右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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言葉狩りをやめよ(2)
今日は昨日の続きで談合について書こうと思ったのですが、ちょっと後回しにして、「言葉狩り」についてここの続きを書きたいと思います。

私は別に大臣の「産む機械」発言(正確にはそんな発言ではない)について特別弁護しようとか、そういう意図もあまりありません。しかし、このような言葉の表現について、マスコミや野党はそれを政治的な攻撃の手段として利用したりすべきではありません。

批判は結構ですが、それによって大臣をやめさせるとかいうところまでやるのは明らかにやりすぎですし、「問題発言」による辞任はむしろ弊害のほうが大きいと考えます。
野党はここぞとばかりに気勢を上げていますが、短期的な自分らの政党の利益ばかりに目がくらんだやり方であるとしか思えません。このような批判は、長期的に見て日本の社会にとってマイナスであるということには、まるで思いが至らないようです。

このような発言で大臣が辞任しなければならない社会のほうがおかしいですし、そのような歪んだ社会にすべきでありません。その理由はすでに前回書きました。

政治家ならば自分の政党の利益ばかりでなく、長期的に見て社会にとってどうなのかをもっと考えるべきで、その点、まあ小沢民主党は与党に何でも反対路線だからしかたないとしても、国民新党あたりはわかってもよさそうだと思っていただけに、残念です。

とにかく、この調子で大臣がいちいち辞任していたら、ちょっとした発言に神経過敏になることによって議論そのものが阻害されたり、それから最近多くなっている、口先のみ達者で世論ウケしそうな中身のない発言ばかりをテレビでくりかえすようなタイプの国会議員がさらに増えてしまうことになってしまいます。

政治家は国民に物事をうまく説明する義務があると言いますが、表現をあえて刺激的にすることによって深い議論が喚起されるということだってあるはずです。

今回の発言も、「産む機械」という部分を切り出すのではなく、少子化対策の発想としてどうなのか激しい議論をするきっかけにすべきなのですし、そういうチャンスでもあったのです。

しかし結局は発言を切り出して批判しているだけです。しかも、昨日のNHKでは『柳沢大臣が「女性は産む機械だ」と発言した問題で・・・』などと報道しており、「だ」まで最後につけて「女性は産む機械だ」と断定したことにされてしまっていて、これなど本当にひどい歪曲じゃないかとすら思います。

また、大臣の発言の前後を正確に見てみると、正確にはこちらにあるように、以下が前後を省略しない発言内容です。

なかなか今の女性は一生の間にたくさん子どもを産んでくれない。人口統計学では、女性は15~50歳が出産する年齢で、その数を勘定すると大体分かる。ほかからは生まれようがない。産む機械と言ってはなんだが装置の数が決まったとなると、機械と言っては申し訳ないが、機械と言ってごめんなさいね、あとは産む役目の人が1人頭で頑張ってもらうしかない。(女性)1人当たりどのぐらい産んでくれるかという合計特殊出生率が今、日本では1.26。2055年まで推計したら、くしくも同じ1.26だった。それを上げなければいけない



という発言で、これの文脈では女性差別という意図で言っているのではありません。ただ、女に子供を産めとプレッシャーを与えること自体が差別だと言う人が少なからずいて、そういう人は、機械に喩えようが喩えまいがこのような内容の発言を差別的と言うに違いありません。

それから、私が問題だと思ったのは、前後で何度も謝っている点です。みなさんはむしろ、謝ったり断ったりしているから良いじゃないかという意見みたいですが、私はそこは逆で、謝るということはこの発言が差別的と受け取られたり批判される可能性があるとわかっていたという事になります。

そして、何遍も謝ったりしたことによって、なおさらこの表現が耳について、聞く人間の被差別意識をかきたてたという事もあるのではないでしょうか?

ところで、ここからまたちょっと話が変わりますが、昨日も書いたのですが、「人を傷つける可能性のある発言は一切許さない」という判断基準は妥当なものでしょうか?

たしかに、人のいやがることをしてはいけないというのは日本人の道徳ですから、それは尊重しなければなりません。

そして現在、あらゆる言葉がそういう基準で審査され、そして多くの言葉が排除されたり改変されつつあります。

たとえば「痴呆症」は「認知症」へとあらためられました。それ以外にも、あらゆる文脈で「呆」の字は活字業界から徹底的に排除されています。

また、「子供」を「子ども」と表記するのが流行しています。「供」の字に「従者」というような意味があるから、らしいです。

私などは子供が親の従者なのはあたりまえだと思うのですが、子供も大人と対等・平等に尊重せよというのが最近の進歩的な人たちの発想のようです。そういう意味が込められた「子ども」表記なのです。

しかも、当の子供がそう主張しているのではなく、一部の大人、進歩派の大人がそう思いこんでいるだけです。しかしその一部の大人というのがマスコミやら政治やらで幅をきかせているために、そして世間がきれいごとに流されやすいために、知らないうちに世の中が彼らの思う通りにどんどん改造されているというわけです。

それ以外にもっとわかりやすい例で言うと、「障害者」を「障がい者」などと書いています。これは「捏造」を「ねつ造」と、「改竄」を「改ざん」と表記するのとは意味が違っています。

これは難しい漢字をひらがなに置き換えているだけ(これもおかしな表現問題で、本来なら漢字にしてルビをふるべきなのですが、文部科学省がこういう方針らしい)ですが、「障害者」を「障がい者」と書くのは害の字のイメージが悪いからという理由のようです。

とにかく最近は、ある言葉が悪い意味を連想させたり、差別的な意味を含む場合があるというだけで、とにかくその言葉を排除しようとするのが流れになっています。

ところで日本は昔から「言霊(ことだま)」の国と言われるように、言葉には特別な力があると思う傾向が強いらしいです。

「言霊」とは、文字どおり言葉に宿る精霊のことで、言葉にされた事柄は、「言霊」の力によってそれがそのまま実現になる、という感覚を日本人は無意識に抱いています。

たとえば「雨が降る」と言えば、本当に雨が降ってくる、というものです。

そんなバカなと思うかもしれませんが、たとえばみんなが運動会を楽しみにしているのに、一人だけ運動会がいやな子供が「運動会の日には雨が降る」と言って、もし本当にその日に雨が降ったら、その子供が皆から「おまえのせいだ」と非難されるというような感じのことが起こりうるのです。

しかし「雨が降る」と言ったことと本当に雨が降ったことの間には何の因果関係もないはずです。

それから、たとえば戦争をイメージさせる軍隊を否定すれば戦争にならないと思っていたり、平和・平和と祈りさえすれば本当に平和が守れると思っていたり、憲法9条が日本を守ってくれると信じているような人は結構多いわけです。これなど、まさに言霊です。

それから、たとえば結婚式のときに「切れる」とか「わかれる」といった言葉を慎むのは、その不吉な言葉が現実となることを恐れているからに他ならないわけです。

そう考えるから、結婚式に出席している人はその言葉を使おうとしませんし、新郎新婦はそのような言葉を使う出席者を無神経と感じ、めでたい席ではネガティブなイメージを連想させる言葉を徹底的に排除しようとするのです。

実際には、結婚したカップルが今後別れるとすれば、その原因は当人たちにあるはずで、「別れる」と言った人間の意志とは無関係なはずです。

このように、マイナスイメージを抱かせる言葉を発することそのものが公的な場で許されない傾向が日本という国では特に強いのです。

そのような性質が、アメリカ発のPC運動の流れと合流して、最近の言葉狩りがますます大鉈をふっているのだと思います。

アメリカ人が政治的に正しい(=Politically correct)ことをしようと言って差別撤廃の運動をはじめたのが「PC運動」です。このPC運動など、原則論にこだわりすぎるために問題の本質をかえって見失わせかねないものだと思います。

PC運動ではBlind(盲人)という言葉をやめて、optically challenged person(視覚的に困難を背負った人)と言い換えよということになっています。


ちなみに日本でも似たような傾向にあります。たとえば「めくら」という言葉は今ではまず使われません。まあこの言葉はまさに差別用語なので私も使いませんから別にかまわないのですが、次に「盲人」の「盲」が差別的だからと言って、言い換えよということになりつつあります。盲とBlindはちょうど同じような意味あいです。

そしてPC派はその後、差別とまではいえないようなありとあらゆる差異・違い(身長・体重などの身体的特徴、身体的能力、知能程度、動物種、経済力など)に関する表現にまでその運動を広げてゆき、これらの違いを示す言葉すべてを「差別だ」と主張して、「PC=政治的に正しい」言い方に変えるようにもとめ続けています。

例えば・・・

ハゲ=hair disadvantaged person(頭髪的に不利な人)、

ノッポ=vertically advantaged person(垂直方向にめぐまれた人)

 もっとすごいのが、しまいには「○○障害者」という言葉までが差別だとか言いだして、知的障害者を「異なった能力を持つ人」、精神障害者を「奇妙さを増強された人」など・・・。

日本でも「障害者」を「障がい者」と買い換えているあたり、共通点も見られます。

私は差別的な意味を含む言葉であっても、特定の個人や集団を差別するような文脈で使うのでなければ、言葉自体はあって良いと思います。

「志村けんはハゲている」というのを「志村けんは頭髪的に不利な人」と言いかえれば良いわけではありません。そういう問題ではないでしょう。人間を侮辱する表現としてハゲという言葉を使わなければ良いだけの話で、ハゲという言葉そのものはあってかまわないし、文脈によっては使ってかまわないのです。

マイナスイメージの言葉を排除したからと言って、マイナスの現象や差別そのものがなくなるわけではありません。むしろ、歴史的に正当な言葉や表現を排除してしまうことによる弊害のほうが大きくなるのではないかと思います。

それはどのような弊害か。ここですでに書いた通りです。

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コメント
この記事へのコメント
少子化対策(社会政策)の専門家から見ると、話の流れから発言を追えば、全然差別発言じゃないんです。
むしろ、女性には、「子どもを生む」という男性が決して持つことの出来ない、社会にとっての大切な役割があり、素晴らしい機能を有しているという意味に受け取れるわけですから。だから、そういう役割、機能が十分に発揮できるような社会環境を整えていくというのが、今後の少子化対策の目指す方向だと思うのです。
この方向は、猪口前大臣時代の少子化対策(保守層には受けが悪かった。30代の女性の労働力率を上げれば、自動的に出生率も上がるという間違った説明←報道2001で述べて顰蹙を買った。出産手当や児童手当の拡大等の現金給付を中心とする施策)の方向とは、ちょっと異なるのです。
ただ、一般人にパブリッシングをする場合には、「機械」という言葉を使ったのは不適切だったと思います。もう少し、政策をわかりやすく説明するためにどういう表現をすればよいかという詰めをきちんとすべきでしょうね。
あと、最近の新聞の政治部記者や論説委員の政策・法律知識のなさに愕然としてお手上げ状態です。どこかで、ちゃんと教育しないといつまでたってもマスコミのリテラシーの低さが解消できないのではないかと思います。
nami | URL | 2007/02/03 (土) 11:21:26 [編集]
なるほど、おっしゃる通りですね。世間では「不適切な発言として謝ったんだから許してやれ」みたいに言っていますが、私はそれがむしろイカンというか、そこからおかしいと思っていました。

>むしろ、女性には、「子どもを生む」という男性が決して持つことの出来ない、社会にとっての大切な役割があり、素晴らしい機能を有しているという意味に受け取れる

そうですよね、そういう事をちゃんと説明しなければならないのが、日本人の悪いクセで、怒られたらとりあえず謝って丸く収めようとするのは、やっぱりよくないのかもしれません。
日村秋介 | URL | 2007/02/03 (土) 11:40:52 [編集]
どうなんだか
http://klingon.blog87.fc2.com/blog-entry-98.html

こちらをどうぞ。
産め!でも生活はもっと酷くしてやる、けど人数は必要だ、産め!
生活はもっと苦しくなる、貧困にぶち込んでやる。
とにかく産め!俺達の都合のために。

と言うのは・・・これは厚生労働大臣として正しい発言なんでしょうか。
最初に人間として正しくないように思えるのは私だけですか?
私は今の自民党が言ってる事、やってる事全て方向が間違っていると思えます。
http://klingon.blog87.fc2.com/blog-entry-100.html
こちらは更に酷い格差社会です。
三輪耀山 | URL | 2007/02/03 (土) 15:38:48 [編集]
そんなことはない。
大体全称肯定、全称否定ってのは、まず疑ってしかるべきであろう。「全て方向が間違ってる」などという主張は大体間違っていると思う。
もっと、大所、高所からの識見を持たないとと単なる煽り、或いは大向こう受け狙いにしかみられない。
週刊誌などはそういう傾向がが多いけどね。
「最初に人間として正しくないように思えるのは私だけですか?」なんていう言い方は、左翼の常套句でしかない。
厚生労働大臣は、
「産め!でも生活はもっと酷くしてやる、けど人数は必要だ、産め!生活はもっと苦しくなる、貧困にぶち込んでやる。とにかく産め!俺達の都合のために。」
なんていってないと思いますが。
格差社会なんて人間社会じゃ当たり前のことじゃないですか。下にいるものが必死になって上に這い上がっていく。何でそれがイケないんですか?
みんなで仲良くおててつないで、格差があるのは政治が悪いでは何の解決にもならないと思います。


馬春 | URL | 2007/02/04 (日) 22:10:48 [編集]
日村先生にご意見申し上げるのは些か気が引けますが、
独り言だと思って気になさらずにお願いします。

「めくら(盲)」を差別的な用語と認定して
意図的に使わないようにしているようでが、
「めくら」には、視力が殆どない人や状態という意味しかなく、
それ自体に差別的な意味はないと思いますから、
その認定は、ちょっと違うんではないかと思います。
発言者が差別的な意図や感情を込めて使ったときに、
はじめて「めくら」が差別的な言葉になると思います。
ですから、日村先生も「差別用語」認定なんかせず、
じゃんじゃん使えばいいのにと思いました。
近所の爺さんも「最近めくらになってきて、
細かい字が見えないんだよ」なんて言ってましたよ。
まあ、今まで使ってなかったものを無理に使えとまでは
申し上げるつもりもないんですけどね。


それと、「害」の意味がよくないことから、
「障害者」から「障がい者」なんてへんてこりんな
熟語への言い換えがよくなされているというお話でしたが、
元々の「障碍者」や「障礙者」という字を使えばいいのにとよく思います。
通りがかり | URL | 2007/02/05 (月) 10:50:58 [編集]
厚生労働相記者会見ログ(1次情報)
>三輪様
下記の私のはてなブックークが、厚生労働省の資料置き場ですので、ここの少子化対策についての大臣記者会見(1次情報)を一度ご覧下さい。
http://b.hatena.ne.jp/nami-a/?url=http%3A%2F%2Fwww.mhlw.go.jp%2F
マスコミが伝える大臣発言は、かなり偏向していると私は思っています。ですから、私は自分のブログエントリーではマスコミ報道(2次情報)ではなく、大臣記者会見(1次情報)を中心に記事を書いています。
nami | URL | 2007/02/07 (水) 14:13:53 [編集]
みなさま、ご意見ありがとうございます。

「格差はあって良い」というのは正論ですが「積極的に格差を作り出す」のは明らかに悪政です。特に人々の生活とかかわってくる経済に関しては、絶対にそういえると私は思います。

だから三輪さんのおっしゃる事にも皆さんもっと耳をかたむけていただきたいと思います。

少子化対策については、大臣がイマイチ何をいいたいのかわかりませんが、前の少子化担当相の猪口よりかはずいぶんマシかと思っています。

日村秋介 | URL | 2007/02/08 (木) 09:11:01 [編集]
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