右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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金がすべての現代日本人
ホリエモンやヒルズ賊に代表されるような新興成金勢力、拝金主義者が次々に誕生し、それだけでなく、昔ならば彼らのような人間を無節操な成金として軽蔑されたはずが、ホリエモンですら逮捕されなければ現代の成功者として賞賛去れ続けていたことだろう。

日本の社会全体が、これだけ豊かになって大抵の人間が食うのにも困らない社会で、なおも金儲けを第一の価値と考える人間が増え、かつ金を儲けた人間をその手段や方法は問わずに無邪気に成功者として持ち上げ、あこがれの対象となるのか、なぜ日本人の価値観はこのように変化したのか。

【産経抄】4月14日

 11日に放映されたNHKの「クローズアップ現代」は、毎年夏に世界中の秀才が競い合う「国際科学五輪」で、苦戦を強いられる日本の状況を伝えていた。なかでも数学五輪で金メダルを獲得した日本代表の少年が、大学受験で医学部を選ぶシーンが印象に残る。

 ▼研究開発の仕事にあこがれはあっても、収入の面で不安が大きい。同じ理由で、商社や金融機関への就職を決める元天才少年たちも少なくないらしい。プロ野球の横浜に、平成16年秋のドラフトで日大から入団した、那須野巧投手(24)の契約金が、5億3000万円だったと聞いて、余計に考えさせられた。

 ▼支払いの事実を認めた佐々木邦昭球団社長は、12球団の申し合わせをはるかに超えた額については、「遺憾に思っている」と語る。それでいて、「(契約を)履行するのは、当たり前のこと」とすましている。同じ年に発覚した、当時明大の一場靖弘投手(現楽天)への裏金問題とは違うというのだ。

 ▼『週刊文春』のスクープが出るまで黙(だんま)りを決め込んだことを含めて、罪の意識は薄いようだ。倫理の問題以前に納得しがたいことがある。球界再編騒動のとき、経営の苦しさをしきりに訴えた球団が、何の実績もないアマ選手に、どうして巨額の契約金を払えたのか。

 ▼野球選手の卵の前には、札束が積まれるのに、科学者の卵には、誰も夢を見せてくれようとはしない。どちらが、未来の日本を支える存在なのだろう。何が科学技術立国だ、せいぜい野球立国がいいところ。

 ▼きのうのレッドソックス・松坂大輔投手とマリナーズ・イチロー選手の対決フィーバーのなかで、毒づいてみる。小欄だって、朝から衛星中継にかじりついた口だから、偉そうなことはいえないのだが。

(2007/04/13 05:07)


科学者は金が欲しくてなる職業ではない。金が稼ぎたかったら金融関係の仕事に行くほうが自然だ。

科学者が金にならない職業である事が問題なのではなく、金になる事しかやろうとしない人間ばかりになっている事が問題なのだ。ようするに、価値観の変化の問題だ。

上の文章中にある『野球選手の卵の前には、札束が積まれるのに、科学者の卵には、誰も夢を見せてくれようとはしない。』という発想そのものがもう間違っている。

「夢」と言ったら「札束」くらいしか思いつかない、それこそが病理なのだ。科学の世界には今でもいくらでも夢はある。ただ金にはむすびつかないというだけだ。
所詮は産経新聞、フジサンケイグループの記事だけあって、物の見方の底が浅いということだ。

つまり、金銭以外の価値を追求する人生というのものがあるということを、最近の人たちは理解できなくなっているという事だろう。

昔はアマチュアスポーツは金にならなかったけれども、そちら方面に進む人はたくさんいたし、それでもメダルを取ったりして活躍もしていた。貧しくても。今は金にならないならアホらしいと言ってみなプロになってしまうとか、だれだって金のためという発想だから、アマチュアにも金が流れるように変わりつつある。

だから子供にゴルフをやらせる親が増えているんだろう。スポーツの中では「札束」という夢が一番見やすいからではないか?ゴルフが好きだからという理由だけではないと思うが。

アマチュアスポーツはまあ関心ないし、別にその事に文句を言おうという訳ではない。スポーツの世界はそれでも良いのかもしれないが、金が欲しくて科学者になりたいと思うとは考えられないし、金になるから科学者になりたいと思うとも考えられないないから、いくら科学者の卵に金をばらまいても無駄だろうと思う。

何より大事なのは、金をたくさん稼ぐ以外にも素晴らしい人生はある、金を稼いでただ消費するだけの人生だけではないんだということを、つまり金以外の価値もあるという事をもっと教えなければならないのだと思う。

ところで、ではなぜ「金を稼いでそれをただ消費するだけの人間」ばかりが増えたのか。最近読んだ雑誌になるほどと思えることが書いてあった。

今月の文藝春秋「10年後の人口減少社会」よりp118

(4)出産、育児も損得勘定り

(前略)

神戸学院女子大学の内田樹教授は、著著「下流志向」(講談社)の中で、今の若い親は子供を<自分が作り出した「製品」>と捉えていると指摘する。だから学歴や資格といった目に見える付加価値を求めるというわけだ。

その理由は、自分が子供時代から「消費主体」だったことが関係しているという。彼らは教育や労働という生産的な喜びを学ぶ前に、親や祖父から十分すぎるお金を与えられ、消費しか知らずに成長した。その結果、すべてについて“等価交換”を求める価値観を確立させた。「損得勘定」が最優先するのである。

月々数千円の給食費を「義務教育だから無料であるべき」と言って滞納し続けたり、万引きで補導された子供を迎えに来て「金さえ払えばいいんでしょ」と逆ギレする若い親を、「消費主体」として経済合理性を追求した結果だと考えれば合点がいく。

その延長線上で結婚を考えるなら、相手の収入は損得を計算するうえではもっとも重要なファクターだ。子育てに投資する以上、それに見合ったリターンを求めるのは当然だろう。

こういうマインドは、彼らの親の世代にあたる団塊世代のライフスタイルの影響が大きい。大量消費社会の恩恵を真っ先に受けた彼らは、「ニューファミリー」の名の下、子供に教育や労働の大切さより、消費の楽しさを教えたのである。


とにかく、私の世代、今の30代の人間がとことんダメになっている。それは、団塊の世代を親に持つ世代であり、やはり団塊の世代に原因があるのだろうと思う。

かろうじて希望がかすかに見えるのは、今の40代後半~50代前半あたりの世代の人たちではないだろうか?

この世代の人たちは、個人差が大きいが、団塊の世代よりは一回り上の世代に育てられているから。もちろん人によっての差がはげしいが、今の30代が社会の中心、社会の重要な地位を占めてしまうまえに、この世代の人たちがしっかりと軌道修正して行ってほしい。

下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち 下流志向──学ばない子どもたち、働かない若者たち
内田 樹 (2007/01/31)
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コメント
この記事へのコメント
>今の40代後半~50代前半あたりの世代の人たち‥

正に私供の世代です。
70年代、多感な十代(中学・高校・大学)は全共闘騒ぎで荒廃した学園の“後片付け”せざるを得ず、社会に出れば無責任なこの団塊世代の指揮命令下で忸怩たる思いの連続、長じて管理職になれば、その団塊ジュニアを相手に常識のイロハから講釈せねばならない。

「S30年生まれ」は【溜め息】の世代ですかね。

しかし、そのお蔭か「批評する精神」が自然発生的に芽ばえ一息おいて鳥瞰的に世の流れを見てきた気がします。

小学校は「日教組全盛」時代で、事あるごとに赤い旗がたなびいてましたが、教師の思惑通りに育たなかったのは親が躾けを放棄せず「家庭」が機能していた証左かと思います。

日村さん仰るように、当時父親達は「教育現場の赤色化」を警戒し、家庭でしっかり物事の判断基準=価値を躾けていたのだと思います。例えば、損得より美醜(美しさ)の優先とか、でしょうか。

>この世代の人たちがしっかりと軌道修正して行ってほしい

日村さん、それは「溜め息世代」に死ぬまで『ざるで水を汲め!』とのキツイお達しにも聞こえるのですが、、‥(笑)
Ma.wakizasi | URL | 2007/04/16 (月) 21:48:53 [編集]
ウチの親も大正生まれと明治生まれ・・・でしたので
家庭では「教育勅語」という言葉も飛び交っており
「お金とは汚いもの」になり得るという事や
お金だけが全てではないといった事を、知らず知らずに
教えられていたように思います。
そのせいかどうかお金儲けといったものにはとんと無縁になってしまいましたが・・・(hahaha)
団塊の世代のせいばかりにできないかもしれませんが
責任は大きいでしょうな。金銭だけの事ではない、人間として基本になる行儀、礼儀も失われてしまったように思います。何でも「自由」「個人主義」「自己実現」という言葉で、我がままにしか過ぎないような事も、通してしまうような面があるのかもしれません。
DBGTSP | URL | 2007/04/16 (月) 22:25:01 [編集]
私も40代後半の一人として、団塊の世代、30代のばか者達を軽蔑しております。
小学生・中学生の頃、現役教師で師範学校卒という方がまだまだ健在でした。アカ教師の授業など無視、0点取っても蛙のツラにしょんべん程度という青春時代でしたから、振り返れば私達もラヂカルだったのかも(笑)。

今ネットで活躍している皆様も同世代かなと思っております。日本はまだまだ捨てたもんじゃないと信じてます。
じょーい | URL | 2007/04/16 (月) 22:32:20 [編集]
私は20台後半の若輩者ですが、本エントリ、非常に感銘を受けました。

金銭以外の価値観は、現在ではほぼ失われてしまった感がありますね。富に付随して名声名誉が集まる社会となってしまいましたから。(ホリエモン等、分り易いですね)

昔のように、士農工商のを復活させろ、とまでは言いませんが、裕福ではないが社会に資する職業が、敬われる制度があればと思います。

例えば教師等、何か事件を起こせば「聖職者が…」、と非難されますが、非難している人たちは、平時に彼らを聖職者として敬っているのでしょうか。案外、「人はみな平等」と、敬う事を知らない人々が非難してそうな気がします。

右余極説様には、同年代の仲間内では示されない、物事の価値観を示して頂けるので、普段はコメントさせて頂く事が少ないですが、いつも楽しみにしています。
それでは。
kmasa | URL | 2007/04/17 (火) 01:18:28 [編集]
皆様、貴重かつ参考になるコメントありがとうございます。

ひさしぶりの更新なんで、もう誰も来てくれないかと思いましたが、ありがたいことです。

特に、これまでいつも私のところに好意的なコメントをくださっていたMa.wakizasiさんやDBGTSPさんがその世代というのは、ちょっとびっくりでした。じょーいさんもですね。kmasaさんは過分なコメントありがとうございます。ちょっと照れくさいですが。

ただ私としては特定の世代にあまり偏見を強く抱いたり、各世代間の対立をあおったりする意図があってではないということを、まずご理解いただきたいのですが、しかしそれにしても、やはり世代によっては特徴がありますし、特にこの私と同年代以下の人たちがどうもおかしい、その下になるともっとおかしいと感じるわけです。

もちろん、ちゃんとした人も少なからずいて、こういう風潮であるにもかかわらずちゃんとしている人というのは、それかかなりちゃんとしている訳で、そういう人たちが希望でもあるわけですが。

さしあたっては、これからしばらく社会の中枢を占めるであろう40代後半から50ちょいくらいまでの皆さん(の中のまともな人たち)に頑張っていただきたいと思います。

そして、金を稼ぐのが別に悪いと言いたいわけではなく、しかし金というのは何かをするためのあくまで手段にすぎないのだというふうに私は思います。

何をするのかで人生の価値が決まってくるわけですから。
日村秋介 | URL | 2007/04/17 (火) 09:26:32 [編集]
>日村さん
そんなそんな、面映いですね。
もちろん私も頭から否定するつもりはございません。
しかし、現実にバカの波は押し寄せてきております。私達は、国内的には、20年周期で訪れるこの「バカの波」の防波堤とならねばなりません。
また、対外的には、バカで下品な支那、朝鮮、アメリカを対手に我が国の正義を主張していく必要があります。

そのためには丸腰ではどうしようもない。国防軍の整備が急務と思われます。
じょーい | URL | 2007/04/18 (水) 01:19:01 [編集]
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