右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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元首は天皇陛下=あたりまえ
橋下氏ら維新の会の政策のアウトラインである「船中八策」の話題がちらほらマスコミでも取り上げられています。

保守派としての立場から気になる内容がいくつかあり、そのうち一つに「首相公選制」がありました。

首相公選制については、公選された首相はどういう立場になるのか、つまり大統領のような国家元首になると言うなら、天皇陛下の立場はどうなるのか、けしからん!と言う声も聞きました。

で、橋下氏に聞いたところ、以下のような回答だったらしいです。

橋下氏「元首は天皇陛下」 参院議員に「船中八策」説明

産経新聞 2月18日(土)7時55分配信

 地域政党「大阪維新の会」を率いる橋下徹大阪市長は17日、参院予算委員会のメンバーと会談。橋下氏は、維新が次期衆院選公約として策定中の「維新版・船中八策」(維新八策)に盛り込んだ首相公選制について、実現後も「あくまで国家元首は天皇陛下だ」との考えを示した。

 維新八策の骨子公表後、橋下氏が国会議員と議論したのは初めて。日本では憲法上、国家元首の規定はないが、内閣法制局の見解で天皇陛下とされており、大統領制と同じ国民の直接投票となる首相公選制導入後の元首の規定について、疑問の声が上がっていた。

 会談では、外山斎委員(民主)が首相公選制について「大統領制とほとんど変わらない。国家元首は首相になるのか」と質問。橋下氏は「国民が直接選ぶことと(選ばれた首相が)国家元首であるということに論理的な必然性はない。天皇制のもとにおいて、国家元首は天皇陛下だ」と明言した。

 一方、維新八策で示された参院廃止についても質問が集中した。片山虎之助委員(たちあがれ日本)は「廃止するなら衆議院がいい」と冗談を飛ばし、「改憲が必要で簡単にはいかない」と牽制(けんせい)。山本一太理事(自民)は「衆院も参院も廃止して一院制にすると言ってほしい」と要望した。

 橋下氏は「大阪府庁と大阪市役所が100年戦争をやってきたのと同じ状況が、衆院と参院でもあると感じた」と皮肉り、「衆参という形は国民が望んでいない」と持論を述べた。


他に首相公選制を主張している有名な人に、石原慎太郎もいて、彼も「首相を公選しても元首は天皇陛下」と言っていましたので、同じでしょう。

しかし、これで安心するのは早いと思います。そんなこと当たり前だからです。

首相公選制の問題点はそんなところではないと思います。

小泉内閣以来、一般大衆の政治への関心が高まっており、小選挙区制であることとあわせて、ほんのちょっとした世論と言うか、風のようなもので、大きく結果がかわってしまう、と言うか、極端な例で言えば、「51:49」のような小さな差が「1:0」になるような状況になっています。

そうやって、勝ったからと言って、果たしてそれが本当の民意を反映していると言えるでしょうか?なのに、勝っただけで「民意・民意」と唱えるのはどうかしています。負けたほうは国民ではないと言うのでしょうか?

以前にコメント欄で「世論で政治が動いているとは思えない」と書かれましたが、私はそうは思いません。やはり世論で動いています。そして、世論を決めているのは浮動票です。

要するに、特定の政党への固定した支持層が減っており、選挙結果が浮動票の動向によって決まるようになっているのは間違いありません。

彼らが何を基準に投票行動を決めるかと言えば、それはマスコミ報道以外に無いのです。従って、マスコミ報道に流される選挙結果になりやすい、それが最近の傾向です。小選挙区制のせいもあるでしょう。

以前は、どの政党も特定の支持層がいて、少々のスキャンダルでも投票行動を変えなかったために、それほど政治は動きませんでした。しかし、最近は違っていて、特定の業界や階層が支持する政党と言うのは、公明党や社民党、共産党くらいで、自民も民主も浮動層だのみになっていると思います。

まあ民主党は左翼系の固定した支持層があるようですが、自民党は、かつて大量にあった支持層はかなり離れてしまったでしょう。族議員と言うのも減っていると思います。

そのぶん、支持政党無しの有権者の動向で選挙結果が決まるのです。

そういう有権者は、政治家に「しがらみの無さ」を求める傾向が強いようですが、だからこそ現実がわかっておらず、理念を優先させたりマスコミの誘導で動かされたりしやすいのです。

日本社会に深く根をおろしているほど、いろいろなしがらみの中で生きています。それは有機体のようにふくざつにからみあっており、しがらみを排除すれば良くなるどころか、ネットワークが崩壊します。改革がうまく行かない理由もそこにあります。

しがらみの無い人間が判断してはいけないのです。

実際には、いろいろな利益を代表する人々、特定の業界を代表する人、それは労働組合でも良いし、経団連でも良いし、郵便局でも良い、そして、もちろん、浮動層を代表する人もいて良いわけです。

こういう、いろいろな人の集団を代表する人が国会議員として、つまり国民の代表として集まって、利害調整を行う、それが政治の基本です。

内政に関してはそのやりかたがベストなのです。

なぜかと言って、社会は有機体のように複雑にからみあっており、特定の業界を排除したり叩いたりすれば、全体のバランスが崩壊するからです。

改革するにしても、細かい利害調整を繰り返しながら、徐徐にやるしか無いのです。利害と関係ない人の集団が、利害関係を滅茶苦茶に壊すようなことをしてはダメなのです。

また、特定の階層、それが大きな集団であればあるほど、そういうものを急激に破壊してはだめなのです。有機体としての社会が崩壊もしくは脆弱化します。

なのに、しがらみの無い、つまり社会とのつながりの希薄な浮動層の声ばかりで政治を決めると、世の中が滅茶苦茶になる、または、そんな改革がうまく行かなくてあたりまえなのです。

そして、現状からすれば、そのような浮動層にウケの良さそうな人が首相になりやすい、首相公選制にすれば、そんなふうになりがちでしょう、おそらく。

それは、やめたほうが良いと思います。

そして、ついでに、引用記事に書かれている参議院の廃止などもやめたほうが良い。理由は簡単です。

もし今、参議院が無かったらどうなっているかを考えれば十分でしょう。民主党の暴走は止められないのです。

最近多いのが、目先の損得勘定、この場合で言えば、国会議員にかかる費用がもったいないからと言って、議員の数を減らすどころか、参議院を廃止してしまうなど、正気の沙汰とは思えません。

現実に今の参議院は、衆議院の暴走を止めるすばらしい役割を発揮しています。

たしかに、それは、正しいことをやろうとするときに逆に足をひっぱられることもあるでしょう。しかし、一度破壊された秩序はそう簡単にもとにもどらないことを考えると、そこはむしろ、衆議院しか無い場合よりもすぐれていると思います。

危機や災害に強いのは、ある種の無駄です。無駄と言う言葉が悪ければ、余裕、バックアップそう言い換えても良いでしょう。

参議院は十分にその役割を果たしていますし、これからもその役割を果たすために必要だと思います。

なのに、予算のことだけ考えて参議院を廃止しろなどと言う、それを「国民が望んでいる」などと言ってしまうのは、十分に議論せずに世論を誘導しているだけとしか思えません。

これもある種の政治家叩き、不毛な政治家叩きの一種だと思います。官僚批判と同じポピュリズムです。

内政はやはりさまざまな利害を代表する議員が集まって国会で議論して決めるのが一番良いはずです。そのためには、ある程度の数があつまれば議員を出せるような選挙制度、つまり中選挙区制にもどすべきでしょう。

そして、言葉は悪いですが、利害調整と妥協を繰り返しながら、徐々に良くして行くしか無いのです。

もちろん、外交や防衛や国家の根本にかかわる問題(皇室その他)に関しては話は別で、この問題は妥協してはいけない部分が多い、絶対に譲れないと言うセンもあります。

しかし、それと内政一般とはある程度切り離して考えるべきだと思います。

途中から話がそれてしまいましたが・・・

元首は天皇陛下、それは当たり前で、首相公選制の問題点はそこではありません。

政権交代の時には鳩山なんかがものすごい人気だったのです。公選制にすれば、もっとブームで決まりやすくなる、もっとひどいのがなる可能性だってあるのです。

参議院の廃止だって、やってしまうと、民主党のような政党が暴走して止められなくなる可能性もでてきます。

もっとよく考えるべきです。

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