右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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思い上がり
私がマスコミを嫌うのにはそれなりの理由がある。

日本のマスコミは、世界的に見ても弱者の味方である。つねに弱い者の視点からものを見ようとする。

それはそれで立派な面もあるだろう。虐げられている弱者をなんとかしてあげたいと言う気持ちは私にだって無いわけではない。

しかし、そこに思い上がりが生まれやすい。

社会的立場の高い人が失言をすると、マスコミは集中砲火を浴びせる。本当はそこに働いているある種の選別の力(偏向)が問題なのだが、今回はその話ではない。その種の批判では「○○な人々の心を傷つける発言」うんぬんと言うパターンがよくある。

それは、もちろん、そんな発言が良くないのは全くその通りである。

ただ気になるのは、まるで、自分達マスコミは正義の味方で誰も傷つけてはいないかのような報道ぶりである。

この私がどれだけマスコミ報道やテレビ・新聞に不快にさせられ、その内容に激怒しているかなど、当然マスコミは考えたことも無いだろう。

もちろん、私が変人だからと言ってそれで無視して終わりでも結構である。しかし、私のような変人も、この日本列島にたった1人しかいないわけではない。似たような感覚を持っている人間が、ざっとみつもって1万人くらいはいる(笑)。

1万人と言うとかなり大人数に思うかもしれないが、1億人の人口とくらべると、0.01%の極少数にすぎない。世論万歳・多数決万歳の民主主義の世の中では、少数であると言うことは圧倒的に立場が弱い。

しかし、マスコミは日頃から自分は少数の弱者の味方であるかのようなことも言っている。

いや、私のような少数者が傷ついたって別にかまわないのである。いい年こいた大人が、少々のことで傷つけられただの不快だの、傷つけてごめんだの言うのはむしろおかしいと思っている。

どだい、何かを発信する以上は、人を不快にさせたり、傷つけたりすることが避けられない。自覚が無くてもかならず誰かを傷つけているか不快にさせている。それくらいに思ったほうが良い。

自分がそういうことをしていないと思うのは、すべての人間が自分と同じ価値観だと思っているからである。


私は、自分がいかに世の中とずれているか自覚がある。いつも傷ついているし、多くの人がなにげなく言っている言葉にもいつも不快に思うことが多々ある。もちろん、そういう事に対していちいち反応はしないように、かなりの自制心で我慢している。

そして、そういう自分の感覚が他の人から理解されるとも思っていない。

何か言ったり書いたりする以上は自分と考え方や感覚の違う人を知らないうちに嫌な気持ちにさせる、そういう事は避けられないと自覚しているのである。

ところが、マスコミは、そんなこと考えもしない。

例えば、数日前にNHKを見ていると、ナレーターか誰かが「アラカン」と言っていた。

私はてっきり、嵐寛寿郎の話かと思っていた。鞍馬天狗の。

ところが、よく聞いてみると、Around 還暦(アラウンドかんれき)と言う意味らしい。

もう激怒である。

NHKが日本語を滅茶苦茶にしている。

日頃からアラサーだのアラフォーだの言う言い方には本当に不快にさせられる。

どうしてそんな変な英語とも日本語ともつかない言い方をマスコミが一方的に流行らせるのか。そして、アラカン!?それもNHKが。

釣り番組を見ていても似たように不快に思うことが多い。エギングだのなんだのと。

でも、こんなことを言っても、ほとんど誰も理解してくれない。

まあ、でもこれは良いのである。私が変なのだろう。

こういうところまでマスコミを批判する気はさすがに無いし、そういう言葉遣いをしている人を批判する気もない。

でも、せめて「自分たちは誰も傷つけたりしていない」などと言う思い上がりを抱くのはやめて欲しいのである。

ところが、マスコミはそういう自覚が無い。自分を無謬の正義の味方とでも思っているのか?

人の気持ちは簡単にはわからないものである。そんなこともわからないのかと思うと、また腹が立つ。

そういうことを自覚できるのは、ちょっと変な人だけなのかもしれない。日々平和に暮らしている人たちにはわからないだろう。
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