右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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そのまんま東知事について
ちょっと遅くなりましたが、宮崎県知事に当選した、そのまんま東知事についてです。

私はこの結果を見た時、一つには自民党も民主党も、お互いに足のひっぱりあいばかりしていて本当に有権者から愛想をつかされたんだなあと思いました。

特に自民党です。宮崎というのは保守王国で、7割が自民党支持のはずです。ところが「改革」によって地方が滅茶苦茶にされたために、自民党ではイカンという事になりつつあるのでしょう。

保守の分裂という側面ももちろんあったでしょうが、基本的にはそういう流れもあって、タレント議員が誕生してしまったという事なのでしょうが・・・。

しかしやっぱり有権者も凝り無いなあと思うわけです。横山ノックの二の舞じゃないかと。
私は政治のしろうとが知事になったりすることの一番の弊害は、スキャンダルとかポピュリズムということよりも、彼らには官僚を動かすことができないと思えるからです。

官僚というのは事務処理能力においてはかなり優れています。しかし、その能力を保身や不正に発揮する場合もあり得るでしょうし、そういう方向へむけばかなり巧妙にやりおおせる事でしょう。

だから、政治家たちの役割としては、彼ら役人をを正しく動かすことだろうと思っています。それさえできれば、行政はかなり良くなると思います。しかし、民主主義で選ばれた政治家に官僚を動かし得る能力がそなわっているかというと、はなはだ疑問です。

有権者はそのような視点から選ぶわけではなく、やはり何となしの気分や流行とか「新しそう」というようなものでしょう。そして最近の流れでは、政党などの「しがらみ」がない候補者が無党派層に受けているようです。

今回の宮崎県知事選挙は、新聞の世論調査によると、そのまんま東が知事としてふさわしい理由の7割が「政党などのしがらみがない事」となっていました。既存の政党はかなり信頼を失っているのでしょう。

しかし、しがらみが無いということは同時に人脈もないということです。そのまんま東の場合はその上さらに経験もないわけです。

地方の役人や議会をうごかすためには、何かしらの力が必要です。「しがらみ」を有効な人脈として活用できるとか、多少なりとも行政の経験があるとか、そういう事が力になりうるのだと思います。

そのかわりに「有権者によって選ばれた」という「民意」が力になると言われるかもしれませんが、私はそれはむしろマイナスだと思います。

知事というのは官僚や役人組織のトップに立つ人間であり、議会に対しても大きな権限を持っています。

しかし選挙で選ばれたか何か知りませんが、突如やってきた知事というのは、役人たちや地方議会の議員たちから見れば、自分たちの中から熾烈な競争を経て能力を認められて選ばれた訳でもない、突然「民意」によって選ばれてやってきた人なわけです。

役人たちや議会から見て、こいつはどうみても能力的に納得行かないという人選になってしまうことも少なからずあるのです。ならばなおさら人脈や経験が必要なのです。

役人や議会の議員というのは実際に行政を担う現場の人間です。その彼らも、ある程度納得するような人選でなければ、彼らの意欲も低下するでしょうし、知事の側に彼らを動かせるだけの人脈も経験もないとなれば、さてどうするでしょうか。

そこで知事が取りうる路は二つしかありません。言いなりになるか、孤立するかです。

人脈も行政の経験も一切ない知事というのは、結局は役人たちの言いなりになって何か仕事をしているようなポーズを取るか、議会から反発されて何もできないかのどちらかになりがちなのです。

そして横山ノックなどは前者の典型例であり、田中康夫あたりが後者の代表というわけです。

そのまんま東も、そのあたりの事をわかっているのでしょう。だから対立候補を副知事にということを打診しているようです。

これを武士道精神の一種とみなすのはちょっと違っていて、結局、彼自身が自分に不足しているものに気づいて行動したという事なのだろうと思います。

「しがらみの無さ」が良いとして選ばれた当人が、実はそれこそが欠点であると自覚しているというのは興味深い事ですし、有権者らは明らかに少なくとも自分たちよりは多少は賢明な人物を知事に選んだという事かもしれません。偶然とは恐ろしいものです。

しかし、それはそれで、誰かの言いなりになる路線へと舵をきったのではないかと思えます。いずれにしろ、それが宮崎県民と日本のためになるのであれば、それでも一行にかまわないし、そのまんま東はベターな選択をしたと言えるのではないかと思いますが、地方破壊を「改革」と言って押し進める自公推薦の対立候補を副知事にしたとして、その先どうなると言うのでしょうか。

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コメント
この記事へのコメント
なんとも・・・
全く御説のとおりだと思います。
こうなってくると、「何故お前は立候補したんだ?」と言う事になるんですよね。

最悪の場合は「操られた上に責任だけ押し付けられる」と言う事になるんじゃないかなともね。

政府にとってみれば楽な相手でしょうね。
予算やらないで良いと言う風に割り切って付き合える相手だから。
そうすると官僚も今まで利権を貰ってた階層も反旗を翻し・・・。
民意は所詮はお金と関係しない事ですからね。
そこが悩ましい所です。
地方分権で、自民党は各地にボスができる仕掛けを作り、金はそこそこだけど、地元の権力との関係を自由にできる仕掛けを提供した訳ですね。

これって腐敗が酷くなる方向性だと思う。
非常にまずい方向性ではないかと。
地方に民主主義がなじまなくなる、そんな弊害も生じる訳ですから。
三輪耀山 | URL | 2007/02/03 (土) 13:50:14 [編集]
故レーガン大統領が、アメリカにおいて未だに高く評価されているのは、教養豊かな政策通としてではもちろんなく、great communicatorとしてですね。
そのgreat communicatorの才能に、政策実現を委ねんとする、優秀なブレーン、スタッフが集ったのでしょう。
東さんは、当初泡沫扱いだったのが、いわゆるタレント選挙をやらず、ドブ板に徹して、支持を集めていったのは、彼のcommunication能力の非凡さを示す事実だと思います。
東知事には、ノックでもない、康夫ちゃんでもない、第三の道を模索してもらいたいです。
rice_shower | URL | 2007/02/03 (土) 16:49:34 [編集]
私の見方はちょっと違います。選挙戦も当選後も実に見事です。選挙戦では有名人の応援を頼まず、タレント候補のイメージを払拭しましたし、当選した途端に「そのまんま東」から東国原(本名)に変えて真剣度をアピールしました。夜学で6年も頑張ったし、我々とは違って濃い人生を経験してる訳で、私は彼が議会とも役人とも、うまく取り合っていくんじゃないかと期待してます。
 私の県では某国会議員が県政を改革するといって知事になり、本省からはそれこそ行政のプロである高級官僚を引き抜いて総務部長に据えて、いろいろ改革と称する事をやりました。結果、県政はぐちゃぐちゃ、最後は目玉の事業で発火爆発事故を起こし、トンズラしちゃいましたが、机上の理想と現実とは厳しいものです。たしかにノックさん、青島さん、康夫ちゃんは見てられませんでしたが・・・・。
いすけ屋 | URL | 2007/02/03 (土) 17:38:33 [編集]
有名人の応援をたのまなかったから!?
有名人に応援をたのまないとか、本名にしたとか、どうしてそんな事で本気度がわかるのでしょうか?

そもそも応援してくれそうな有名人と言ってもたけし軍団くらいで、応援に来られるのはかえってマイナスでしょうし、来てもらってありがたいのは師匠であるたけしくだいでしょう。

しかし、たけしは政治番組の司会をやっていて、政治家の応援などもしないと言っているのだから、彼には頼めないでしょう。

そういう表面的なことで選ぶというのは、なおさら理解できませんね、私には・・・

結局、名前を本名にしたことだって、「タレントとしての武器を有効に利用した」だけにすぎないと思います。知事の能力・資質とは別問題です。
ちょっと!ちょっとちょっと!! | URL | 2007/02/03 (土) 18:00:09 [編集]
全くその通りですね。
無理ですよ、彼が官僚組織を上手に動かすなんて。
結局、誰かプロのブレーンに頼むしかないのでしょうが、すぐ公約どおりにはいかなくなるでしょう。
なんとなく民意で選ばれた首長は、民意にそぐわなければなんとなく民意で引き摺り下ろされる。
日村さんにブレーンになってもらうしかないですね。
さもなくば、青島型になるんじゃないかな。
馬春 | URL | 2007/02/04 (日) 11:45:13 [編集]
何なんでしょうね…
しがらみがまったくないか、アロンアルファ並みの
吸着力のしがらみの中にいるか。

わが国の人ってどうしてこういう両極端な人間ばか
りなんでしょうね。

結局、県なんてのは広すぎるんですよ。
市町村合併じゃなくてむしろ分割して
昔の村レベルに戻したほうがいいんじゃないですか
とふと思いました。

暴論なのは承知しております。失礼いたしました。
SATOK | URL | 2007/02/06 (火) 21:28:35 [編集]
民意に基づく市町村合併なんて止めて、
明治以前千年以上に亙って使ってた国郡制の郡を使えばいいんじゃないかな。
結構手頃な大きさですよ(^^;)>satokさん
通りがかり | URL | 2007/02/07 (水) 22:34:26 [編集]
はじめまして。
初めて書き込ませていただきます。

そのまんま東は意外と成功するかもしれない、と思ってます。

なぜかというと、日村様が最後で言われてるように、彼の弱点を自分で把握していると見えることが一つ。

そして、彼の当選後の行動は宮崎のセールスマンに徹すると言う言葉通りの行動で、持永氏の起用はうまく回れば東氏が集客し、持永氏が官僚を動かして処理する形となり持永氏がそのまま知事になるより宮崎の利益になる可能性を秘めていると思うからです。(持永氏のセールス効果の潜在力は東氏より低いでしょう。)

これは、地域の経済縮小につながるダム建設中止を目玉にした田中康夫とは方向性が真逆ですし、また、宣伝しなくても投資が発生する東京・大阪の知事になった青島幸男、横山ノックともまた別の路線といえると思います。(青島氏は都市博中止で田中氏とかぶってますし)

なので、私は彼のセールスマンとしての今後を見ていこうと思います。(例えば企業誘致など)

正直、公約は飾りだと思います。こういっては民主主義としてはどうかと思いますが、現状の選挙では難しい理屈をこねないと考えていると判断してもらえませんし。

セールスマンに徹する、では当選は難しいでしょう。早い段階でトーンダウンさせてますから、その辺りは意識してると見えます。(実際どうかはわかりませんが)

トップは必ずしも有能な官僚である必要はないでしょう。なぜなら、100人を超えれば(大雑把な目安ですが)目は絶対に届かなくなります。

結局、管理を強化するよりも、経済規模を拡大してしがらみそのものの利権効果を低下させる事が結果的にしがらみのまずい点(利益の一部への集中)を解決する事になり、「しがらみを断つ」事になると思います。

もちろん、絶対失敗しないとは思ってません。

ただ、そういう可能性は秘めており、案外、地方とタレント知事は相性が良いかもしれないという先例を作る可能性はあると思います。(つまり、政策者としてのトップではなく、看板、神輿としてのトップ。ただ、この方式は東京などの新規投資を必要としない地域では無意味だと思いますし、増えていけば宣伝効果も下がるでしょうから状況は変わると思いますが。)

ただ、持永氏起用がセールスにどう影響するかはわかりません。

案外、企業や政府には歓迎されるかもしれませんし、それで企業誘致の一助になれば東氏の成果として評価していいと思います。

長くなりましたが、政治家の仕事は確かに官僚をうまく動かす事です。ですが、それは官僚のトップになると言う意味ではなく、国民の意見を官僚に実行させると言う事だと思います。

その調整役であると考えれば、現時点のそのまんま東氏は意外と良い線を行っており、見守ってよいと思います。

最後に強調しておきますが、あくまで可能性の指摘です。このとおり事態が回るかどうかはわかりませんし、彼がそこまで考えてない可能性もあります。それに、理論ほどの効果はない事は十分にありえます。

何しろ初めての例ですから。長文、失礼いたしました。
| URL | 2007/02/08 (木) 07:37:05 [編集]
>三輪さんrice_showerさん、いすけ屋さん、貴重なご意見ありがとうございます。

>馬春さん
私は自分に行政の能力など全く無いのをよくわかっていますから・・・。そのまんま東も誰かを応援するとかならわかりますが、自分が立候補するというのは、「知事なんで誰でもできるのでは?」という間違った考え方が広まってしまうと思います。

>ちょっと、ちょっとちょっとさん
まあ私も少し近い考えではあります。

>SATOKさん、通りがかりさん
なるほど、それはグッドアイディアですね。町村合併も、地域と地域の関連性などをよく吟味した上で国や県などが主導してやるべきだったと思います。住民投票で決めるというのは最近多く見れれる行政における住民への悪しき丸投げでしかないでしょう。

>霧さん
どうもはじめまして、よろしくお願い致します。

なるほど興味深いご意見ありがとうございます。だいたい私も賛成のところも多いですが、一点だけ、知事の仕事が
「官僚のトップになると言う意味ではなく、国民の意見を官僚に実行させると言う事だと思います。」という点ですが、

ここは私は違う意見です。場合によっては国民の意見と反対のこともやらねばならない事が少なくないと思います。

現状では国民の世論という名の流行や私欲に委ねるのか、官僚に委ねるのか、どっちがましなのか、その程度の差でしかないと思います。むしろ行政について何もわかっていない国民に丸投げしてしまうのは危険だとすら思っています。

官僚に愛国心があれば長期的展望からもっと良い政策が実行できると思うので、官僚に愛国心を持って貰うしかないと私は思います。
日村秋介 | URL | 2007/02/08 (木) 09:21:51 [編集]
東知事が東京で誰かに陳情に行く途中、テレビ局のレポーターがお土産は何を?と質問し、東知事が同行の県職員に聞くとタンカンとのことだった。
これを聞いた東知事が一瞬表情を曇らせ、沈黙した後、笑顔に戻り「地鶏にしましょうよ!」と言っていた。
県職員は「有能なセールスマンであることだけは確かなようだから、この際名産品を色々宣伝してもらおう」と思ったのか。
東知事は「宮崎県の“今そこにある危機”は鳥インフルエンザだろうが! 何でそれが分からないんだ!」という気持ちだったのだろう。
彼が真剣で、必死であることだけは間違いない、と感じます。 彼は、化けるかも知れない、いや化けて欲しい。
rice_shower | URL | 2007/02/08 (木) 09:53:15 [編集]
お返事ありがとうございます。
それについては、「国民の意見」をどう捕らえるかによるかと思います。

持永氏起用にしても、ショートスパンでみれば、民意に反してみえるわけですし。(持永氏はやめたようですね。総務省の方を打診しているようです)

元を正せば、官僚もまた国民です。ならば、その意見が完全に度外視されるのもおかしいと思います。

ですが、逆に生活の事をわかっていない可能性が高い官僚に丸投げもまた同じく危険なわけで。(例:WEとか。)

ややこしいですけど、結局、国民の意見は一つ一つを見ていけば混沌として、一つに纏りようがないです。

きちんと、ばらばらな国民達の意見を踏まえて判断するのが大きくは政治家の役割かと思いました。(レスを読んで改めて思ったことなので若干矛盾してしまっている気はしますが)

>愛国心

重要なんですが、愛国心は基本ですから。

私は基本的に、官僚は政治家ではなく技術者であると言う観点です。(実行者ですから、決定者としての広い視点はもちえないと思います。もてる人はいるでしょうが、個人能力によってしまうと思うので。)

というか、視点が狭くなりやすいのが問題だと思います。そのあたりを政治家が補完できればよいのですが、日本の政治家は基本的に地元利益代弁者しかいないので。

政治家の役割を考え直す方が急務かもしれません。
| URL | 2007/02/10 (土) 02:06:26 [編集]
9.11、そのまんま
東国原知事の2001年9月12日の日記の一部です。
“今度の有事を受けて識者は、口々に「近・現代が造り上げた文明への挑戦」だと声を荒げる。「アメリカが主導する国際秩序への挑戦」だと主張する。 「我々の価値観への否定だ」とも弁舌する。 ならば、「我々の価値観?」とは一体どういうものか? 市場競争原理を絶対善とし、勝者主義を励行する、快楽を満たすための消費こそが豊かであるという妄想的価値観。 人間がいつしか、物質的勝者になるために血眼になり、手段を選ばなくなってしまった資本主義社会。 それが今の世界システムである。 テロ行為はどんな場合においても、絶対に許さざるべき行為である。 しかし、今回のこの事件は、「我々の価値観」をもう一度見直す試金石になる可能性として考える余地はないだろうか? 冷戦終結以来、世界のあちこちで民族紛争が後を絶たない。 グローバリゼーションと言う名の世界文化統一主義は、民族と言う、人間の根源的な思想や形態を、ともすると蔑ろにするきらいがある。 特に、パレスチナ問題は国連の初期処理の誤作動も含め、複雑で根の深い難問に発展していることは自明である。 今回の準戦争とも言えるテロ行為に対して、世界を主導する米国が、真の指導者を標榜するのであれば、民族・宗教という哲学に正対し、平和的解決への努力を怠らない姿勢が望ましいのではあるまいか。 それには各国間でよく協議し、決して短絡的報復行為に走ることなく、21世紀の人類の平和共存を視野にいれた、最善なる行動や根気強い対話姿勢が望まれる。 米国主義を押し付けることなく、それぞれの文化や生活様式・宗教観・価値観を重んじ、共存の道を模索する。 それが、真のグローバリゼーションの布教であり、実行だと考える ”
なかなかのもんじゃないですか。
rice_shower | URL | 2007/02/28 (水) 04:24:01 [編集]
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