右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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南京事件は数が問題
またまた河村市長の南京事件に関する発言の問題です。

今日も結局はマスゴミ批判になってしまうのですが、昔に比べると、マスゴミによる南京無かった発言への弾圧は少なくなっているように感じたのは私だけでしょうか?

まあ、あまり新聞やテレビを見ないので、わかりませんが、たしかに、新聞の社説で河村氏の発言を批判したところもありましたら(中日新聞や東京新聞)、朝日は社説で批判はしていなかったと思いますが、どうでしょうか?普通の記事ではとりあげていましたが。

昔の朝日なら社説で批判してもおかしくないような気がします。

でも、どう考えても、この話題、掘り下げれば掘り下げるほどマスコミが不利になるのは間違い無いので、社説で取り上げるのはかえってリスキーと思ったのかもしれません。

中日新聞の社説など、2回ほどこの問題を取り上げたようですが、(ここと、ここ)、多少でもこの問題について知識があれば、むしろ中日新聞の言っていることのほうが苦しいと思います。

河村氏の「釈明」会見の記事を見てみましょう。

「組織的大虐殺なかった」 発言撤回せずと河村名古屋市長

 河村たかし名古屋市長は27日の記者会見で、旧日本軍による「南京大虐殺」を否定した自身の発言について「象徴的に30万人とされるような、組織的な大虐殺はなかったのではないかとの趣旨だった」と釈明する文書を示した。

 河村氏は「30万人もの非武装の市民を大虐殺したことはないと思っている」として、発言を撤回しない意向を示した。


これを受けて、中西新聞は社説で、「素直に撤回しろ」などと言っていますが、ちょっと滅茶苦茶です。

(中日新聞の社説より引用)

南京で虐殺がなかったという研究者はほとんどいない。日中歴史共同研究の日本側論文も「集団的、個別的な虐殺事件が発生し」と明記する。市長自身「非戦闘員の殺害はあっただろう」と認めており、日中で隔たりがある被害者数を問題にする意図であったのなら、そう明言すべきであった。

 市長は共同研究を「学者の個人的見解」と批判するが、国や政治レベルで埋まらぬ歴史認識の溝を、少しでも客観的に埋めようとの知恵であった。中国主張の「三十万人」を市長が真っ向から否定しては、南京市側は率直な議論のテーブルにはつけぬだろう。


まず、一行目の「南京で虐殺がなかったという研究者はほとんどいない」と言うのは明らかにウソでしょう。数万人の「中虐殺」説を主張する人よりはずっと多いはずです。少なくとも、ほとんどゼロと言っている研究者もたくさんいます。

そうやって、「なかった」と言っている研究者は無視しておいて、中国側の30万と言う極端な数字を「真っ向から否定しては、南京市側は率直な議論のテーブルにはつけぬだろう。」と主張するこの新聞は一体何なのでしょうか?

中国側だって、そもそも日本側が主張する、「20万人を上限とする」と言う主張をまっこうから否定しているではありませんか。

たしかに、市長は軽率な言動をつつしむべきですが、この発言がそんなに極端なものではないですし、中国側が30万と言っているが、日本側は20万人を上限とすると言っている、食い違っているのだから議論しようと言うのならば、まともなことだと思います。

中日新聞の社説にはこう書いてあります。

二〇〇六年の安倍晋三・胡錦濤首脳会談の合意を受けてスタートした日中歴史共同研究委員会は二年前、南京事件について「虐殺行為に及んだ日本側に責任があるとの認識では一致した」との報告を公表した。一方、犠牲者数は、中国側の「三十余万人」、日本側の「二十万人を上限に四万人、二万人などさまざまな推計がある」と両論を併記した。


これだって、日中の研究者の一部が合意したと言うだけの話で、実際には「なかった」と主張している研究者は排除されているので、まともかどうか怪しいですが、日本側には20万人を上限として、もっと少ないと言う主張もあると言うことは、自明なのですから、やはり30万人規模の虐殺は無かったという発言は何の問題もないはずです。

逆に、虐殺そのものがほとんど無かったと思っている者からすれば、何を言っているんだ、河村君よ、30万人規模の虐殺が無かったなんて、あたりまえじゃないか、その程度のことをわざわざ言ってどうすると言うことですが、この程度のことでも、このような事態になるのですから恐ろしいです。

その点、石原慎太郎は賢いと言うか、ずるいと言うか、もっと上手で、彼は「40万人も虐殺できるはずがない」と言っています。

石原都知事:「河村君正しい」 南京事件否定発言を擁護

 東京都の石原慎太郎知事は24日の定例記者会見で、河村たかし名古屋市長が南京事件を否定した発言について「河村君の言うことは正しいと思う」と擁護した。

 石原知事は「あれだけの装備しかない旧日本軍が、あれだけの期間に40万の人を殺せっこない。絶対にない、物理的に。戦争のどさくさですから、人を殺したのもあったかもしれない。しかしそれをもって、大虐殺というのは本当に心外だと思うし、違うと思う。さんざん検証してきたんだから。私は彼を弁護したい」と述べた

河村たかしは「30万人の虐殺はなかたったのでは?」と言っているのに、石原慎太郎は「40万人も殺せたはずがない」と言って、どうして「河村君が正しい」と言っていることになるか不思議ですが(笑)。

石原慎太郎は、中国側の最小限の「30万人」よりも、10万人も多い人数を言って、「そんな大虐殺は無かった」と言っているのですから、実はほとんど何も言っていないのに等しい、少なくとも河村発言の擁護にはなっていないのです。

だから、マスコミも叩きにくいのでしょう。

まあ、これはある意味、本当に彼はかしこい。このやり方は、ある種の詭弁だとは思いますが。

ようするに、マスコミは、30万人もの虐殺は無かったと言っただけで、「中国の意向を無視している」と騒ぎ立てるわけですから、何ら極端なことを言っていないにもかかわらず、河村氏のように売国マスコミに批判されて、結局は虐殺があったかのようなプロパガンダに利用されます。

ところが、石原慎太郎のように、40万人と言う中国側の最小の主張よりも大きな人数の虐殺を否定しても、中国は反論しにくい、実際には意味あることは言っていないのですが、こちらはマスコミから批判されないので、何となく虐殺が無かったと言うイメージを抱かせることができる。

さすがに世論の操作が上手な人はツボをこころえているなと思いました(笑)。

このことから明らかなように、南京事件の問題は、人数の問題なのです。

よく、日中の討論会で、虐殺された人数の細かい話になると、中国人が怒り出して、「人数の問題ではない!日本軍がそういう残虐行為をしたことそのものが問題なのだ」と言う一般論に持って行ってごまかそうとしますが、それは滅茶苦茶な話です。

人数が問題でないなら、お互い様ですし、少々の人数の虐殺は、むしろ戦争につきもの、どこの軍隊だってそれなりにやっているでしょう。普通の戦争犯罪などありふれています。日本軍が特別に野蛮だったことの証拠などにはなりません。

だいたい、中国側だって、通州事件を起こして、日本の一般市民を虐殺しているではないですか。

人数が問題でないなら、完全にお互い様、そんなこと、言うだけヤボと言う話です。

だから、人数の問題なのです。

その点、石原慎太郎が40万人規模の虐殺は無かったと言っているのは、何も言っていないのと同じ、河村たかしが30万人規模の虐殺が無かったと言っているのも同じようなものですが、まあ石原発言よりは半歩前進でしょうか。

以前よりはマスコミの騒ぎ方は小さくなっているようには思いますが、そう考えるとまだまだ状況は絶望的だなと思います。

中日新聞のような悪質なプロパガンダには、石原慎太郎的な詭弁が有効ではあるものの、実質的には何の前進も無い訳で、むしろ、20万人を上限とすると言う日本側の主張の最大人数より多くなってしまっているので、本当に、まだまだこの問題は根深いと思います。

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