右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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東電叩きより重要な事
思った通り、東電叩きがはげしくなっています。確かに責任追及はマスコミの仕事なのかもしれませんが、歯止めがきかなくなりますし、それ自体が社会的な制裁にまでなってしまいます。そこまでする権限は無いはずです。

もちろん、これだけの事故にたいして東電がそれ相応の責任を負うのは当然のことです。しかし、ヒステリックに叩くのは間違いだと思います。

日頃から非常事態についてマスコミが警鐘を鳴らしていたのならともかく、何か失敗が起こってから失敗者を叩くなどと言うことは、そこらへんのブロガーでもできることです。

何かを叩いて溜飲を下げる、そんな風潮が最近は(昔から?)よく目に付きますが、そうやってアンチの気持ちをたぎらせて「悪者」とされているものを徹底的に叩いて潰しても、得られるものはわずかです。失うもののほうが多いでしょう。

小さな不正や小さな利権をごちゃごちゃ言って、もちろん、そういう不正が違法行為であったり、利権が汚職を産んでいると言うならば、きっちり法にもとづいて処罰なり予防なり排除などすれば良いでしょうが、それで十分なのであって、それ以上に感情的に叩きまくってその構造そのものをぶっこわすなどしても、誰にとっても良いことはありません。

そういうアンチの精神が新自由主義者らによる構造改革の推進に利用されたのです。彼らはマスコミによる洗脳が産んだ「アンチ」の感情やルサンチマンをうまく利用して支持を集め、破壊を実行したのです。

それについては、最近は何度も書きましたが、とにかくそういうやり方がまずいことは、構造改革の失敗によってすでに証明ずみです。社会を自分たちに都合良く改造したい人たち(新自由主義者ら)に都合良く利用されるだけでしょう。

話をもどしますと、今現在の話で言えば、東電の対応があまりにお粗末だとか、時間がかかりすぎと言う批判は当然あるでしょうし、長期的な観点からは、今後の電力行政をどうするのかと言う話にもなるでしょう。

しかし、そういう話は事態が収拾されて、最終的な被害がどれくらいだったか、どれくらいの賠償その他のコストがかかるのか、はっきりしてからにすべきであって、と言うか、そうならないとできない話も多いので、今この段階で「原発を廃止せよ」などと言う議論はまだ早いのではないかと思います。

今は冷静な議論ができませんし、いずれにせよ、すでに日本の電力需要の4分の1をまかなってきた原子力発電を、いきなりゼロにすることなど不可能ですから、仮に将来的に脱原発の方向へ向くにしろ(個人的には反対ですが)、数年で実行可能とは思えません。

議論をするにはじゅうぶんすぎるほど時間があります。実際、じっくり冷静に時間をかけてどうするかを考えなければ、代替エネルギーをどうするかだって、すぐに「これ」と言うものはありません。

もちろん、こういう非常事態が落ち着いてしまえば、また昔のように「危機への対処」と言う観点が忘れ去られてしまう可能性はあるでしょう。

そのことについては、原発の話に限らず、今が議論に良い時かもしれません。

そもそも、構造改革路線と言うのは、徹底的な合理化、徹底的な効率化、徹底的な経済性を追求すると言う側面もありました。

ところが、今回のような危機に直面すると、そうした効率や経済性と言うものが、ある種の脆弱さを路程してしまっている訳です。


発電の効率を追求すれば、一カ所で大量に発電すると言うことが都合良いのかもしれませんが、今回のような事故をうけて、集中はやめてあちこちに分散させよと言う話がでてきています。

しかし、これはかなりコストがかかることですから平時には軽視されがちな意見ですが、今なら説得力はあるでしょう。

レンホーのように、「いつ来るかわからない地震のために対策するのは無駄」などと言う発想だって、平常時には平気で言われていたことです。

道路にしても、交通量の少ない、必要性が低いと思われていたものが、今回の災害では支援物資の輸送などで活躍していると言うこともあります。

陸上自衛隊の人員の数だって、構造改革でどんどん減らされてきましたが、今回の大災害にあたっては、国防がおろそかになるほど人出が足りなくなっている訳です。自衛隊員は増強しなければなりません。

このように、危機にあたっては必要なものが、平常時に考えると経済効率が悪かったり、コストがかかりすぎて一見して無駄のように見えてしまうのです。

大きな危機がやってきた時に、国が潰れてしまわないための、ある種の保険として、何事も余裕を持たせておかなければならないわけです。

また、こうした危機にあたっては、外国人などは日本を見放して逃げて行く人が多いでしょう。日本人でも日本に愛着の無い人など、日本が危機に陥れば脱出するかもしれません。

復興などは、どんな危機に直面しても、海外に逃げることのできない、逃げることをしない本物の日本人が、自分たちの手でやらなければならないことです。

と言うことは、経済基盤をあまりにも海外に依存してしまっては、かえって国の構造が脆弱になってしまうと言うことにもなります。

こうして考えると、この20年ほど日本のやってきた事はすべて逆向きだったことに気づきます。

構造改革と言って日本のシステムそのものを破壊して、徹底的に効率化し経済性を何より重視してきた。しかし、デフレと言うある種の危機的な状況でそれをやれば、破壊された構造からはじきだされた人々を吸収する余裕が社会全体にはありませんので、さまざまなひずみを生じさせた訳です。

また、公共事業の過剰な削減が国土を脆弱化させかなないことを今回の大災害は教えてくれました。

日本の経済は、輸出主導で外にうって出ることで活路を見いだそうなどと躍起になってきました。ところが、リーマンショックで世界経済が混乱。他国への依存度の高い構造の国ほど打撃を大きく受けたわけです。

実は日本の輸出依存度はあまり高くなかったために、被害はそういう国に比べれば、まだ小さくてすんだのです。

輸出依存度が低いなら高くしろなどと言っていた人たちは、平時がいつまでも続くと安易に考えがちだったのだと思います。

日本経済は内需が巨大で輸出依存度が低いので、かなり自立できていると言う点は明らかな利点、日本の強みだと言えるでしょう。

大きく輸出に依存せざるを得ない国や、国内の金融などを海外のマネーに多く依存せざるをえない国ほど、世界的な不況のあおりを受けやすい訳ですから。それで経済破綻した国もあるほどです。

それならば、せっかく強い構造を国内に持っているものをわざわざ潰したり軽んじたりして外ばかり見るのではなく、もう一度国内の構造を立て直して見るのがまっとうな方向性だと思います。

経済に関しては自立できている部分が大きい。もちろん、鎖国している訳ではないので、輸入も輸出もそれなりの規模でちゃんとやっている訳ですが、そちらばかり見るのではなく、国内をもっと見ようと言う話です。

そして、今こそ、国家の自立と安全保障を考えるには丁度良い時期だと思います。

そして、多少は無駄と思えること、生産性が低いと思えることでも、危機に対処するためには必要となる部分に関しては、余裕を持たせておくことが必要だと思います。

もちろん、無駄を奨励している訳ではありません。

平時では効率が悪かったり無駄に思えても、日本の自立や安全保障や危機管理にとって必要と思われるものならば、しっかり整えておく必要があると言うことを、もっと議論したほうが良いでしょう。

具体的には、自衛隊の増強、食料自給率の向上、エネルギー自給率の向上、自然災害に強い都市整備計画、地震・津波対策の公共事業(耐震補強・道路整備)などなどが挙げられると思います。

経済に関しては、こういう時に逃げ出してしまう海外の投資家などあてにせず、金融も国内で自立できる方向へ、そして産業構造も内需を中心に盛り上げて行くべきだと思います。

まあ実際には、日本経済は海外への依存度がかなり低いほうなのですから、その強みを生かして国内の経済の活性化を第一に考える政策を実行して、あまり外ばかり見すぎずに足下を固める方向へ、日本経済は原点回帰すべき時だと思います。

軍事だけでなく、経済も産業構造も、食料もエネルギーも、すべて「安全保障」と言う他の国ならあたりまえの観点から見直しする時だと思います。

経済効率ばかり優先では、危機にみまわれるとぶっつぶれてしまいます。

そういう議論を今こそするべきであって、東電を叩いて潰してスッキリした気分になっている場合ではありません(すっきりなどしないでしょうし)。

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