右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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朝日の教育基本法改正への批判は自己正当化
朝日新聞が教育基本法の改正に不満を持っているようです。ようするに自分たちの主張と違う方向へ進むのが気に入らないのでしょう。そうすることによって、自己正当化を図っているのだと思いますが、朝日的なものがこの日本を滅茶苦茶にしつつある以上は、朝日新聞に批判されるようなことを積極的にやらなければならないのです。そういう点で安倍首相はちょっと物足りないとすら言えるほどです。

朝日新聞12月16日の社説「教育と防衛 「戦後」がまた変わった」より、以下引用部分は赤字で示しています。

『いまの教育基本法は、戦前の教育が「忠君愛国」でゆがめられ、子どもたちを戦場へと駆り立てたことを反省し、国民の決意を表す法律としてつくられた。』

これは明らかにウソでしょう。というか、もしあの一連の日本が戦った戦争を否定するならば、日本は欧米列強の植民地になれば良かったと言ってるのと同じです。かつての日本国民がそのような選択を拒否して命がけで戦って、アメリカには破れはしたものの、戦前の教育がしっかりしていたから、日本は短期間のうちに欧米列強と互角に並ぶ国になれたのであり、また戦後の経済復興にしても戦前の体制があったから可能だったわけです。

そのように日本が強い国家では困るから、日本を弱体化させる狙いでGHQ主導で今の教育基本法も憲法も作られたという見方のほうがはるかに妥当だと思いますし、その時限爆弾がジワジワと日本を破壊して今ようやく実を結びつつある、国の足下が腐りはじめたというところでしょう。それを治すために、教育基本法と憲法の改正は重要だと思います。

だいたい日頃は反米的な論調のくせに、肝心なところ、自分の主張に都合の良いところはアメリカのやったことには目をつぶって批判はしないようです。日本をイデオロギー的に否定して弱体化させてくれるものなら何でもありがたがって利用するという、まさに反日としか言えないような存在です。朝日は。

『「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われる」と定めている。国の政治的な介入に対しても歯止めをかけた。

 その文言の後段が「法律の定めるところにより行われる」と改められた。現行法とはちがって、国の教育行政に従え、ということになりかねない。 』


この部分ですが、朝日新聞は一番肝心なことを見逃しているというか目をつぶっていると思います。不当な支配を行うのは権力だけではないということです。朝日は反権力でこりかたまっているからこういう変態的な発想になるのでしょう。

権力とは基本的に国民を不当な支配から守るための装置でもあるのです。そして戦後の教育界を不当に支配してきたのは国家権力ではない左翼政治集団である日教組です。

日教組の不当な支配を国家権力を用いて排除しなければならないのが現状です。したがって、現状では国が、政府が教育界に蔓延する不当な支配を排除しようとするのは正当なことですし、そうしなければなりません。

だいたい政府というのは、間接的にであるとは言え、選挙で国民の審判を受けて決められるものです。私と違って朝日新聞は日頃から民主主義万歳、民の声を聴けとうるさいほど叫んでいるのですから、そういっている人ほど、国民によって選ばれて政府の決定に従えと言うべきです。そう言わないのは論理矛盾もはなはだしいのです。

私は民主主義など糞食らえとまでは言わないまでも現状の民主主義にはかなり不安感を感じています。しかし朝日は民主主義万歳のはずです。

特に今の政府自民党は国民にかなり熱狂的に支持されて誕生した政権と言えるでしょう。民主主義への一切の懐疑なしに政府だけ批判したり、政府に反発心を抱くのはおかしいのです。

朝日も民主主義万歳と言うなら、国民が選んだ代表である政府と、試験をパスして採用されたにすぎない日教組の教師達と、どちらが不当な支配を行うものか、ちょっと考えればわかることです。

もちろん国家権力が暴走することもあるのは否定しません。しかし戦後の教育関連の事柄を見ると、暴走してきたのはあきらかに日教組のほうでしょう。

また、政府の権力の行使が暴走かどうかは見方によって色々で、一概に暴走と決めつけられるものではありません。朝日のように自社のイデオロギーに合わない政府の行動をすべて暴走と言ってしまったのでは、もう政府は何もできなくなります。

その場合にどういう観点から政府の行動が暴走かどうかを判断すべきなのか。それはやはり『政府が国民の「公心」を代表しているかどうか』、だと私は思います。

個人の私欲と公心を分けて考える必要があります。人間は社会的動物ですから、本来ならばどちらももっている心なわけです。

下のほうで、もう一度そのことについて触れたいと思います。とりあえず社説の別の部分についてです。

 『安倍首相は、防衛のあり方についても「美しい国へ」で異を唱えている。

 安全保障を他国にまかせ、経済を優先させて豊かになった。「だが精神的には失ったものも大きかったのではないか」と述べている。

 日本は戦後、再び持った武力組織を軍隊にはせず、自衛隊とした。組織も内閣府の外局に置いた。自衛隊や防衛庁の抑制的なありようは、軍事に重きを置かない国をつくろうという国民の思いの反映であり、共感を得てきた。 』


朝日の社説を取り上げるたびに前から何度も言っていますが、日本人がどこまで自覚的に「軍事に重きを置かない国をつくろうという国民の思い」を抱いてきたかは疑問です。戦争でボロ負けして戦うことに疲れたということはあったかもしれませんが、基本的にはGHQの占領政策による洗脳によるところが多いでしょう。それではやっぱりダメだったという事に最近多くの人が気づき始めた、その象徴が安倍首相への支持でもあると思います。

また、「安全保障を他国にまかせ、経済を優先させて豊かになった。」それだけが、つまり経済優先だけが「精神的に失ったものも大き」くさせた原因ではないと思います。

もうひとつ重要な要素が、国民の間に広く深く蔓延しつつある「個人主義」です。
ここから、上の話にまたもどります。

戦後の日本を土台からジワジワ腐らせてきたのは、国民が公的な義務を放棄して私的な欲望を優先する権利があるなどと信じこまされたためです。

これなどは、朝日新聞がさかんに煽ってきたものです。今回の教育基本法改正で私は愛国心うんぬんよりも、こちらのほうが重要な問題だと思います。

朝日が以前の記事に書いています。


教育基本法改正案、成立へ 与党、来週採決の構え


2006年11月29日08時03分

 安倍政権が最優先課題とする教育基本法改正案が、この臨時国会で成立することが確実となった。与党は来週中に参院教育基本法特別委員会の採決をめざす方針を固め、28日、野党に採決前の手続きとなる地方公聴会を行うよう提案した。野党は審議を続けるよう求めているが、与党はずれこんだ場合は小幅の会期延長も辞さないため、成立は動かない情勢だ。改正は1947年の制定以来初めて。教育が「個」から「公」重視となり、国家管理色が強まる方向に転じることになる。

 改正案は「我が国と郷土を愛する態度を養う」「豊かな情操と道徳心を培う」「公共の精神に基づき、社会の発展に寄与する態度を養う」など、「公」を重視した項目を「教育の目標」に盛り込んでいる。伊吹文部科学相は28日の参院特別委で「地域社会、教師、家庭をこの目標に沿って変えたい」と述べた。

(以下略)


あいかわらず国家という言葉を政府という意味で誤用しているのはまあ置くとしても、とにかく「個」を尊重せよ、「個」を守れということが朝日はたぶん言いたいのでしょう。

しかし、朝日新聞や左翼的文化人が戦後の日本に蔓延させた個人主義が日本人の心から大切なものを忘れさせ、己の私欲を暴走させて社会の秩序を乱し価値観を破壊し、そのことが他者の自由と安全すら脅かすまでになりつつあります。

私欲を制限して人々の秩序ある暮らしと先祖から受け継いだ大切な価値観を守って行こうという意識が消し飛んでしまっています。

今こそ日本人は「公」を取り戻さなければなりません。

そして、今の政府がどうかはさておいても、本来は政府というものが国民の公心の代表、公の集約であるべきなのです。

ところが朝日などの煽ってきた個人主義によって民主主義の質が完全に劣化し、それによって誕生した政府というのは、単なる私欲の集積、私怨を晴らす装置と化してしまいました。

長年マスコミの垂れ流し報道によって日本人の深層に広く深く定着したルサンチマンを見事に利用した政治手法が幅を利かせているのも頷けるところです。

民主主義をこのように歪めた犯人こそが「公を見失った個人主義」なのです。朝日は自分たちのやってきたことが今や「世論重視」という自民党の手法にうまく利用されていることも自覚すべきです。

安倍内閣が支持率を下げてきたのは、そのような小泉流を継承するのをやめたからと考えれば、支持率が下がって、政治の見通しはむしろ明るくなったとすら言えるかもしれません(もちろんこれは楽観的すぎる見方で支持を下げた理由は他にもあるでしょう)。

そもそも、人々の心から「公」が失われれば、その代表である政府が「公」であるはずがありません。

何はともあれ、「公」を取り戻すことが先決です。


幸か不幸かたんなる偶然か、今の政府の首相は、朝日新聞などと違って、国民の公心が大切だということがわかっている人なわけです。

朝日新聞はいつまでも「個」とか「私」を言い立てるのではなく、国民のためにも、「公」について論じるべきです。そして、政府を国民の公心にもとづかせる必要があるのです。

「公」を失った世論とは、単に私欲の集積、一時の流行、多数派のその場の気分にすぎないものです。

朝日新聞はこれ以上、「国民」を減らして「市民という名の愚民」を作り出すおかしなイデオロギーを垂れ流すのはやめていただきたいです。

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コメント
この記事へのコメント
朝日の反権力は倫理矛盾
全文、読ませてもらいました。
 教育基本法の改正は、特定教職員による法律に基づかない「不当な支配」を排除する意味もあるのでしょうか!この改正で教育現場の正常化が実現するならば、大賛成です。
 国家権力だって、国民の代表者が行使するのですから、民主主義万歳の朝日の主張は、論理矛盾ですね!
国家の権力機構の「暴走」は、朝日新聞等サヨク氏が主張するようにチェックしなければならないでしょう。しかし、右・左の思想を問わず我々が帰属する国家自体を否定若しくはないがしろすることは、国益にならないと思います。
多分、左の人とは、「国益」がなにかで考え方を異にするのでしょう!
Gくん | URL | 2006/12/19 (火) 01:09:43 [編集]
朝日のように国家の存在をじゃまくさいと感じるのはどうかしていますよね。国益にしても考え方がいろいろあって、しかしたいていは国家の長期存続を願う気持ちがなければ国益という言葉すら虚しくなりますが、朝日は本当に日本という国をつぶしたいとしか思えません。
日村秋介 | URL | 2006/12/19 (火) 18:50:26 [編集]
ところで
はじめまして。耕と申します。私のブログでも日本という国について考えています。

ところで気になったのですが、朝日の社説のタイトル、「戦後がまた変わった」ですよね? 「また」って前は何を想定しているのでしょうね? まさか日米安保とか言い出さないだろうな…?まさか片面講和とか言い出さないだろうな…?
| URL | 2006/12/20 (水) 00:31:37 [編集]
耕さん、どうもはじめまして。

なるほど、たしかに「また」変わったとありますね。

まあたぶん自衛隊の海外派兵とか防衛庁の省への昇格あたりのことを言っているのかなあとも思いますが、たしかに日米安保までさかのぼって言っていそうですね。
日村秋介 | URL | 2006/12/20 (水) 08:46:12 [編集]
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