右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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安易な官僚バッシングは国を滅ぼす
世の中、官僚批判がすさまじい。当然のことながら、批判されるべき官僚というのはいるのかもしれないが、官僚主義というのは公務員の世界だけの話ではなく、組織ができれば官僚主義というのはどこにでも存在するものだ。大企業なども。

だから、単純に官から民にしさえすれば良いというのは、ものすごく安直な発想だと思う。民間は自分の利益しか考えない。

まがりなりも、公務員としての官僚の中には、公共ということをちゃんと考えている人たちが少なからずいるのも確かだ。
先の参議院議員選挙で、逆風の中、初当選を果たした京都選出の西田昌司議員が話しているのを聞いたのだが、官僚の中にはまだまともなのが数多くいるが、政治家のほうがダメなのが多いから、まともな官僚までツブされてしまっているという話だ。

はっきり言って、私も似たようなことを感じている。官僚よりも政治家のほうが、ひどいのが多い、とくに、小泉チルドレンがひどい。あいつらを何とかしないと自民党は腐ってなくなってしまうだろう。

それから、公務員の給料が比較的高いことをつかまえて、民間よりもらいすぎとの声があるが、しかし、公務員というのは、別に景気が良くたった、それほど給料はあがらない。

バブルの頃、証券会社とか金融関係の仕事をしている人らは、ものすごい金を手にしていたが、そういう時でも、公務員というのは、極端に給料が増えるということは無い。

そのかわりに、不景気になっても、急激に給料が減らされることもない、というだけの話だろう。

不況になると、経済的に苦しんでくると、楽をしていそうに見えるものを攻撃したくなるようだが、それはルサンチマンというものだ。

確かに、日本の公務員、特に官僚は、世界的に見て、給料が高い。しかし、これはあまり知られていないことだが、特殊法人まで含めても、日本の公務員の人口1000人あたりの人数というのは、アメリカよりもドイツよりも少ない。ちょっとデータを探すのが面倒だが、旧ブログのほうのどこかで書いたことがあるので、興味のある方は検索してみて欲しい。

ようするに日本は先進国の中でも、公務員の人数が少ないのだ。そういう事も知らずに公務員制度改革の議論についてマスコミ報道をうのみにしている人が多い。

人数が少ないのだから、1人当たりの仕事が多いわけで、それならば、給料が多くてあたりまえである。

まあ、私は公務員ではないから、別に弁護する気もないのだが、一時だけ公務員だった時期もあるので・・・。

それから、国立大学が独立行政法人化され、徐々に国営でなくなりつつあるが、大学に関して言えば、国立のほうがいろいろな面で経費を節減して、民より無駄(?)な出費は少ない。

以前にいた国立大学では、独法化されるはるか以前から、秘書などはすべてバイトだったし、校内もろくに掃除してくれない、各研究室のスタッフはギリギリの人数しかおらず、あらゆる人件費はことごとく削られていたし、学内者へのサービスも悪い、福利厚生も民間企業に比べてお寒い限りで、住宅手当のたぐいもちょびっとであった。

一方、今の私立大学のすべてがそうかどうかはわからないが、今いるところは、やたらと清掃スタッフがたくさんいて、毎日そうじをしてゴミも回収してくれる。国立大学では、それらはぜんぶ自分でやっていた。福利厚生はたいしてかわらないが、秘書などはパートではなく、正職員であるし、ボーナスも退職金もちゃんと出る。各研究室のスタッフの数も多い。

まあ、国公立大学の職員というのは公務員の中でもちょっと特殊だから、あまり参考にはならないかもしれないが・・・。

公務員は、民間なら普通にやっているような事をしても、ものすごく批判にさらされるから、できない。民間ならば普通の営業方法である「接待」にしたって、そういうことをやると、大問題になる。

私はやみくもに公務員批判をする人というのは、マスコミに乗せられやすいタイプなのではないかと思う。

日本を悪くしてきたのは、公務員とか官僚ではなく、マスコミやそのマスコミ世論を形成するのひ一役買ってきたエコノミスト連中、知識人・文化人連中だと思う。

一時、経済が悪くなって銀行がやり玉にあげられたが、あれも、銀行のせいというよりも、その背景にいて、彼らの行動に強い影響力をおよぼしていたエコノミスト連中が本当に悪かったのだと思う。

エコノミスト連中は、日本経済をバブルに突入させ、そのバブルを崩壊させる過程で、何の役にも立たなかったどころか、そっせんして、経済を滅茶苦茶にするような提言ばかりしてきた。

そして、今でも、そんな過去など忘れて、また好き勝手な事を言っている。

昨日のニュースで、規制緩和の話をしていたが、規制緩和が世の中を滅茶苦茶にしている現実を見ても、「規制緩和じたいが悪かったのではなく、どこかやり方がおかしかったのではないか?」などと言っている。

それはその通りなのかもしれないが、自分たちの愚かさを自覚できていないのである。

マスコミやマスコミに登場するエコノミスト、知識人、文化人らに責任を取らせなければ、今後も同じ事を延々くりかえすだけだ。

そして、今や、優秀な人材が官僚になるのを避けて、証券会社とか金融関係にばかり就職するようになっている。

官僚の中に無能な人間がどんどん増えればどうなるか。大多数の官僚はやっぱり自分のためというより、国のために仕事をしている。

それなのに、一部のろくでもない官僚と一緒にされて日本中から非難される。それならば、官僚になるのなどやめて、民間企業の、しかも金融関係の稼げる職業に就いて、自分のためだけに生きたほうが、まだマシだと、そう考えるのもしかたないと思う。

一生懸命、国のために自分を犠牲にして仕事をしているのに、官僚というだけで白い目で見られる。それならば、そんなバカらしい仕事などやめて、稼ぐが勝ち!そう思う人間が、どんどん増えてゆくことだろう。

感情的な官僚バッシングが、国を崩壊させる日は近いのではないだろうか。

コメント
この記事へのコメント
はじめまして。

競争社会なので民間は、利益追求しないと命がありません。組織を改善し、接待費も出さないと生き残れません。バブルの時、一部は大儲けしたかもしれませんが、その後は、会社がつぶれたり、会社は残っても切り捨てられ、職自体を失う人が続出しました。
官僚は、(本来自分の利益ではなく)公の利益のため働くことを前提に国民に雇われている人で、余程のことがなければ失業することなく報酬・職場環境は一定レベル以上退職後も保障されています。(ピンからキリまで様々な民間に比べれば、どんな時も一定レベル以上悪くなることのない公務員への保障はかなり手厚いと私は感じます)

特に国のために働く官僚(教師なども)がその役割を果たさなかったり、自己の利益や思想を優先して動いたりすると、その影響、損害は莫大なものだと思います。(会社がつぶれるみたいには、表から見えにくいかもしれませんが、国がつぶれるかも)稼ぐが勝ちと考える人ははじめから官僚になるべきではないと思います。公務員試験にそういう項が要りますね。

奇麗で行き届いた私立大学を維持しているのは学生(客)の授業料です。国立大学はその収入は少ない分税金が投入されているわけで、とくに研究費などに私立とは比べ物にならない額が費やされているのではないでしょうか。(もちろん必要経費だと思いますが)それと常に教職員への安定した保障を維持するために、その他の部分に手がまわらないということもあるかもしれません。国立大学にいる、民間の秘書バイトの給料は、おそらくびっくりするほど安いと思いますよ。たぶんボーナス、福利などなきがごとしで。(職員とバイトの待遇、給料差を考えると数倍になるのでは。民間、公にかかわらず職員と非職員の格差はひどいです。こちらの方が問題だと思います)

政治家が問題と言うのは同意しますが、問題のある政治家を選んでしまったのは国民ですから国民に責めがあるわけなので。
マスコミに関しては全く同意します。マスコミとそのまわりの自称文化人達が最も問題で、今のマスコミはマスゴミと言われても仕方がないくらい害しかない存在だと思います。
シーガル | URL | 2007/11/28 (水) 13:11:59 [編集]
あまりご存じないようなので1点だけ。教育には国立・私立かかわりなく、かなりの税金がつぎ込まれています。

私立大学も学生の払う授業料などでは全然足りず、それで経営などできません。ほとんどが補助金、つまり税金で運営されていますから、実際はたいしたかわりません。

また、大学の事務にも官僚主義やお役所的対応というのがあり、それは国立私立問わず存在します。

その他の点についても、また時間ができましたらレスいたします。
日村 | URL | 2007/11/28 (水) 13:42:12 [編集]
国のために仕事をするというのは、自分を犠牲にして、完全に無償で良いのかということです。

では、その対価は何かと言えば、もちろん金ではありません。名誉です。皆からの評価です。

官僚のやった良いことを正統に評価しようという風潮が一切無しに、失敗や不正だけクローズアップして、誰も官僚のやっている「良い事」を探そうとすらしない。

そんな風潮、そんな世の中で、一体誰が官僚になって、国をよくしよう、国のために働こうと思うでしょうか?

まじめに国に尽くしても誰も評価してくれない、あら探しや、不正官僚と同じ目でしか見られない、それなら、アホらしいと思うでしょう。

そして、自分の公務員やら官僚への批判が、ルサンチマンではなく、本当に憂国の念から来ているものかどうか、もういちど国民は考え直して、見直してみるべきです。

官僚批判が純粋に憂国の念によるものであれば、それはむしろ推奨されるべきものです。

しかし、おかしな官僚を批判するならば、まともな官僚を評価することとセットでなければ、大衆の嫉妬心をあおって、いたずらに官僚への不信感を増大させるだけ、誰も官僚などなろうと思わない風潮を増すだけです。
日村・マッコイ・管理人 | URL | 2007/11/28 (水) 17:54:40 [編集]
丁寧なお返事ありがとうございます。

>私立大学も学生の払う授業料などでは全然足りず、それで経営などできません。ほとんどが補助金、つまり税金で運営されていますから、実際はたいしたかわりません。
  
 
これについては、国立大学と私立大学では、国からの補助金は数倍の差、学生一人当たりでは桁違いの差があると思います。
 
 
  
>国のために仕事をするというのは、自分を犠牲にして、完全に無償で良いのかということです。

では、その対価は何かと言えば、もちろん金ではありません。名誉です。皆からの評価です。
 
 
もちろん、私はここで、官僚が仕事を頑張ってくれないと国と国民が困るという意味で話をしています。それほど重要なポストだと思っています。

官僚は、無償ではなく十分かどうかはともかく報酬はあるわけです。
「名誉、皆から(国民から)の評価」というのは、官僚自体が表に出ることが少ないからなのか、正直あまりピンとこないのですが・・一般論としての仕事のやりがい、評価のようなものならよくわかります。(すみません)
官僚という立場は、確かに政治家の蔭に隠れてしまいがちで、官僚がやった良いことというのは、一般国民からは(私からはかもしれませんが)見えにくい、見えないです。反対に不足分は、例えば(厚生省薬害のこと、)のように、見えやすいです。


それでも、官僚は、地味ではあるけれども、仕事自体が国のためという重要な職業だと思っています。
政治家とは違う意味で、国を背負っており、それゆえに、風当たりもきつくなるではと思います。

 
シーガル | URL | 2007/11/28 (水) 20:33:51 [編集]
そもそも
東京帝国大学設立の背景には、クーデター新政府の役所高官人事が薩長等の藩閥優先であることが批判され、所謂 “平等”思想を採り入れ 「氏・育ち」に関係なく 「東大」を出さえすれば、薩・長州出身者でなくとも、「高等文官試験」を経て、役所の高官(官僚)につく事ができる画期的な 「平等」であったはずです。

つまり、単に「東大」を出ればよいのです。
時は経て、昭和も終る頃、可笑しなことを言い始める連中が出てきました。

「上級職試験」に東大出身者が多すぎる!
「東大偏重主義だ!」
「もっと、平等にしろ!」

その先は御案内の通り、分母のレベルが落ちたのか、モラルも、「意気」も格段に変化してきたように思います。

愚生の友人にも若干の官僚連中がおりますが、「こいつに任せとけば大丈夫だな」と思う連中ばかりです。
換言すれば、「エリート」に相応しい人間が、「エリート」たるべきだと思うのです。

「平等」 って 困ったものですね。
Ma.wakizasi | URL | 2007/11/29 (木) 04:03:32 [編集]
誤解を招く
表現ですので、少し補筆します。

学歴(東大)=「エリート」ではありません。
東大は以外に広き門で3、4千人の入学枠があり、文Ⅰは300人位。この分母の中の更に一割の30人位のグループの更に上位一割の三人位が、かつての所謂「大蔵官僚(次官候補生)」になりました。

友人にでもいればよく判ると思いますが、この枠内にいる連中の頭脳たるや「人間」ではありません。ハッキリ申しまして人間の「努力」など入り込む余地はなく「別人」です。
「上級職試験」の「法学系」の試験慣れ(滑り止めでなく)の為に「司法試験」を受け(当然一発合格)、おくびにも出さない。ガツガツするでもなくタンタンと優雅に知識を吸収していくサマは自称「エリート族」司法試験浪人の怨嗟の的でもあった訳です。

愚生などはマジカに見ていたのでハナっから「別人」と理解しておりました。彼等は親兄弟、親族皆似たような環境で育ち、「公共心」が高く、「国の為に働く」という事を若い頃から淡々と語っておりました。
おぼろげながら「エリート」は環境が育てるのだと思ったものでした。
そして、その頃から我等「凡人」の役目は背伸びせず、分をわきまえ、彼等「エリート」を守り育て国の為に働いてもらう事だとも四半世紀前に思いました。

しかし、これ以上くだらんバッシングを続けると、本当にナリ手もなくなり、「偏差値バカ」の似非エリートばかりが「官僚」になってしまうと国が立ち行かなくなりそうですね。

我等にできる事は、「エリート」を育て「働いてもらう」環境作りと思うのですが如何?

そうそう、昔、大蔵官僚は、正月以外殆ど自宅に帰れず国会会期中は徹夜の作業が続き霞ヶ関庁舎の事務室はホテル「オークラ」と呼ばれていたそうデスが今は「ザイム?」
なんじゃそりゃ!  因に残業代なんか誰も貰わなかったみたいですよね。 さて今は … 
Ma.wakizasi | URL | 2007/11/29 (木) 10:53:43 [編集]
戦後、日本という「国」は、いわば「マイナー」な存在というのか、扱いというのか、日の目を見ていないですよね。
お国のために働くと、堂々と言えないような妙な雰囲気からまだ抜け出せていない。

「理屈を捏ねまわせば何とでもなる」という言動が幅を利かせてしまっている昨今、
日本のエリートである官僚が、我が国のために知恵をしぼり頑張ってほしいと心底思っているのです。
が、おっしゃるとおり、それには、彼らが働ける環境、素地が必要ですね。
煽ってすべてを混乱させるだけのマスコミが当面の問題でしょうか・・。
シーガル | URL | 2007/11/29 (木) 16:20:25 [編集]
中央官庁の実情
はじめまして。某省で人事担当の課長補佐をしている者です。官僚の仕事に、理解を示してくれる人がいることに、大変感激しました。

人事をやっていると、官僚組織が崩壊するのも時間の問題ではないかという強い危機感を抱かずにはいられません。

メンタル(うつ病)で休職し復帰できずにいる者、官僚という仕事に早々に見切りをつけ辞めてしまう者、親の介護など家庭の事情により辞めざるを得ない者。。。

疲弊しきっています。

採用活動でも、やりがいを説くだけでは、良い人材を確保することは難しくなってきています。安月給できつい仕事は誰かに任せておけば良いという考えの若者が増えているように思います。

そろそろ、官僚組織崩壊後の社会がどうあるべきかについて、議論を始める時期にきているのかも知れません。エリートといわれる人達が“公”のために働く社会ではなく、“個”の利益追求に走るアメリカ型の社会にシフトしていくことが、果たして良いのかどうか。。。

昨今の官僚バッシングについても、コメントさせてください。私は、官僚バッシングの背景には、国会議員の質の低下があるのではないかと思っています。仕事柄、国会議員と接する機会は多いのですが、マスコミ等で官僚批判を繰り返している国会議員は、決まって政策を立案し実現する能力が低いように思います。彼らは、自らが主張する政策を実現できない時に「官僚が悪いから」の一言で片づけようとします。多くの場合、その政策が欠陥だらけで実現できないだけなのですが。。。

国民には、早くこのことに気づいていただき、官僚のせいにして責任逃れをするような無能な人物ではなく、政策能力が高い人物をしっかり見極めて投票していただくよう、節に願っています。
YESYESMASA | URL | 2008/01/15 (火) 02:13:09 [編集]
貴重なご意見と情報、ありがとうございます。

今後も「官僚バッシング問題」については取り上げてゆきたいと思っていますので、またご意見や情報などよろしくお願い致します。
管理人 | URL | 2008/01/15 (火) 14:08:24 [編集]
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