右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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グローバル化への幻想を捨てよ
東大が9月入学を検討しているとのニュースが昨夜にやっていました。今朝のNHKでもやっていました。

理由はお決まりの「国際競争力」と言うやつらしいです。

私はこの「国際競争力」と言う言葉はかなりうさんくさいように感じているのですが、それについてはまた暇なときにでも書くとして、この問題に関するマスコミの報道ぶりがどうにも不満です。

東大がそんなことを考えている理由は、世界の大学ランキングで上位に入れないからあせってのようです。

しかし、そんなランキング、英語圏の大学が上位にくるような基準でされているわけですから、そんなもの気にしるぎるのがどうかしていると思うのですが、国内でも権威が低下しているから余計にあせっているのかもしれません。

その結果、留学生の受け入れがしやすいように9月入学を検討しているとか。

聞くところによると、大学院はすでに9月入学を採用していると報道されていました。びっくりです。

Newsweekあたりの雑誌が適当な基準で出した順位をどうしてみんなそんなにありがたがるのか不思議です。そう言えば国債の格付け会社なんかもものすごい影響力を持っています。

民間企業が勝手にやっていることを、何の正当性も権威も無い、たんなる「言論の自由の行使」程度のものを、どうしてみんな、そんなにありがたがるのか・・・

それはそうと、東大9月入学のニュースも、やはり愚かなマスコミ(昨夜はTBS,そして今朝はNHKでしたが)では、やっぱり日本はこれからグローバルな競争を勝ち抜いて行かなければならない、みたいな結論へと誘導していました。

いやいや、グローバル化の時代はすでに終わっているでしょう。失敗で終わった。

アメリカの金融グローバリズムも失敗したし、それに対抗しようとしてユーロでは、国境の壁を低くして、共通の通貨を導入したが、これも失敗。

日本もTPPと言う共通のルール作りに参加しようとしていますが、これも失敗するに決まっています。

国境の壁を低くしてルールや制度を共有すると、むしろトラブルが増えるのは結果が証明しています。

なのに、「日本はこれからグローバル競争を勝ち抜くんだ」とか間抜けなことを言っている。取材されていたのは住友商事のお偉いさんでしたが、そりゃあ、商社の人間はそういうことを言うのはまだわかりますが(自分たちの発想が日本を代表しているみたいな言い方は不快ですが)、マスコミは日本の国柄も何もよく考えずに、たぶん地球市民的な発想でグローバリズムをとらえているだけなのでしょうが、アホすぎます。

あとは、多様性とか言ってました。多様性も失敗だらけでしょう。現実を見ろ!マスコミども!と言いたい。

やはりマスコミが日本を滅ぼそうとしている。東大もアホになっている。

日本の最高学府と言われるような大学は、まず何より日本を正しい方向に導けるような人材を育てることが第一の責任のはずです。

それを、留学生を受け入れるために9月入学とはどういうことでしょうか?

メリットとしては、留学生と交流できるから国際化って、安直に考えすぎでしょう。

いずれにせよ、9月入学も、ただひたすらグローバリズムへの適応の一種のようにしか見えません。東大もそういう発想にとりつかれているとしたら、日本の病はかなり深刻だと言わざるを得ないでしょう。

現状の打開策は、国家の立て直しであって、国境の壁を低くすることはむしろ逆の方向だと思います。
コメント
この記事へのコメント
私もまったく同意見です。もしグローバル化なるものが完成したとして、その先にあるものは、どこへ行っても同じものしかない、差異のない=魅力のない世界だと思いますし。
社内は全部英語で!みたいな企業や、日本語での思考力すらおぼつかないのに子供にインターナショナルスクールに通わせる親とかって、ホントに目先のことしか考えてないのだなぁと思ってしまいます。英語は、話している人口が多いので便利というだけの、ただのツールにすぎないと思ってます。
しばいぬ | URL | 2012/02/19 (日) 14:45:18 [編集]
しばいぬさん、こんにちは

そうですねー。グローバル化については、商売上有利と思って推進している人のほかに、地球市民的なものとしてのグローバル化にあこがれている人もいるようですね。

でも、実際にはおしゃる通り、アメリカンスクールに子供を通わす親に典型なような、なんとなく、それがかっこいいみたいな変な雰囲気ありますね。
管理人 | URL | 2012/02/20 (月) 08:26:14 [編集]
no will
日本語には時制 (tense) はない。
過去・現在・未来のそれぞれの世界を脳裏に描くことは難しい。
前世・現世・来世に関するインド人の教えも、日本語脳では定かでない。
「我々はどこから来たか」「我々は何者であるか」「我々はどこに行くか」といった哲学的命題は考えられない。

理想 (ideal) は、未来時制の内容である。
意思 (will) も未来時制の内容である。
理想がなければ、未来社会の建設計画もない。
意思のないところに方法はない。(Where there’s a will, there’s a way).

意思はなくても恣意 (self-will) はある。
建設的な話はできなくても、出来心はある。
問題解決の能力はなくても、事態を台無しにする力だけは持っている。
政治は遅々として動かない。人々の頭を閉塞感が襲う。

英語のリスボンシビリティ (responsibility) は応答可能性であり、自己の意思により現実対応策を考えて行使するものである。
責任は、自由意思により果たすところが大切なところである。
意思なくしては、責任は果たせない (責任はとれない)。とかく、この世は無責任となる。

ところが、日本人には意思がない。子供・アニマルと同様である。
場当たり的な行動にでるしかない。
未来時制の内容に確信は持てない。不安ばかりが募る。
ただ目的の遂行だけを求められるならば、耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶことになるのは必定である。

以前マッカーサ元帥は、日本人を12歳と評したことがある。
日本人は彼の評に立腹こそすれ、その意味を深く掘り下げることはしてこなかった。
我々は、浅薄である。秋入学の動きは、浅はかである。だから、留学生は、我が国を避けて英米に行く。
知的な人になるためには、英米の高等教育が必要である。これは国際的な判断である。
英米の高等教育は、奥の深い大人になるための更なる英語の勉強である。

http://www11.ocn.ne.jp/~noga1213/
http://3379tera.blog.ocn.ne.jp/blog/






noga | URL | 2012/03/08 (木) 20:30:21 [編集]
何か変な人きた~(笑)。
管理人 | URL | 2012/03/08 (木) 21:05:18 [編集]
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