右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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硫黄島からの手紙
今朝のテレビで、クリントイーストウッド監督の「硫黄島からの手紙」という映画が紹介されていました。アメリカ側の視点からみた「父親達の星条旗」という映画とセットになっている、日本側から見たほうの映画です(こちら)。

硫黄島の戦闘については説明は不用かと思いますし、映画の内容についてもよくは知りませんが、主役の栗林中将の実像に関しては諸説あるようですが(それを言うのはやめましょう)、この映画では、以下の本をもとにされているようです。なかなか素晴らしい内容のようです(私は未読)。
散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道
梯 久美子 (2005/07/28)
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ところで、戦争映画の紹介においてかならず言われる決まり文句が「命の大切さ」という言葉です。
命が大切であることには全く異論はありませんが、しかし戦争映画を見てその感想が「命の大切さがわかった」というのはまるでおかしい事だと思います。

命より大切なものがあると思うから戦うわけです。命が惜しければ、戦争などせず、もしくは戦争しても負けそうならさっさと降服してしまえという事で話は簡単です。そうじゃなかったから、あれだけの戦争になったのです。

だいたい、戦争映画を見て「命は大切だ」とわざわざ言わなければ気が済まない人々の心理って一体何なのでしょうか?

「昔の人たちは戦争で死なねばならなかったが、我々は人生の楽しみを満喫できている、ありがたい事だ」「戦争で死ななければならなかった人たちは本当に可哀想で我々はラッキーだ」、とか、そんな意味でしょうか?

それはまあ、我々の時代には実際に戦争しなくてすんでいるわけですから、そういう恵まれた状況がありがたいのは当然です。

誰だって戦争で死ぬよりも生きて人生の楽しみを味わいたいと思うのはあたりまえです。

しかし一番大切なことを忘れていると思います。平和ボケした日本人にはいちばん理解不能な事だと思うのですが、状況によっては「自分の命よりも大切なものがある」と思う気持ちです。

もちろん平時にこんな事を考える必要はまずありません。自分の命が危険にさらされようとも、大切な何かを守らなければならない状況に追い込まれてはじめてそう考えることができるのです。

多くの戦争映画でも、そういう事がほぼ必ず描かれているにもかかわらず、現代の日本人は誰もそういう事には目を向けず、いつもかならず「命って大切だ」としか言われないのが不思議でなりません。

この風潮はおそらく、「戦争はこんなにも悲惨なもので、生きているということはこんなにも素晴らしいことなのだから、大切な命を守るためには戦争などしてはいけない」という意味を込めて言っているのだと思います。

しかし、命がけで守らなければならないものがある、命よりも大切な価値があると思うから戦争が起こるのです。

サヨクの生命尊重主義は着実にそうした価値観を破壊してきました。個人主義と自由主義です。「自分の命こそ何より大切だ」「自分の自由こそ何より大切だ」という考え方です。これはたしかに、日本を戦争のできない国にするのにもっとも有効な方法だったろうと思います。

今の日本人のスタンダードは、「戦争になったら逃げる」か「無防備宣言して敵の侵略に加担する」かどちらかであって、「大切なものを守るために戦う」という選択肢はほとんど消えているのですから。

自分の命が何より大切だ、それ以上に大切なものはないと考えれば、敵が侵略してきても、一切戦わずに逃げる、もしくは敵が攻めてきたら新しい支配者に無抵抗で跪けば良いと考えるのは当然でしょう。

そのためにサヨクは、国なんてものは個人の自由を邪魔する存在であり、個人の自由と命こそ何より大切な価値なんだと繰り返し洗脳してきました、その結果だと思います。

そんな彼らを見ればわかる通り、大切なものを守ろうともせずに自分だけ生き延びようとするのはやはり卑怯で最低の人間だとわかります。

というか、そもそも「自分の命」以外には「大切な価値」など存在しないと思ってしまっているのではないかと思います。

家族のためでもない社会のためでもない、ただ自分が面白おかしく楽しい人生を送ることだけが大切だと考える日本人が激増しています。

そのためには、「守るべき家族」を持とうとすることも邪魔くさいリスクであると感じて結婚もせず、子供も持たずに「自由に」生きたいと思う人間が増えています。

そういう人に、命がけで戦って何かを守るということが理解できるはずもありません。

戦争映画を見て「命って大切だとあらためて思った」としか言えない人間ばかりなのは当たり前なのかもしれません。

勇敢に戦って散っていった若い兵士たちは、そんな現代の日本人を見てどう思うでしょうか?

今の自分には命がけで何かを守るような行動ができる自信はなくても、せめて、命がけで大切なものを守るために戦って散っていった兵士たちに畏敬の念、尊敬の念を感じることくらいはできないものかと思います。

この映画を見てそういう気持ちを感じられず、結局「平和な時代でラッキー」くらいの事しか感じられないのだったら絶望的だと思います。まあ映画を見てないのでわかりませんが。

自分にはそう簡単にできないかもしれないが、昔の日本人は、誰もが命を失う覚悟を持って戦った、それはすごい事だ、我々も、完全に真似はできなくても、いくらかは見習わなければならないところがあるのではないか・・・それくらいの感想を持てないものかと思います。

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コメント
この記事へのコメント
日村様
毎日欠かさず、訪問しています。本日のコメント秀逸です、現在の日本人の本質を厳しく指摘され、誠に同感です。
先の戦争で亡くなられた人々に対する畏敬の念が余りにも無さ過ぎます。今後とも琴線に触れる文章を期待しています。
ボース | URL | 2006/11/18 (土) 11:51:55 [編集]
初めてコメントさせていただきます。
自分の命より大切なものがあり、それを命がけで守ることの意義については深く同意いたします。
今の世界情勢で言えば、アメリカの侵略に対する、イラク国民のレジスタンスなんかがあてはまりますね。
アメリカ従属一本やりの今の日本が憲法9条を改正すれば、アメリカの侵略の片棒をかつぐのは間違いなし。(今現在でもそうですが)
アメリカの侵略政策に加担せずに、北朝鮮等の侵略の脅威に立ち向かっていく国づくりは今の日本では難しいですね・・・鎖国するしかないか?
shin | URL | 2006/11/18 (土) 12:43:23 [編集]
全く同感です。「散るぞ悲しき」は読みましたが、本当に昔の日本人は偉かったと、深く感動した次第です。
あのような壮絶な戦いは今の人間に・・・自分もそうだが・・・・決して出来ないだろう。結局負けたのだから犬死にだとか無駄死にだとかいう奴がおるようだが本当にそういう連中を心から憎む。心から軽蔑する。「命よりも大事なもの」のために彼らは闘った。それを感謝し尊敬し讃えるのは当たり前ではないのか。命よりも大事のものは確実にある。命が大切でそれが唯一無二の価値だという奴等は所詮唯物主義の権化に過ぎない。精神性、品格、徳というものが備わっていない外道なのではないかとさえ思うのです。
DBGTSP | URL | 2006/11/18 (土) 14:11:23 [編集]
人はいずれ死ぬ。という観点が現代では失われてます。死ぬまでの間になにをするか、は各人の問題です。寿命の限り生きておいしいもの食べてうんこに変換してればそれでよいというのはマスコミの言いたいことかもしれませんが、そういう考えを押し付けられても困るのです。思想、信条の自由に反してますよ。
たか | URL | 2006/11/18 (土) 16:26:59 [編集]
命の意味
命がなにより大切と言う人は、なにをもって命というのだろう。
もし、それが肉体的存在を言っているならば、こんな卑しいことは無い。
人間の存在価値は、その魂にあるのであって、肉体の存在など、
それこそ、羽毛ほどの価値しかない。
魂(意思と言い換えも良い)こそが、人間と、他の動物とに分けるものであり、それが無いになら、
人生そのものにも意味が無いと思う。
今の、日本の不幸は、自分が永遠の存在であるとを、忘れ去った人々が多数になってしまったことである。

kuni | URL | 2006/11/18 (土) 19:42:08 [編集]
「手紙」はアメリカ人視点の映画
この映画は薄っぺらな反戦、反日映画になってるようです。以下のブログにとっても分りやすくストーリーの概略が述べられています。(白文字になっているので選択状態にして見てください)

http://blogs.yahoo.co.jp/hiromix617/43596257.html

わたしは「星条旗」のほうを見ましたが、よくあるハリウッドの反戦映画と何ら変わらなく感じました。イーストウッドは前作『ミリオンダラー・ベイビー』で、まさに日村様のおっしゃる「命よりも大切なもの」を深みのある表現で描き世界中から拍手喝采を浴びました。しかし今回の二部作はそれを相対化させるような内容になっています。平時においては命より大切な物を追い求める余裕もあろうが、戦争においては命より大切な物を求める余裕はなく心を縛る悪夢しか残らない、突き詰めれば「命よりも大切なもの」はこの世にはありえない。この二作でイーストウッドは「命の大切さ」というメッセージを強調したかったのではないでしょうか。

私が思うに、現在のアメリカにはこのメッセージは重要です。これ以上罪のないイラク人とアメリカの青年達を犠牲にするべきではない、そう訴える必要があると思うからです。国家の無謀なイラク戦争を修正するために、良心のあるアメリカ人映画監督が反国家反戦メッセージ発しても、それはアメリカを流れる時の流れに沿った、まさにタイムリーな題材でありごく自然なことなのです。

しかしながら、現状の我が国を流れる時の流れに沿った題材は「反国家反戦」とは違います。いま我が国に必要なことは「戦う勇気」です。反戦のメッセージなんかいりません。戦ってでも北鮮から同胞を奪還する勇気です。今は反戦の必要なアメリカ人とは着る服が異なるのです。

ハリウッドの一方的な情報発信が危険なのは、何も『パールハーバー』のごとき反日プロパガンダ映画だけではないのです。日本側からの視点などとは言っても、所詮、脚本は日系人、監督はアメリカ人、実質主演はジャニタレの映画です。『硫黄島からの手紙』はアメリカ側からの視点に外ならないのです。常に身の丈に合わない服を着せられ、その気になって生きるように仕向けられることが何より危険です。我々はアメリカ人向けのメッセージを押し付けられるのに抵抗しなければなりません。我々は日本人なのですから…
織舘うゑし | URL | 2006/11/19 (日) 01:57:16 [編集]
>ボースさん
過分なお言葉ありがとうございます。そういっていただけると励みになります。今後ともがんばって更新してゆきたいと思います。

>shinさん
私もまったく同じ心配をしています。今憲法を改正してみたところで、日本の独立というより、アメリカにより隷属する形が強化されるだけではないかという心配がありますね。日本人の気概の問題でもあると思うのですが・・・。

>DBGTSPさん
そうですね、唯物論という側面があるのかもしれません。精神論だけでもだめだとは思うのですが、現代人はあまりにも科学主義・技術主義で唯物論すぎますね。

>たかさん
たしかに、現代では死というのは病気か事故くらいで、それも平均寿命が80歳とかですから、そう簡単に訪れることのないものなんだろうと思います。戦争中には命の大切さが言われるのはわかりますが、今の日本ではそればっかりではだめなんだろうと思います。

>kuni さん
おっしゃる通り人間は精神的な活動を行い、自己の行動を認識してしまう生き物ですから、そこが動物と違うところですよね。それを忘れて肉体面のみに囚われるのは動物なみかもしれません。

>織舘うゑしさん
これはこれは、情報ありがとうございます。なるほど、そういう事でしたか。まあアメリカもイラク戦争で疲弊しているでしょうから、アメリカにとっては生命の大切さを説くことは必要でしょうが、今の日本にはその手の考えはあふれかえっていて弊害が出ているほどだと思います。アメリカ人の都合を押しつけないでいただきたいものですね。
日村秋介 | URL | 2006/11/20 (月) 08:37:29 [編集]
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| | 2006/11/20 (月) 09:16:08 [編集]
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