏って、そんなに一生懸命応援するほどの候補でしょうか?まあ対立候補もどうかとは思いましたが。

それはそうと、話をもどします。
昔から、国際試合で日本などが勝ち出すと翌年からルールが(欧米人に有利なように)改変されるというのは、バレーでもスキーでもF1でも何でも、過去を振り返れば、実にありふれたことでした。クエートや韓国が特別という訳ではない、むしろ彼らのほうが国際的な感覚を持っているのかもしれません。

そもそも日本人ほどルールに従順な国民は、世界中さがしても、ほとんどいないのではないかと、むしろそう思います。

今アメリカ大統領選挙が行われていますが、もともと懲罰を受けていて選挙人を出せないことになっていた州で勝ったもんだからヒラリーも、今になってやっぱりあれはおかしいとかルールを変更させるようにゴネだしています。

草野球を思い出してもおもしろいです。私は子供の頃、野球がものすごい好きでしたが、事情があって少年野球チームに入れなかったので、かわりに友人や先輩後輩らとともに草野球をそれこそ毎日のようにやっていました。

その時、試合は何の問題もなく進みましたし、みなきちんと野球のルールを守っていました。

主審というか球審は、なんと攻撃側のチームが出して、ストライクだのボールだのの判定をやっていましたが、お互いにかなりフェアにやっていて、ほとんど問題ありませんでしたし、むしろ見方に厳しいくらいの者もめずらしくありませんでした。

ちゃんと3アウトでチェンジ、三振すればアウトでした。もちろん、きわどい判定の時に微妙なことはありましたが、ストライクゾーンの設定からアウトの判定まで、それなりに皆フェアにやって、審判などいなくても、秩序があり問題なく試合は進行しました。。

ルールに従わないとか妙なゴネ方をするやつはその場から排除されるという感じでした。遊びでも何でも、ルールを守らずにズルするやつは、誰からも遊んで貰えなくなります。それは、そういう反則行為を平然とやるような人間が、子供であっても少数派だったからです。

ところが、留学した友人の話ですが、むこうは草野球で子供達だけで野球をやっていると、まず3アウトではチェンジにはならない。あきらかにアウトになっても、「セーフだ」と塁上に居座ってしまう者が少なくない。

三振してもバッターボックスから出てゆかない。しかたないからピッチャーは投げなければならない。ヘタすれば3アウトではなく5アウト6アウトくらいまで行かないとチェンジにならない、それくらいルールというものを守るよりもルールは力関係でその場その場で決まるというような状態だと聞きました。

ルールをそのように捉えているのが子供にあっては多数だから、ルール違反者が排除されずにそれがまかり通るのでしょう。

だから、大人なり誰か審判みたいな中立の人間がいないとゲームが成り立たないのだそうです。アメリカという国の外交姿勢も、いや、世界中のほとんどの国の外交姿勢がこの調子ではないでしょうか。

日本人は、まじめにやっていさえすれば、きっとまわりは評価して認めてくれると信じて疑わないところがあります。それは、日本国内限定ならば、だんだん怪しくなりつつあるとは言え、未だにそこそこ成り立っています。

しかし、それを国際社会でも期待してしまうところが幼稚です。もちろん一般の国民がその程度なのは仕方有りません。むしろ国内の常識に沿って行動してしまうのが普通でしょう。

ところが問題は、政治家や外交官という立場の人間がそういうことをわかっていないということ。そして、国民もわかっていないので、国際社会流のルール感覚を適用すると国民がそういう政治家や外交官を非難するということがあります。

元大蔵官僚でその後は経済学者に転じたミスター円とか言われた榊原英輔という人がこんなようなことを行っていました。「外国とタフな交渉をして、相手国からいやがらせめいたことをされたりするのは覚悟しているが、背中から撃たれるのだけは我慢ならなかった」と。

背中から撃たれるというのは、日本人の場合同胞が他国とガチンコでハードな交渉をやって相手が攻撃的・感情的になってくるのを見ると、「相手国様を怒らせるとは何て失礼なことをするのか」と見方を非難しだすのだそうです。

相手国だって自国のために一生懸命交渉している、しかも裏技まで使っていろんなことを相手はしかけてくるのに、日本のために一生懸命交渉していている自分が、同じ日本人から非難される、「背中から撃たれる」ということをしきりに言っていました。

そうやって相手に気遣って「いい人」になりたい日本人がものすごく多いのだそうです。

日本人は自分たちが世界でかなり特殊な感覚を持っている国民であることの自覚が足りないのではないかと思います。

国際化と言って外国の文化をまねしたりそれに寛容であることを誇ったりするまえに、まず自分たちの文化への自覚の不足を何とかしろと言いたいです。

そもそもルール感覚の異なる人たちとつきあうのは、かなり辛いことです。それは、ルールをまじめに守ろうとする側の人間がだいたい割を食うことになります。そういう批判すら、差別だと言って封じようとするくらいに偽善的な日本人もまた多いので困った者です。
これから、どんどん国際化が進むと、まじめな日本人は割を食うことになるでしょう。そうなった時に、外国のコピーが得意な日本人は、自分たちのルール感覚、ルールへの厳格さを捨て、彼らのルール感覚、つまりルールそのものをめぐって常に政治ゲームを展開させようとする感覚へと変わってゆくかもしれません。

そして、ルールをめぐるゲームに勝利するような人間がルールを決める、既存のルールを破壊して勝った者が都合良くルールを決めるような社会に、どんどん日本も変わってゆくのかもしれません。

やはり世の中がもっとグローバル化して日本人も本当に国際化すれば、今のようにルールに厳格な日本人というのは、むしろいなくなるでしょう。
コメント
この記事へのコメント
おっしゃるとおりですね。
荻原兄弟も悲しい思いをしたことでしょう。
HONDAがF1から撤退した理由もそこにあるのでは。
それがヨーロッパ人の当たり前の感覚と思うしかないのですが、納得はできないですね。
はまちゃん | URL | 2008/01/30 (水) 10:12:17 [編集]
嫌なことですが、事実ですね。

ラフカディオ・ハーンが「失われゆくことを悲しんだ日本」に比べると、すでにかなり劣化していることは否めませんが、このまま流されていくと、もっと劣化して道徳心のない人間ばかりになってしまうでしょう。
なんとかする方法はないものでしょうか・・・
海驢 | URL | 2008/01/31 (木) 23:19:03 [編集]
ある種の劣化は明治維新にはじまる近代化という環境適応の副作用としてでてきたところがあると思いますが、戦前はまだましだったのでしょう。

問題は戦後で、戦前以上にひたすら外部への適応ばかりをもっぱらにしているところが、どうも一因かと思います。
管理人 | URL | 2008/02/01 (金) 08:42:18 [編集]
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