右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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保守とはある種の社会主義
新自由主義者と思われるコメントにたいして反論をつらつらと書いていて思ったのですが、彼らは明らかに保守ではないと思います。

別に保守だから偉いとか言いたいのではなく、橋下氏や小泉氏などの構造改革系保守と、本来の保守とは根本的に違う人たちだと言いたいのです。

なぜかと言って、多少誇張して言えば、私から見ての健全な保守と言うのは、ある種の社会主義だからです。

もちろん、狭い意味での社会主義=マルクス主義的な意味での社会主義とは違います。あれは、「労働者階級が中心の社会を作ろうとする主義」でしたが、それとは全然違います。保守とは共同体を重視する、共同体主義の側面があります。

狭い意味での社会主義や共産主義も共同体主義の一種ですが、保守の考える共同体主義との一番の違いは、どんな共同体を重視するかです。

共産主義は、従来の古い共同体(歴史や伝統・文化を重視する自生的にできあがった共同体)がもはや破壊されて機能しない、もしくは破壊したほうが良いと考えて、新しく労働者中心の社会を人工的に作ろうとしたものです。

それが共産主義・社会主義であると、とりあえず考えることができると思います。

しかし、保守主義はちょっと違っていて、共産主義者が「もう壊れてしまった」もしくは「壊してしまったほうが良い」と言っている「従来の共同体」、歴史的なるものとしての共同体を守り、またそれが壊れているならば再生させてゆこうとする考え方です。

従って、こうした保守主義は、明らかに共同体主義であり、それは、広い意味で言えば社会主義の一種です。

2.26事件の首謀者などが考えたのも、天皇中心の社会主義で、あれはまた違う面で問題もありましたが(ある種の統治主義になってしまう)、あれが行き過ぎた形であるとしても、保守主義はある種の社会種であることに違いありません。

そう考えてみると、構造改革系保守にありがちな新自由主義など、まるきり反対の思想とわかります。

新自由主義は個人主義です。新自由主義者には個人主義者が多い。社会を軽視している奴が多い。先日から書いているコメント主など典型です。それも、かなり利己的な個人主義です。

一般的に言っても、新自由主義のベースにある考え方は、競争重視で結果は自己責任、要するにこれはやっぱり、個人主義です。個人主義はまさに社会主義の反対の言葉です。

保守なら、国民は仲間・家族であり、その中でたまたま勝負に負けた人間であっても、ほうってはおけない、お互いに助け合わねばならないと考えるものです。


ナショナリズムと言う点から考えても、新自由主義とは矛盾します。

ナショナリズムと言うのは、国民主義、ようするに、国民で一致団結して国を守って行こうと言う考え方だと私は思っています。

そうであるなら、同じ国民である、そして国力の源である農業・農家を潰すようなTPPに賛成したり、単純に公務員を既得権と決めつけたり、東北の復興を放置して特区構想などと言うはずありません。

地域主権も、ベースにある考え方は自己責任の競争主義、方向性としては個人主義に近い、国家解体思想です。これについては長くなるので、また別の時にでも。

ナショナリズムは軍事だけの話ではありません。国民が一致団結して国を守って行こうと言う考え方ですから、自己責任論とは相容れない部分が多いはずです。

ただ、個人主義者も完全な馬鹿ではありませんし、個人主義国家のアメリカなどは強力な政府を持っています。

そう、個人主義だけではやっぱり国がなりたたないので、個人主義国家は、逆説的ですが、政府が強力なパワーを持って統治を行うと言うことをやらざるを得ないのです。

健全なナショナリズムが草の根の下からのまとまりだとすると、アメリカのような不健全な個人主義国家の場合はナショナリズムと言うより、ステイティズム(統治主義)になりがちなのだと思います。

そこで、橋下氏のやっている事をかんがえると、話がわかりやすい。

彼は、国旗国歌に敬意を払わない教師をクビにしようとしていて、そのこと自体は悪くないのですが、やりかたは、まさに行政の権力による統治、統治主義です。

もちろん、これは日本に健全なナショナリズムが不足しているために、やむを得ない方向性だと思います。

日本社会が健全なら、PTAなり父母の集まりなりで、「国旗国歌を尊重しない教師はおかしい」と言って学校なり教育委員会に苦情を言うと言う方向性で、つまり、一般庶民の常識によって非常識な教師を駆逐すると言う形で、問題が解決されるのが理想だと思います。

そういう情けない現状だから、統治主義で左翼退治をするのはしょうがないとは思いますが、やり方としてはあまり健全なナショナリズムとは思えません。

従って、もちろんやるなとは言いませんが、ああいうやり方をもてはやすのは見当違いです。なぜなら、ああいうやり方では根本治療にはならないのです。いずれ人気者の左翼が出てきたら逆のことをされて終わりです。

橋下氏を賞賛している暇があったら、自分の身の回りの一人でも多くの人間にまともな常識が取り戻せるように、会話を絶やさないこと、そのほうが大切だと思います。

ヒーローやスターがぱっと出てきて、この国を都合良く改造してくれるなどとは考えないほうが良いと思います。

要するに、橋下氏は、個人主義者の統治主義者であるから、健全な保守主義者は彼のようなタイプに警戒こそすれ、期待などするはずが無いのです。

私のような保守主義者のナショナリストからすれば、彼などはまさに正反対の人間なのです。

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コメント
この記事へのコメント
ある人が言うには、反共こそ保守らしいです。
この発言は、全く以てナンセンスな発言ですね。

最近、小さな政府勢力が、力を増していますが、その中には、市場原理主義の人がいます。彼らは、市場のつける価格を正しいと考え、市場を満足させるように生きるのが、人間の幸せと、思っていますね。

完全なる近代合理主義であり、正しい考え方とは思えません。こういうのを左翼というのですけどね^^;
ジョナサン | URL | 2012/02/03 (金) 09:01:37 [編集]
ジョナサンさん、こんにちは!

反共が保守ですか・・・(笑)。

反共が保守と思って、共産主義と反対のことをやると、個人主義が正しいと思ってしまうのかもしれませんね。

資本主義経済だからと言って何でも市場にまかせられる訳では無いのに、そういう常識が無いのでしょうかね。

一番典型的なのが、将来に向けての投資と言うことが市場では扱いにくいと思います。

市場ではどうしても短期の利益を求めるほうに向きがちだと思いますんで。

市場原理主義者はかなり単純思考の人が多いようで、時間的には短期の利益、範囲としては目に見えるわかりやすい損得勘定しか無い人たちだと思います。

近代合理主義にもいろいろあるでしょうが、中でも特に質の低い単純思考の合理主義ですね。
管理人 | URL | 2012/02/03 (金) 09:26:23 [編集]
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| | 2015/07/31 (金) 14:22:09 [編集]
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