右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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日本的経営の破壊は日本の破壊
日本の企業は役員と社員の給与の差が世界的に小さかったようですが、最近はそうではなくなりつつあります。

大企業は好調で役員給与が増大している一方で、リストラや賃金カット、非正規雇用の増大などしわ寄せは確実に下へ下へとひろがっています。

今の競争主義にしても、底辺だけ競わせてふるいにかけ、上はのうのうとあぐらをかいているわけです。むしろ競わせるべきは底辺ではなく、トップではないでしょうか?

どうも最近このあたりがおかしくなっているように思えます。
昔は、私は日本の大企業はそれなりにすばらしいと思っていました。しかし左方面の人々は企業、特に大企業が富を独占しているとか労働者から搾取しているなんて事を言って批判していたわけですが、これは私がやや左がかっていた昔から違和感のある主張でした。日本の企業はそんな事はしていなかったと思います。

というのは、日本の経営者というのは基本的には従業員に優しかったし、会社を共同体として運営していて、そこに所属している人にとっても会社そのもにとってもうまく動いていたからです。日本的経営は人間的経営でもあったと思います。

経営者も社員や経営に対する責任感は人一倍強く、業績が悪化すればまず自らの給料からカットして行き、社員の生活のことを考える。これは中小企業だってそうでしょう。それが日本の経営者だと私は思っていたのです。何と言うか、商人でありながら武士道精神の一片のようなものを備えているというか。 しかしこれらはすべて過去形になったと言えるでしょう。

最近はどうでしょうか?リストラして大量に社員の首を切った経営者が多額の報酬を受け取り、日本的経営から欧米的経営に会社を変化させることを「改革」などと言ってもてはやしているわけです。

一時、カルロス・ゴーンの日産が、「改革」に成功したとか言ってえらくもてはやされましたが、 日産の役員報酬は一人平均2億円超で、これは三菱自動車の15倍です。

大量に職員を解雇したり賃金カットしておきながら多額の報酬を平然と受け取ると言うのは、物事を何でもドライに割り切って考える欧米人の典型なのでしょうか?それとも、これからはこういう日本人も増えて行くんでしょうか。

そうして、社員の賃金はどんどん低く抑えられている一方で、役員や株主がそれを吸い上げるしくみになっています。

正規雇用者と非正規雇用者との賃金格差をうめるために、正社員の給与をさげろなどと言っている八代とか言うキ○ガイがいましたが(こちら参照)、役員の給与との格差の拡大については完全に目をつぶっています。もしろ、そちらの格差が膨大に拡大しています。

八代氏からすれば、役員報酬や株主への配当は増大しているのに、職員の賃金はもっとカットすべきと言っているのですから、滅茶苦茶です。

それから、日産の特徴として、もうひとつ、成果主義ということがあります。私はこれにも懐疑的です。

もちろん、能力主義も取り入れ方や職種・業種によっては機能する可能性はあるのかもしれないですが、幅広く全面的に取り入れてもたぶんうまく行かないと思います。これと年功序列・終身雇用の廃止もセットになっているようですがが、だったらなおさらうまく行かないでしょう。

社員の尻をたたき過酷な競争に社員をさらせば、皆がフェアプレー精神を発揮して前向きに仕事に励むだろうなどと予想するのは、かなり楽観的な人間観に基づいていると思います。はげしい競争を勝ち抜ける知と徳、体力と精神力を備えた有能な人間など、この世にはごく希にしか存在しないのですから。

能力主義・成果主義を徹底して年功序列と終身雇用を廃せば、仲間うちで争いが頻発し、同僚が足を引っ張りあい貶めあい、ベテラン社員は自分の地位を守るために新人への教育の手を抜き技術の伝承をやめるでしょう。個人主義が蔓延してチームワークが成り立たなくなるのです。

その結果、皆が目先の結果を出すことにあくせくし、同僚に差を付けることばかりに腐心し、長期的には会社を弱体化させ、その会社はますます沈んで行くに違いありません。短期利益にばかり目が行って、共同体の長期存続を忘れてしまっている今の日本の縮図がここにもあるわけです。

日本経済新聞などが中心となって日本的経営はもう古いというプロパガンダが国内に行き渡ったために、会社のために働くと考える日本人がどんどん減っているようですが、実はアメリカでは日本的経営を積極的に取り上げている企業が増えており、会社に忠誠心を抱いていると考える会社員が日本とは逆に増えているそうです。

「終身雇用、年功序列賃金、企業内組合」という「日本的経営」の三点セットが諸悪の根元であるなら、そもそもなぜ日本は世界に冠たる経済大国に成り仰せたのか。時代が変わったと人はあっさり言いますが、根本的に変わったわけではなく、進んで変えようとしているだけではないのでしょうか。

バブル崩壊後の日本経済停滞の原因とその責任を見当違いなもののせいにしてそれを責め立てる風潮が日本社会に蔓延しています。それが「改革」の原動力となり、それを潰すのが「改革」の目的ともなっています。その結果、日本に存在するあらゆる共同体は今後ますます破壊されてゆくでしょう。

そこで、旧ブログでちょうど1年前に書いた文章をそっくり引用しておきます。

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Dr.マッコイの非論理的な世界

[社会][欧米] 「日本的経営」を潰したのは誰か

昨日の朝、テレビを見ていたら、誰かが「仕事は会社のためではなく、自分のためにするものである」と言っていた。そりゃ、まあそういう面もあるだろうし、私なんかも偉そうな事を言えないが、「組織よりも個人」という価値観をことさら素晴らしいことであるかのように言い立てる風潮はいったい何だろうかと不思議に思う。

誰だって放っておけば他人より自分の事優先になるだろうし、組織のためより自分勝手に生きようと思うだろう。だからこそ、「自分のために生きろ」などという事をふりまくよりも、責任感だとか義務だとか、そういうものを大切にするべきだと思うのだが。身勝手な人間が増えている最近においてはなおさらだと思う。

このような個人主義が蔓延しやすい一つの土壌として、戦前・戦中は個人が国家のために「犠牲になった」ことに対する過度の反省があると思うが、そこへ来て、日本人のアメリカコンプレックスと、アメリカの戦略というこの3つの要素があると思う。

日本人がアメリカ人の真似をしてもアメリカ人にかなうはずがないのだから、日本の良さ、利点、強さというものをもういちど過去の成功から見直す必要があるのではないかと思う。

で、「国富消尽」をパラパラと見ていたら、最後に関連することが書いてあった。
国富消尽―対米隷従の果てに 国富消尽―対米隷従の果てに
吉川 元忠、関岡 英之 他 (2005/12)
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◆集団主義的価値観こそ日本の強み・・・・関岡

(前略)

日米通商摩擦のころに読んだ米国人が書いた本のなかで非常に印象に残っている記述があります。「個人対個人なら、米国人は日本人に勝つことはわけもないが、集団対集団、組織対組織となると勝てない。なぜなら米国人は集団になると、誰もが内輪でリーダーシップを争い、あるいは功を競って足を引っ張り合い、気がついてみると集団で結束してことに当たる日本人に水をあけられている」と、その米国人は書いていたんです。おそらく米国は、そのことを日米通商交渉のなかで学習したのでしょう。そして日本人の集団主義に楔を打ち込み、個人主義という自分たちの土俵に引きずり下ろそうと考えたのではないか。


まあ、ここだけ読むと「陰謀論」と思われてしまうかもしれないし、続きも以下で引用します。

で、アメリカ人が優れていると思うのは、分析力だと思う。日本の「強さ」も日本人以上に分析して理解していると思う。で、その日本の強さがアメリカにとって脅威となりうるものならば、彼らは巧妙にそれを潰しにかかる。このやり方もまた巧妙である。日本人はお人好しでだまされやすいし、アメリカに対する強いコンプレックスがあるので、すすんで協力したりする。


「日本的雇用慣行を維持している」という理由でトヨタの格付けを引き下げた米国の格付け会社がありましたが、バブル崩壊の煽りでちょうど日本人が自信を失いはじめた時期、米国の経済ジャーナリズムや日本経済新聞などが中心になつて、終身雇用や年功序列といった日本的経営に対するネガティブ・キャンペーンが始まりました。その結果、日本的雇用慣行が崩れ去り、中高年のサラリーマンは年下の上司との人間関係に呻吟したり、リストラである日突然、街頭に放り出されるようになりました。

 さらに日本企業は、米国系コンサルティング会社のセールス・トークに踊らされ、こぞって「成果主義」という米国流の人事評価制度を導入しました。成果主義では、チームワークではなく、あくまで個人の貢献度が競わされます。

 こうして日本の組織や企業社会がゲマインシャフト的なものからゲゼルシャフト的なものへと激変していくなかで、日本人の会社への忠誠心や帰属意識は急速に摩減していきました。(中略)若い人々もそうした風潮を敏感に察知して、フリーターからニートへと、集団へ帰属することを忌避して「個」のなかに引きこもるようになつています。


まあ、このような流れなのだろう。上で日本経済新聞の話がちょっと出てきているが、この新聞、朝日新聞とは別の意味で反日的とすら言える(朝日と同じ意味での反日色もあるが)。「バブル」「IT革命」「成果主義」「中国経済」を無責任にあおってきた。
日本経済新聞は信用できるか 日本経済新聞は信用できるか
東谷 暁 (2004/11/23)
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で、そのような、アメリカとアメリカかぶれの日本人によって繰り返されてきたプロパガンダによって、現状はどうなってしまったか。アメリカ人は日本人の良さを取り入れているのに、日本はその強みを自ら捨ててしまったと言って良い。以下驚きの世論調査結果・


 そしていま、わが国の現状は、まさに惨憺たるありさまです。2005年5月13日付の朝日新聞で紹介されている米国の世論調査会社ギャラツプの調査結果によると、会社への帰属意識や忠誠心や仕事への熱意は、調査が行なわれた一四カ国のなかで、何と米国が世界最高、そして日本が世界最低だったそうです。目を疑うような結果ですが、これは単に日本の国際競争力などといった産業や経済のレベルにとどまる話ではありません。未曽有の国難といっても過言ではない、国家の浮沈に関わる事態です。

 日本人が個人主義へとどんどん傾斜していき、その最大の強みであった集団への一体感と忠誠心を失っていく。いかなる集団へも帰属意識を持てない、孤独な個人が刹那主義に陥り、世の中の出来事に対する当事者意識を失い、外資に支配されて何が悪いという、誇りなき時代精神を醸成している。今日の日本の国力の衰退の真因は、まさにこの一点にあるのではないでしょうか。

 この惨状から立ち直るには、米国的価値観への迎合から決別し、われわれの父祖たちが築き上げてきた歴史と伝統の価値を再発見し、日本人が自信と誇りを取り戻す以外にありません。まだまだ勉強不足ですが、私自身これからそういうことを突き詰めて考えていきたいと思っています。



で、ここで書かれている集団主義についてはいろいろと定義や反論もあるかもしれないが、少なくとも「日本的経営」というレベルでみれば、それははっきりしているし、グローバルスタンダード(これはウソ英語らしい)なるものとは違う日本独特の形態であったのには違いない。それについては、「■[政治] 構造改革とは何か?」で西部邁の「無念の戦後史」から引用したが、さらに手短に抜き出して引用する。


技術革新にたいするものを含めた旺盛な勤労意欲と堅実な勤労態度、オイル・ショックを乗り超えさせたのは(当時の)この国民的な資質であった。

強い勤労意欲と良い勤労態度をもたらした原因は何か?

日本の歴史的な産物である日本的集団運営法が日本の高度経済成長および高質技術発展を支えたのです。この歴史的な勝れ物が持っている性質を「終身雇用、年功序列賃金そして企業内組合」の三点セットで表すのが普通です。

その三点セットは、人々の集団を「目的の共有」と「役割体系の確認」の面で強化して、「組織」に仕立て上げるための手立てであったのです。

勤労・労働の発揮のされ方の長期的な見通しをを少しでも確かなものにすべく組織が形作られるのです。
組織において「人間」が「長期」にわたって雇用されるということは、それらの組織構成員のあいだで、「価値」が共有され、「慣習」が普及され、「権力」が承認されるということなのです。つまり、価値という(意思疎通の)媒体を通じてコミュニティ(共同体)が、慣習という媒体を通じてソサイアティ(社交体)が、そして権力という媒体を通じてポリティ(政治体)が、経済の基底に横たわるということになります。

経済は、表面ではマネー(貨幣)という媒体をめぐるエコノミー(経済体)とみえるでしよう。しかし根底では、文化、社会、政治のすべてにかかわるコムプレックス(複合体)なのです。



無念の戦後史 無念の戦後史
西部 邁 (2005/08/19)
講談社

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社員は会社に帰属意識を抱き、会社の側は「三点セット」を持ってその意識に応えることにより組織が長期にわたって維持・存続可能となり、そしてまた組織が強固なものになり、会社は安定的に存続し、拡大・発展してきた。それなのに、社員の意識の側からは個人主義の浸透によって、また会社の側からは「三点セットの放棄」つまり日本的経営の否定によって、共同体としての会社を、契約で一時的に集まっただけのバラバラの個人の寄せ集めに変えてしまいつつあるという事だろう。

ともかく、最近の個人主義の風潮はかつての日本人の価値観とはずいぶん違ったものである。この「個人主義」にしたって、徹底しているのはアメリカくらいで、それが特別普遍的な価値ではないと思うのだが。どうもアメリカ人の徹底した個人主義というのはプロテスタンティズムと関係しているのではないかと思うが、ちょっとそのあたりは調べてみたい。

ともかく、この「国富消尽」という本、読みどころ満載であるし、かなりインパクトある内容だ。郵政民営化や小泉構造改革に賛成の人も、どうかこの本を読んで、そして説得力ある反論を展開していただきたい。でなければ、私の最終判断は、やはり郵政民営化は、より良い民営化のしかたがあったかもしれないという可能性は別にして、先に通過した郵政民営化法案による民営化は間違いであり、そして小泉構造改革路線のその先に待ち受けている日本の将来は、破滅とまでは言わないまでも、衰退への道に通ずるとしか思われないのである。ん?なんか文章がおかしくなってきた。

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コメント
この記事へのコメント
30代も半ばになると
私のように30代も中ごろには特に
興味深いエントリーだと思います。

この年になると気づかされるのが、
所属している(会社)組織の大事さと、自分の立ち位置についてです。
自分のことだけを考えて、将来を生き残っていけると豪語して許されるのは、天才の一握りか、若者だけです。

日産の場合、カルロスは短期で結果を出さねばなりませんから、
目の前の目標だけを掲げるのは致し方ない面はあります。
ただ、これを他の企業に同調されるのは困り者ですが。

カルロスのように短期ではなく、今の企業人には10年、20年後を見据えた運営をしてほしいと思います。

あと、組織の競争力を持たせるには、内部でも熾烈な競争をさせるという松下式も望まれると思います。

なんだがグダグダになりましたが。
企業だけに頼らず、30代以降になったら、
自分の10年後、20年後、30年後を想像して、将来を考えていきたいものです。
 もふもふ | URL | 2006/12/28 (木) 11:47:01 [編集]
私は大手製造業で設計業務を行っていました。
そのときに感じたのが、日本の製造業はダメになるなと...
会社の方針が顧客満足から利益優先になったからです。それと同時に現場正社員を雇わなくなりました。
現場の正社員は、設計者以上に自社製品・ブランドに誇りを持っています。品質も設計目標以上に管理して行っていましたし、品質を良くする為に設計者に多くの提案を行っていました。(正直、鬱陶しかったです。)これを行うと利益優先に反します。
しかし、社内外注化が進むと品質は設計目標で充分になり、さらに中国工場で生産が進むと、品質は設計目標を下げないと生産出来なくなる事態になりました。
実際に品質よりもカタログスペックが満足していれば、徹底的に安く作って利益を上げろです。(顧客満足よりも利益優先です)
しかも中国では日本の技術者が徹夜して成り立っています。(残業代タダで)
もちろん、異国での徹夜は嫌なので設計目標を仕様がかろうじて満足できれば良い位まで下げます。最近の製品って壊れやすいと感じませんか?
創業者経営と違い、今儲かればよいと言う状況が製造業を確実にダメにする事は間違いありません。(日本国も同じような状況なのかな)
徹夜の設計者 | URL | 2006/12/28 (木) 12:35:29 [編集]
正義はどこへ
西郷隆盛が書いているが、国は正義を守るならば、
その存在がなくなっても、良いといっている。
会社に例えれば、国家に貢献できるなら、会社など潰れても良い。
本田宗一郎、や井深大はそういって戦後を戦ってきた。
日本の会社は、そうした人々の心意気で評価されてきた。
利益を求めるなら、会社など無いほうが良い。
kuni | URL | 2006/12/28 (木) 21:58:08 [編集]
このままでいけば、末は韓非子の論理世界か仏革命の論理世界かのいずれかが待っているように思います。
どっちにしたって、未来の日本人にとって不幸でしかありませんが。
minase | URL | 2006/12/28 (木) 22:42:28 [編集]
おひさしぶりです
おはようございます、三輪です。お久しぶり。
私の方もまた政治ブログに戻ってきました。

西部 邁様の著書「無念の戦後史」が表示されていますが、確かあのお方の遺言は「アメリカに唯々諾々と従うな」って言う意味の遺言だった筈ですね。

会社は誰のものか、「株主」「経営者」「労働者」。
以前の日本では「労働者」の権利もきちんと認められていました。
けれど、いまや「株主」=「資本家」、次に「上手くやってる限りは経営者」、切り捨てられる「労働者」と言う図式に戻っています。

19世紀に逆戻りですね。下手すると産業革命直後の世界でしょうか?
お馬鹿デスよネェ・・・。
これ以上社会を不安定にしてどうするのかと・・・。

何にせよ、安倍政権は癒着した業界に、律儀に、ひたすら律儀に「借り」を返そうとしています。
遮二無二に借りを返そうとしています。
庶民を売り飛ばす事で、「恩人=小泉、竹中」あるいは「スポンサー=大企業」に奉仕しようとしています。

もともと何の明るい期待も抱いていませんでしたが、連立与党の公明党さえ不安になるレベルで、安倍政権は国民大多数に背を向けています。

こりゃあ、先行き真っ暗ですね。
三輪耀山 | URL | 2006/12/29 (金) 08:26:08 [編集]
>もふもふさん
松下のことはよくわかりませんが、ソニーが成果主義でかなりダメになったという話は、最近の文藝春秋にのっていたと思います。日産にしても、私はああいうやり方しかなかったのかもしれないとは思いますが、ああいう事をやったトップが高収入を得てそれが賞賛されるような現状を見ると、日本もかわったなあと思わざるを得ないのです。

> 徹夜の設計者さん
実体験に基づく貴重なコメント、ありがとうございます。とても参考になりますし、興味深い話です。

>kuniさん
西郷の言っているのは、国を守るには国が滅びる覚悟で闘わなければならない、ということではなかったかと思いますが、その話で良いのかちょっとわかりませんが。

>minaseさん
現状では悲観的な見方しか私もできないですね、とても残念ですが。だからこうやってごちゃごちゃ書くしかないと思っています。

>三輪さん!
復活おめでとうございます。待望していましてよ。これからも期待していますので、頑張ってください。
日村秋介 | URL | 2006/12/30 (土) 21:21:40 [編集]
いつもながらもっとな意見です。
それを言うとなぜそれではやっていけないとサンプロの人は言うのか?私には理解出来ません。
貴方達たくさんもらって間違えた方向に向けている意識がないのかいつも疑問に思っています。
日本は何と言っても和の国ですからそれを大事にする事で今までやってきたと思うのです。歴史を軽んじている?人が経済にも出てきてそれが衰退?の方に行かない事を祈るばかりです(^ー^*)ゞ
のり | URL | 2006/12/31 (日) 02:11:44 [編集]
サンデープロジェクトはダメですよね。あの松原とかいううさんくさい学者(?)をはじめとして、ろくでもないコメンテーターばかりですから。まあ田原総一郎が一番うさんくさいですが。最近は見なくなりました。
日村秋介 | URL | 2006/12/31 (日) 11:15:49 [編集]
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