右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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構造改革は卑しさの結末
人のふり見て我がふり治せ・・・よく言われることですが、現実にはなかなか難しいもので、私もどこまで出来ているか自身はありませんが・・・

数年前に私が一生懸命政治ブログをやっている頃、「小泉マンセーブログ」と言われるタイプのブログがありました。その代表格が、「依存症の独り言」さんです。

小泉首相のやることなすことを礼賛すると言うのがそれらのブログの大きな特徴で、まったく共感できない部分が無い訳でもなかったのですが、私が特に大きく違和感を感じたのは、構造改革への絶賛でした。

最近も書きましたが、構造改革路線と言うのは、経済政策としては間違いだったと考えているからです。

新自由主義にもとづく構造改革とは、インフレの時にやればそれなりに良い効果があるかもしれない政策ですが、デフレの時にやっても不況に拍車がかかるだけと言うのが一番わかりやすい失敗のポイントです。

それがブログを再開した理由の1つでもあるわけなのですが、まあその話はちょっと脇において、経済政策としての間違いだけでなく、構造改革を礼賛する人々に共通の何かがあり、その「何か」にも強い違和感を以前からいくつか感じていました。

今日はそれを見て行こうと思います。
まずは、「依存症の独り言」さんの昨日のエントリーから引用です。トラックバックを送ったりリンクを貼ったりはしていません。人気ブログにからんでこちらのアクセスを伸ばそうとか言う意図ではありませんので(笑)。

「我欲を捨てよう!妬みと嫉みは人を滅ぼす!!!」より

(前略)

左翼のブログや小沢一郎を支持するブログ、あるいはカルト右翼のブログを覗いて見て感じるのは欲求不満と嫉妬ですね。
主宰している本人はともかく、そこに結集しているブログ支持者は明らかにそうです。
何か病的な不気味さを感じます

(中略)

一度、自らを洗い直してみたらいかがでしょうか?
他人が悪い、社会が悪い、国が悪い、なんて言っていたら永遠に救われません!はっきり言って!!!

人間の社会は、そんなに甘くはありません。
が、そんなに冷たくもありません。
変なプライドは捨て、素直に真面目に努力すれば、それなりの見返りはあります。
我欲に拘っているから他人に嫉妬し、それが昂じて呪いになるのです。
それではいつまで経っても欲求不満は解消せず、けっして幸せにはなれません。


ここで書かれていること、特に太字の部分などには完璧に同意し、また共感もします。

しかし、この方がその精神構造を病的であると批判している「カルト左翼のブロガー」と、構造改革を礼賛した人たちにも、実は同じようなニオイを私は感じます

「依存症の独り言」さんのブログ3月15日の記事からの引用です。

私は、構造改革を全否定するのは間違っていると思います。
戦後の高度成長を支えてきた“政・官・業のトライアングル”が、“政・官・業の癒着”に変質し、利益誘導型政治と金権・腐敗政治に化けた。
そして、それはバブルでピークを迎え、バブルの崩壊とともにその役目を終えました。
その金属疲労を起こした日本型政治・社会システムを破壊したのが構造改革です。

企業も個人も国家から自立する、既得権益を破壊し機会の平等を実現する、この構造改革の理念は正しかったと確信しています。


この文章など典型ですが、私はこの文章の背後に、ルサンチマンと個人主義のニオイを感じます。

改革マンセーの頃に、私が彼らに違和感を感じた部分もこのあたりでした。で、ルサンチマンの部分がカルト左翼と同じだと思います。

政・官・業の癒着・・・この癒着が一体どの程度の無駄をやっていたのか、どの程度社会に有害な利権を生んだのか、どの程度の腐敗だったのか・・・これを数字で示すのは難しいのかもしれませんが、しかしマスコミ報道と言うのはやっぱりセンセーショナルなものになりがちだし、感情的だし、部分的な悪を全体であるかのように報道することも多いしで、癒着の産んだ腐敗とか制度の金属疲労とか言うイメージばかりが先行しすぎなのではなかったかと思います。

まず、政・官・業(財)の癒着と言われながらも、批判の矢面に立たされたのは、官僚と自民党の族議員だけで、財界などはほとんど叩かれていません。

以前にも書きましたが、やっぱりマスコミのスポンサーになることの少ない官僚や政治家を叩きやすいものです、

さらに、判官贔屓の気が強く反権力意識に酔いしれがちな一般の大衆も、そういうものを喜び一時だけ自分が彼ら支配層よりも上に立った気分に浸ることができるという訳で、マスコミの商売上も叩くのが美味しいわけです。

いつまでも鳴りやまない官僚叩きの原因の半分くらいは、朝日新聞あたりが熱心に官僚を叩き煽り続けてきたことの影響でしょう。洗脳の効果だろうと思います。この点で左翼と構造改革派には共通点があります。マスコミに乗せられている。

そういうマスコミの煽りに乗せられやすいのは「他人が悪い、国が悪い、官僚が悪い、政治家が悪い」と考えがちな人々だろうと思います。

もちろん、官僚にも実際に悪い部分もあったのは事実ですが、彼らが絶対正義などとは言いませんが、問題点があったならば改善すればすむ話です。

それを、ダメだから潰せなどと言ってしまうのは、戦争がおきるから軍隊をなくせと言う左翼と全く同じ論理です。

しかし彼らはこういうパターンで話をするのが好きです。

欠点があるから、悪い所があるから、その体制そのものを壊せと言いがちなのです。

金属疲労したなら部品を交換するとかソフトウエアをバージョンアップするなどの改善をすれば良いはずですが、ただぶっ壊すだけだからこれはもう暴走です。

なぜ、そこまで暴走してしまうのかと言えば、やはり煽られた感情にもとづいている「革命」だからでしょう。

そういう、「誰か悪いやつがいるはずだ」「誰か美味しい思いをしているやつがいるはずだ」と言う大衆のひがみ根性と言うか、ルサンチマンのようなものを煽って大衆扇動による政治を行ったのが小泉氏でした。

ルサンチマンにもう一つ加えるとすると、ポピュリズムでしょうか。最近の政治の流れは完全にポピュリズムに支配されています。

ポピュリズムの政治には誰か「悪者」が必要です。そこで、差別や偏見が利用されます。ヒトラーはユダヤ人を悪者にして人気を自分に集めました。ヒトラーと比べるとスケールは小さいですが、政治の形としてはほとんど相似形です。

小泉氏が悪者にしたのは、官僚や古いタイプの自民党議員でしたが、本来は同胞であるはずの人々を悪者にした、自国民の一部を悪者にした、少数者を悪者にして自分に人気を集めると言うやりかたをした、その点がまったく同じです。

構造改革は官僚を叩き、族議員を叩き、その延長でいろんな人たちを叩きました。彼らが具体的にどの程度の害悪を社会に与えているか、具体的な腐敗度を数字で示して国際比較をしたりなど一切無しに、なんとなく彼らが悪いと言う抽象的な話ばかりがマスコミ報道を乱れ飛んでいました。

そうやって標的にされたものの1つ、業界で言えば建設業者です。

建設業者は自分たちの利権を守るために官と癒着して無駄な公共事業をやりまくっているなどと、具体的な無駄の見積もりなどせずに、何となく雰囲気で批判され、徹底的に潰されました。

また、構造改革のイデオロギーの中心をしめる「規制緩和」を推進するにあたっては、他にも多くの業種が叩かれました。

商店街や中小企業の経営者は、規制に守られて非効率な経営をして高い商品を買わせたりレベルの低いサービスしか提供していないなどと言いがかりをつけられ、競争にさらしてダメな経営者は潰せなどとも言われました。

郵便局については、特定郵便局のことを猪瀬氏あたりが既得権だとか何とか言って批判していました。そんな小さい既得権に目くじらたてるのは、かなり卑しい嫉妬心としか思えないのですが、そういったものを煽った「構造改革派」のやり方の卑劣さも目に余りますが、そういう言説に簡単に乗せられて、そんなことをさも重大事であるかのように捉えた側にも人間性にかなりの卑しさがあったのではないかと思います。ルサンチマンと言うやつでしょう。

(小さな)既得権を破壊すれば、自分にもチャンスがまわってくるなどと考えた者は、かなりの見込み違いをしていたことにもう気づいたでしょう。

建設業者や商店街、中小企業や公務員など、そういう既得権を破壊しても、その結果として失業者が増えて、職を得るための競争が激化して労働賃金が下がってしまった。その結果、若者はかえって就職がしにくくなり貧しくなっただけ、それが、彼らの言う「機会の平等」の正体なのです。

構造改革による「利権」や「癒着」の破壊の結果は、みんな平等に貧しくなっただけでした。

国全体としては、デフレが悪化して、経済が沈没しただけでしょう。

で、今度はTPPで農家を叩こうとしています。

そう、彼ら「構造改革派」の精神構造は、まるで「革命家」の思考そのものなのです。これはやっぱり左翼の精神構造だろうと思います。

彼らは、左翼を批判していますが、私から見れば精神構造によく似たところがあるように感じられます。


依存症氏も、さすがに構造改革は経済政策として有効だったとは書いていません。そこまで愚かではないと言うことでしょう。

しかし、それでもなお、構造改革に良い部分があると言うのはその精神構造が「革命家」に近いものがあるからとしか思えません。

既得権を無理矢理破壊しても社会の安定が破壊され、それに変わって「機会の平等」を保証するような新たな体制やシステムなどが急にできあがったりはしません。みんなが貧しくなるだけなのです。嫉妬心にもとづく革命がもたらした結果です。

気にくわないものを壊すことしか考えずに前のめりになってしまうのは、やはり革命家です。もちろん革命家と言う言葉を良い意味では使っていません。

「金属疲労を起こした日本型政治・社会システムを破壊したのが構造改革」

金属疲労をおこしたのなら、その疲労を回復させ、修復させることが必要だったのです。物事には欠点と利点があります。

欠点があるからダメと言って長年かけて作られたものをぶっ壊してしまうのは、人間の歴史を言うものの否定でもあります。保守的な価値観が大切な何かを伝えていることを知っている人間は、そんなことをしません。これは完全に歴史を顧みず理屈で破壊する左翼の行動パターンです。

私は「構造改革」を経済政策としてではなく、「金属疲労を起こした日本型政治・社会システムを破壊するための改革」などと捉えることじたいが大間違いだと思います。

そして、経済政策としての間違いよりも深刻な間違いだろうと思います。


その理由は、マスコミに洗脳されている点、革命家きどりの破壊者にすぎない点、小さな既得権も許せない異常な潔癖性もしくは他人への嫉妬心に満ちあふれている点などなど、どうにも気色悪いからです。

今日はずいぶん感情的になってしまった部分もありましたが、構造改革路線への徹底的な反省が無ければ、日本の復活は遠のくばかりだと思えるもので、この話題は大事だと思います。

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