右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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靖国神社へのおかしな批判
さて、昨日に引き続いて首相の靖国参拝を求めて行くわけですが、今日から出張ですので、あまり時間がありません。明日は更新できませんし。ということで、ふたたび昨日と同様に、旧ブログから靖国関連のエントリーの転載をしておきたいと思います。

靖国神社にケチをつける人の言い分として、「靖国神社は神道の伝統からはずれている」とか「敵を祀っていない」などというものがあります。これらはおかしな批判です。
まず、靖国神社が神道の伝統からはずれているかどうかについては、以下の転載を読んで頂くことにして、ただ少なくとも靖国神社は日本が近代国家になってしまったということと切り離せない部分があるのは確かだと思います。近代化して戦争しなければならなくなり、戦死者の慰霊・追悼・顕彰をどうするかとなったときに、神道という形式を選んだのは私は適切だったと思います。

もう一つ、「敵を祀っていない」「原爆の犠牲者や空襲の犠牲者などが祀られていない」などという批判がありますが、こういうふうに何でもかんでも祀れというのは、日本人の古来の感覚というよりは、戦後ヒューマニズムの影響ではないかと私は思いますが、いずれにしろ、靖国神社について誤解があるんだろうと思います。

そうした戦後ヒューマニズムの影響を受けてかどうか、以下の転載部分にも書きましたが、靖国神社には敵もあわせて戦争の犠牲者を誰も彼も祀った鎮霊社という摂社(本殿にゆかりのある祭神を同じ境内にまつったもの)があります。

しかし、基本的には靖国神社は「犠牲者」を祀る場所ではありませんし(英霊が祀られているのです)、敵もあわせて祀るというのがそう簡単ではないという事情もありました。また戦死者の慰霊・追悼は靖国神社一つですべてが完結させられるような、そう簡単に行く訳でもありません。それらについて詳しくは以下の転載部分を参照してください。

旧ブログより。
[靖国][歴史] 靖国神社は神道の伝統にはずれる?

日本を貶める人々「無知とウソで靖国神社を貶めるのは誰か」において、「靖国神社への無知と言いがかり」で梅原猛氏を、「無知なまま代替施設必要論を説く北岡伸一氏の不誠実さ」で北岡伸一氏をそれぞれ批判している。その批判の内容がじつにもっともであると思われたので、ここで紹介させていただきたい。(以下では、引用部分として明確に表示した以外の文章においても、下記の本からの文章や表現の引用や類似の表現を使用した部分が多々ある事をまずお断りしておきます。)

日本を貶(おとし)める人々 日本を貶(おとし)める人々
渡部 昇一、新田 均 他 (2004/01/22)
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-梅原猛:神道の「伝統」に反する靖国神社という妄説

朝日新聞のお抱え文化人の一人と言って良い梅原猛氏だが、靖国神社に関して以下のような事を言って、小泉首相に参拝をやめるように求めたそうだ。

「日本の神道というのは、これは「祟り」という考え方にもつながるのだが、自分たちが滅ぼした者を祀るというのが本来のあり方であった」

これについては、新田氏が古代史家の高森明勅氏から以下の答えをいただいたそうだ。


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祟りを恐れ、敵を祀った例がないとは言いませんが、それを神道本来のあり方だとか、本質だとか言われると困りますね。神道の本質は祭祀にあるわけですが、もし梅原先生の言われるとおりなら、それが古代の祭祀体系のなかに表現されているはずです。ところが、古代に調停の恒例祭祀である四時祭のなかに、そのような「本来のあり方」を見いだすことなどできません。
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梅原氏はさらにこうも言っている。

「靖国神社は伝統思想のように思われますが、必ずしも神道の伝統を継いでいるものではないんです。本来の神道の伝統から見れば、自分の国の人たちだけを祀るというのは神道ではないと思っています。」

たしかに「外国の犠牲者を祀る」というのが近代における日本人の慰霊・鎮魂のあり方であるのはたしかだ。しかし、靖国神社に敵を祀っていないという事で批判するのは言いがかりに近い。実際には鎮霊社において敵も祀っているが、それは別にしても、この発想には、そもそも靖国神社だけが戦争犠牲者の慰霊を行っていたのではないという視点が欠けている。つまり、戦争の際の慰霊・鎮魂は靖国神社一つで完結していたという思いこみが見える。

実際には戦地では従軍僧が、そして国内でも合同慰霊祭などで仏教が敵や兵士以外の戦争にかかわる死者の慰霊・鎮魂に大きな役割を果たし、そうした複合的重層的な慰霊体系のなかで、靖国神社は日本人の英霊が最後に鎮まる公的な施設という役割を担っていた。慰霊にも役割分担があった。ただそれだけの事だ。従って、仏式での慰霊行事や他の戦没者の慰霊を認めて、靖国神社での英霊の慰霊を批判するのは、靖国神社に対する偏見と軍人にたいする差別である。

さらに、靖国神社や各地の護国神社のもととなった招魂社が作られた過程について、渡辺氏が興味深い事を言っている。


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そもそものことを言えば、明治以後、神社以外に戦死者を祀ることはできなかったんです。私の田舎(山形県)を考えてみると、私の父の家は真言宗で、母の家は曹洞宗。父の親類で戦死者が出るとしますね。村から戦死者が出たら村で祀らなければならない。村の全員が真言宗であればいいのですが、他の宗派の人もいるわけです。そういうとき、誰も文句を言わないのが神様なんですよ。(中略)他の(仏教の)宗派の人もいるから神社で祀るしかない。それで招魂社ができた。

各家では自分のところの宗派で祀るが、宗派を超えて祀るとすれば、日本人の場合、神道の儀式しかないのです。だから神道は日本人とイコールである。アメリカがつくった憲法ですら天皇は統合の象徴です。その統合の象徴が神道なんだから神道でどこが悪い、それで悪いなら憲法第一条から改正しろということですよ(笑)。

(中略)

靖国神社が担っている役目といのは、単に慰霊してお祀りする場であるだけでなく、戦死者に対する国民の感謝を表す場であるということです。またそうでなくてはならない。功績者への顕彰という意味がある以上、宗派があるような施設は使えません。教派神道も使えない。だから、宗派とは関係ない靖国神社が、いまでも多くの国民の慰霊という空間の中に無理なく存在してきたのです。
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北岡伸一:「敵を祀らない」事情への無知

北岡伸一氏がどういう人なのか私はよく知らない。東大教授で靖国代替施設懇に近いところにいる有力な学者(東大教授)だそうだ。彼はこう言っているそうだ。

「靖国神社というのは日本の伝統をそのまま体現したものではないと思います。なぜなら戊辰戦争の佐幕派を祀っていない。白虎隊が入っていない。国のために戦って倒れたというなら同じではないかという見方もできるのではないかと思います。それから西南戦争のときの西郷軍は祀っていない。これも日本のためにと思った人と同じではないかと思います。戦後の自衛隊も殉死者を祀っていません。そういう人をみな祀れるところ、そして天皇陛下もお参りに行けるところ、外国の元首もお参りに行けるところをつくったらいいなと思っています。」

まず、上で少し書いたが、靖国神社の中には鎮霊社という「靖国神社本殿に祀られていない方々の御霊と、世界各国すべての戦死者や戦争でなくなられた方々の霊」を祀った摂社(=本社に付属し本社に縁故の深い神をまつった神社の称)がある。

ここでは西郷隆盛も白虎隊も戊辰戦争の佐幕派も、敵もその他の戦争の犠牲者もすべて祀られている。

ただし、本殿では官軍側しか祀られていないのはたしかではある。しかし、たとえば当時佐幕派側の犠牲者の慰霊に関しては「佐幕派の戦没者についてもそれぞれの地域で祀るのはかまわない」という太政官布告が出されている。

戦いには必ず敵・見方の区別があるわけであり、明治政府が敵も味方も同じように処遇すれば、見方の遺族が納得しないのは当たり前である。そこで政府は、「われわれとしては見方を祀るが、戦いにおいて敵方になったとはいえ、それぞれの地域で犠牲者を祀ることは自由にやってよろしい」ことを表明したのである。こんな道理をわきまえた人情深いやりかたは無いだろう。鹿児島には南洲神社という立派な神社が建立され、西郷隆盛が祀られている。地域の人情に配慮しつつも、しかし中央では政治的な筋を通さなければならない。近代国家建設の過程で生じた内戦と、その後の国内融和に苦悩した明治の人々の歴史が靖国神社にあるわけだ。

そうした靖国神社の歴史を見れば、はじめから敵も味方もすべてあわせて祀れなどというのは無茶であるという事がよくわかるだろう。有る程度時間が経ってからようやく鎮霊社のようなものでそれが可能になるのである。こうした経緯を完全に無視して、簡単に「国のために亡くなった人すべてが祀られているわけではないからダメだ」などと言うのは、言いがかりに近いものがある。

国にとって功績のあった人々や戦争で国のために亡くなった人々の慰霊の場としては靖国神社一つで完結するものではない。しかし、靖国神社には実際に数多くの戦没者が祀られている以上は、靖国神社が戦没者慰霊の中心施設である事にかわりはないし、戦争や建国にかかわる他の戦没者の慰霊と同様に、靖国神社に祀られている英霊の慰霊なしに、戦没者の慰霊が完結する事はない。


上の文章を読んで今あらためて思いましたが、少なくとも現代では当時は官軍側の敵だった人たち、たとえば西郷隆盛とか白虎隊とか戊辰戦争の佐幕派あたりも合祀しても良いのではないかと思います。彼らの合祀を靖国神社に求めて行くというのは何ら問題のない事ではないかと思います。

首相が国民の代表として国民の伝統的な儀礼作法によって戦死者を慰霊・追悼・顕彰のできるまともな国に、日本ははやくもどらねばならないと思います。

春季例大祭における安倍首相ほか主要閣僚の靖国神社参拝を求めます。

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コメント
この記事へのコメント
靖国に米兵やいわゆる賊軍を祀るのは日光東照宮に豊臣秀吉を祀るようなものだと思うのだが。
落ち武者 | URL | 2007/03/15 (木) 00:02:17 [編集]
たしかに、その通りと私も思いますが。少なくとも米兵についてはその通りでしょうね。せいぜい鎮霊社にとどめておくべきかと思います。
日村秋介 | URL | 2007/03/17 (土) 10:24:09 [編集]
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
| | 2007/05/25 (金) 03:09:19 [編集]
>上の管理人へのコメントを下さった方

そういっていただけると、とても嬉しいです。読んでくださる方のためにも、もっと頑張って更新しなければなあと思いました。お言葉、ありがとうございます。
日村春介 | URL | 2007/05/25 (金) 08:46:54 [編集]
おくればせながら神道について
 随分前のエントリーにコメントしてすみません。神道についての私の考えを述べます。長くて、ごめんなさい。

 神道論議1~神道は、弥生時代の、村落国家の楽園で生まれた

 実は、この列島には、楽園があった。それは、ムラがクニであった時代。神道は、この頃、生まれた。もちろん、それ以前にも、何らかの宗教的観念はある。

 まず、ひもろぎ、いわさかをつくり、神を迎える。食べ物などを、いっぱい積んで、願い事を述べる。そして、神に奉げたものの、数十倍、数百倍、数千倍、数万倍の見返りを要求するわけだ。つまり、五穀豊穣など。

 水が欲しいときには、水の神を眠らせない(皆で鐘、銅鑼などを叩いて)、あるいは、水の神のいる、池に、動物の死骸などを投げ込んで怒らせる。こうまでして、神に強要する。何しろ、生活が、生命がかかっているから、必死である。神は、超越した力を持っていると信じているから、必死に頼む。

 ムラクニの個人は?赤き人であることが必要。共産党になるのではない。血色良く、食欲も、性欲も、旺盛な人になることだ。

 大和の大王は、1000人ぐらいの女に、種付けをするぐらいの超人であることが必要。だから、スメラミコトはカミなのだ。今頃、子孫の皇族男子に、なんという、体たらくだと言っているかも知れん。

 ムラクニのルールは?分け合うことを、善しとし、独り占め、あるいは、奪い合うことを汚しとする。このルールは、日本人の心に、ずっと生きている。だから、仁徳天皇の「民の竈」という伝説になる。

 ホリエモンやムラカミ、あるいは、折口らは、独り占め野郎だから憎まれた。紀伊国屋文左衛門は、そこを、よく知っていて、吉原借りきりで散財したわけだ。金を回転させた。

 神道論議2~死んだら、里山か、そこら辺にいる

 日本の葬式仏教は、神道の影響が強い。昔は、屋敷の中に墓がある家が多かった。あれからわかるように、死んだら、子孫の近くにいると、神道は考える。

 沖縄のニライカナイから考えると、お盆の頃に、里山の異次元世界から、やってくるようだ。お盆ももちろん、神道から来ている。

 神道論議3~梅原理論は、片手落ち

 天神さんのような神社は、政治的に非業の死を遂げた人を、神に祭り上げて、祟りを鎮めたと主張するが、半分当たって、半分はずれ。

 菅公のように、死んだ後、大極殿に雷を落とすほど祟る人に超人を感じたのである。1000人種付けの大王と同じように。カミだと感じた。

 だから、雷神だと思い、五穀豊穣のため、祭った。神道はあくまでも、現世利益なのだ。天神さんに月読命が共に、祭られていれば、まちがいなく、由緒正しき雷神。

 神道論議4~靖国神社は特殊

 靖国神社は、日本が、ネーションステイツになったため、外国との戦争で死ぬ兵士が出ることになったので西洋に倣って、創設された。キリスト教的な、神社である。

 しかし、戦死した若者の魂は、まっすぐ、両親のもとに帰る。その後、近くの里山にいて、弟や妹、さらにその子供達を見守る。

 靖国が霊璽簿で呼んでも、魂は来ない。あれは、空なのである。神職が呼べば、魂が来ると思うのは、キリスト教的発想。日本人の魂は、あくまでも、先祖、子孫、ふるさとと共にある。
 したがって靖国には祟るほどの超人もいないし五穀豊穣をもたらすカミもいない。

 神道は魂を鎮めるより、あくまでも、現世利益なのである。そうだから、魂鎮めは仏教が担当するようになった。

 日本の仏教は、極一部を除けば、全部、お釈迦教。だから、仏教が戦死者の魂鎮めをしてもよい。渡辺氏の説は誤り。
はかたのさとう | URL | 2008/02/26 (火) 18:21:03 [編集]
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