右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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デフレ対策
デフレ対策と言えば、最近ではこれが今の日本で一番重要な課題であることは、少なくともネット上の言論空間(そんなものあるかどうかは?)においては常識になりつつあります。

また、マスコミではあいかわらず少数ではありますが、昔よりは増えている気がします。

さて、このデフレ対策と言うか、デフレ脱却法ですが、無理に分ける必要が無いかもしれませんが、一応二つあります。

(1)金融政策・・・金融緩和、日銀による通貨の共有量(マネタリーベース)を増やす

(2)財政政策・・・政府の財政出動を増やす

で、三橋貴明氏などは、両方をセットでやれと言うことを繰り返しおっしゃっていて、それが一番まともかなと思うのですが、平成デフレ下においてこれまでの日本がやってきた政策を見ると、どちらか一方しかやっていなようです。

小渕政権では財政出動のみ、小泉政権では金融緩和のみです。

でも、どちらともそれなりに効果があったようなので、両方セットでやれば良いと言うのは納得できます。

しかし、面白いことに、いわゆるリフレ派の経済学者は金融緩和こそ重要と言い、財政出動には消極的な印象です。私はそこに、経済学者の発想の限界と言うものを感じます。

リフレ派の経済学者がなぜ金融政策を第1に考えるかと言えば、それはおそらく「昭和恐慌の研究」をされている人たちだからだと思います。

昭和恐慌の研究昭和恐慌の研究
(2004/03/19)
岩田 規久男

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この本は数名の共著ですが、書かれているのはみなさんリフレ派の経済学者さんたちで、その共同研究の結果です。

私はこの本を買って、はっきり言って専門的で難しすぎて後悔したのですが(笑)、本棚にかざっておくだけではもったいないので、理解できそうなところだけでも読んでみました。

それで面白いことが書いてあることに気づきました。

昭和恐慌から脱却のため、高橋是清がやった金融政策と財政政策について、どっちがデフレ脱却としてより有効だったか結論を出しています。

しかし、これが、なかなかむずかしい方法でして、グレンジャーの因果性検定などをやって、金融政策と財政政策のどちらが物価上昇と因果関係が見られるか、を調べています。

その結果、「金融政策(通貨の発行量)と物価上昇には因果関係あり」との結果が出たけれども、財政政策のほうは微妙で、少なくとも「財政政策単独では物価上昇に影響を与えたとは言えない」と言う結果でした。

「財政政策は金融政策と組み合わせた時にはじめて有効である」、と言うような結論だったと思います。

この場合の「有効」と言う言葉の意味はもちろん、グレンジャーの因果性検定と言う方法で有意であると言う意味です。

そもそもグレンジャーの因果性テストと言うものがどれだけ信頼できるものなのかとか詳しい内容は正直わたしにはわかりません。この方法が唯一なのか、最適なのかもわかりません。

でも、ちゃんと因果性の検定をやっているところがさすがは学者さんだなと思いましたが、それ以外の点で、この本とも関係無いですが、リフレ派の学者には学者ならではの視野の狭さが感じられることがあります。

リフレ派の学者さんたちは、「昭和恐慌の研究」の結果から判断して、「デフレ脱却には金融政策こそ重要」とおっしゃるのだろうと思います。

たしかにそうかもしれませんが、この結果から、「平成デフレからの脱却法として金融緩和だけで良い」とまでは言えないでしょう。

昭和恐慌の時の日本と言う一つの例だけを検証して、そこまで断定的なことは言えないと思います。少なくとも、同じ頃のアメリカがやったニューディール政策のほうも検証していただきたいものです(しているのかもしれませんが)。

まあ、こちらのほうは高橋是清ほど短期間に成功はしなかったと言う話も聞いたことがありますので、検証の必要無しと判断されたのかもしれませんが。

あともう一つ、昭和恐慌時と現代とでは状況がまったく同じとは言えないと思います。なので、昭和恐慌の時には金融政策のほうが有効でも、それが平成の日本にも当てはまるかどうかはわかりませんし、逆に今のほうがもっと有効である可能性もあります。

まず、当時よりも現代のほうが金融経済が実態経済にくらべてかなり肥大しているのではないかと思います。

そんな状況ですから、現代では金融政策の影響が大きく、昭和恐慌時よりも金融政策がデフレ脱却にはより有効かもしれません。

しかし、金融経済と実体経済の関係がおかしくなっていますので、金融政策中心で成長しても意味が無いと思います。金融経済が成長しても、実体経済も健全に成長させられるかどうかは怪しいのではないでしょうか?そこが重要なポイントだと思います。

つまり、マクロ経済の指標だけ見て単にデフレから脱却できれば良いと言うものではないと言うことです。実体経済が着実に成長するようにならねばなりません。

金余りで変なところに投資が集中して金融経済の方面でバブルを引き起こし、それがはじけると実体経済も破壊されると言うのが、グローバル化した時代にはよくあることだと思います。それは避けなければならないのです。

リフレ派の学者さんらは、そこまで考えていません。だから「グローバル化なんてデフレと関係無い」とまで言えるのでしょう。しかし、それではデフレから一時は脱却できても、すぐバブル崩壊で次のデフレを招くでしょう。

なので、やはり金融緩和して増やしたお金を政府が公共投資など財政出動のかたちでまわして、実体経済を成長させることが必要だと思います。

でも、リフレ派の学者さんらは、政府や官僚を信用していませんから、そういうことを嫌うのでしょう。その点で新自由主義者らと共通点があります。

なので、産業政策とかをものすごく嫌いますし、政治を嫌うところがあるように思えます。政府が特定の産業に投資することを無意味とか言います。

たしかに政府や官僚は信用できないところもありますし、政策としては間違ったこともするでしょう。

産業政策をふりかえってみると、ほとんど失敗ばかりだったと言うのも事実だと思います。成長産業に投資するとか言うのも、うまく行くとも思えません。

しかし、だからと言って、ただ通貨の量を増やして、あとは市場にまかせるみたいな議論になるのはやはり私には納得が行きません。

現代の日本ならば、お金を必要とする分野はいくらでもあります。

震災復興、インフラの更新、国土の強靱化(震災対策その他)などなどです。

増やした通貨をこうした分野に投資することで、金融政策と財政政策を両方やれば何の問題も無いと思うのですが、リフレ派の学者さんらは、あまりこれは言いません。

まあ、専門外ですから口を出さないのは良いことですが、無意味とかやめろとか言うなら話は別です。

いくら政府や官僚が信用できないからと言って、政治と言うのは市場にまかせるとか、インフレ率だけ見てお金の量だけ調整すれば良いとか、そんなふうにはできないものなのです。

政治には価値判断が絶対に必要なのです。間違えることがあるからと言って、それを排除して理論で自動的に政策を決められる訳ではありません。

そこらへんが、経済学者さんらにはわからないのかな、と思います。

政策に優先順位をつけるのは経済学の仕事ではないく、どちらかと言えば経済学以外の社会科学の仕事でしょう。

経済学者の中には、他の社会学者を下に見る人たちがいて、たしかに社会学者の中には、いいかげんな事を言う人が多いのも事実です。

見かけ上の相関にすぎないものを因果関係があるかのように言ったりなど非論理的だったりすることが多いのです。当然のことながら、因果性の検定などしていません。推定・検定方法もあやしげなものを使っていたりする場合もあります。

なので、経済学者が他の分野の社会学者をうさんくさい目で見る気持ちもわからないではないですが、少なくとも政治と言うのは総合的なものですから、経済学の理論だけからは何が正しいか、何を優先させるか、などの判断はできません。

最終的には価値判断が必要になります。

私が、金融政策をやるだけではなく、財政出動もやらねばならないと考えるのは、価値判断をしているからです。

金融政策だけで金融バブルになったり、金融経済のみが肥大しても意味はなく、一般の国民の所得が増えなければだめなのです。

一般の国民とは、多くの給与所得者であったり、中小企業の経営者であったり、町の商店街の人たちであったりなど、普通の生活者たちのことです。

彼らの生活が安定して、所得も十分確保できて、住みよい地域が存在しつづける、と言うことが重要なのです。

なので、デフレを脱却して、たんに物価が適度に上昇さえすればそれでオッケーな訳ではありません。

デフレを脱却して、一般国民の所得が増え、中小企業の経営も安定し、自然災害などの脅威にたいしても過剰におびえずに安心した生活が送れるような社会にしなければならないのです。

そのためには、政府はどこに金を投じるかを真剣に考えなければなりません。

考える過程で間違いもおかすかもしれませんが、だからと言って市場にまかせたり、何もしないと言うわけには行かないのです。

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コメント
この記事へのコメント
そもそも金融政策とは「カネをばらまけば、国民はそのカネを使って、支出をしてくれるはず」というものです。しかしデフレは「モノよりカネを愛す」状況ですから、カネがばら撒かれたら、国民は「これ幸い」とばかりにばら撒かれたカネを貯めこみますわね(笑)

昭和恐慌にしても、当時の日本が今ほどの供給力を持っていたとは思えません。つまり、恐慌とはいえ潜在的にインフレ状態だったところに金融緩和したので、皆がばら撒かれたカネを使って消費したという話で、金融緩和が効果があったように「見えた」だけなのではないでしょうかね。

これは私見ですが、金融政策は自転車のブレーキ、財政政策は自転車のペダル。そしてブレーキには自転車を止める働きはあっても、自転車を前に進ませる能力はないのです。自転車を前に進ませるには、まずブレーキを緩めることが必要ですが、それだけでは不十分で、自転車に乗る人(=政府)がペダル踏んで前に進む意思(=需要)を示さなければならないのです。

この辺りのことが、金融政策一辺倒の経済学者はわかっていないように思います。
かせっち | URL | 2012/04/20 (金) 20:26:10 [編集]
情報インフラってどうなのでしょう?
仰る通り、金融政策だけではだめで、財政出動もしなければならないでしょう。

具体的には、地震対策とインフラ更新であると思います。あと、消費税を減税して法人税は増税するものの日本人の雇用者を多くとれば控除するもしくは手当を支給する。それによって所得を分配する。

公務員給与の一部(全体額を減らすのではなく)または生活保護者に対して、期限付きの金券(国が認めた内需型の企業にのみ使用可能なもの)を支給して実体経済を早期に促進させる。

ただ、それ以外に情報のインフラも整備したほうが良いと思います。具体的には独自のOS(オペレーティングシステム)を開発する。これは、防衛力の維持のため軍事費を増大させ、隊員(兵隊)を増員し、兵器開発の投資とともに、セキュリティーの観点からも必要不可欠なことと思います。

情報技術産業は、あまりにも効率化の道を辿って、利益がなかなか出ないもので、胡散臭いネット通販や課金ゲーム産業ばかりが儲けています。これではIT技術者が育たなく、海外に流出や衰退を招きます。

勿論、OSが統一されているからこそ便利であることは承知しているのですが、マクロ経済の観点からは非関税障壁にもなり、デフレ期においてはメリットでもあります。それ故、やむを得ないことと思います。

OSを一から作ることは、それに載せるアプリケーションの開発という需要も生み出し、海外からの工作に対する多少の障壁にもなります。

以上、稚拙な意見ですが、思ったことをコメントしてみました。
Sura | URL | 2012/04/21 (土) 00:07:43 [編集]
かせっちさん、Suraさん、読み応えあり、かつとても参考になる投稿ありがとうございます。

昭和恐慌時はおっしゃるように、今よりはるかに潜在的なインフレ圧力(もの不足等)があったでしょうから、効果は早くでやすかったと言うのはその通りでしょうね。なので、まったく同じに考えるのが正しいとも思えません。


Suraさん

OSの話は面白いですね。むしろそれが正しいでしょうね。でもマスコミは携帯電話がガラパゴス化して世界で売れないみたいなネガティブな発想しかしませんね。それが国内の市場・雇用・産業を守り育てることにつながるとは考えないアホが多いようで、そのことも正しい政策を邪魔する要因になっているでしょうね。
管理人 | URL | 2012/04/21 (土) 09:36:18 [編集]
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