右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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「談合」が諸悪の根元なのか?
ちょっと更新が滞ってすみません。レスもできていませんで、これまた申し訳ありません。ところで、今日はちょっと変わった話、「談合」の擁護論みたいになるので、皆さんからの反論が山ほど来る内容かもしれません。反論も歓迎いたしますので、コメント欄によろしくお願いします。ただ、きちんとレスできないかもしれませんが、ご了承ください。


宮崎県知事が逮捕されたり、橋梁談合がどうしたとか、和歌山県知事が談合で逮捕されたとかいう話を聞きます。でも実際は談合というより贈収賄というか汚職ではないかと思うようなものまで談合と言われているようなのですが、これは何らかの意図があってのことなのでしょうか?

最近やたらと談合で摘発が多いみたいですが、これも検察お得意の国策捜査というやつだろうと思います。ただそれと同時に、知事の権限が増しているから、汚職もやりやすくなっていて、それで逮捕までされているということもあるかもしれませんが。

ともかく、この「談合」というやつについてちょっと考えてみたいと思います。
談合行為とは辞書的な意味で言うと「競売や入札に関して、入札者が事前に相互間で入札価格などと協定すること」なのであって、宮崎県や和歌山県知事の逮捕はやはり汚職の一種であって、本来の日本語で言うところの「談合」ではないと思います。

でも法律だとあれも談合に含まれのかもしれません。どうも今日本中で検察が政府の意向か世論の動きかマスコミの報道姿勢を受けてか何か知りませんが、必死で「談合」のイメージを悪くしようとしているのだろうと思います。

そして、とにかく徹底的に競争しろというのが最近の流れのようです。私は競争を否定はしませんが、日本人は何でも極端から極端に振れがちですから、談合一辺倒から競争一辺倒に向かわないか心配です。

そもそも談合のもともとの意味は話し合って決めることで、聖徳太子の十七条憲法以来、とにかく「話し合って決める」というのが日本人の知恵になっているわけです。

この日本人の習性は、対外的には話し合いでなんでも決着がつくと勘違いして諸外国を信じすぎるためにかなり弊害も多く大変なことになっているのですが、国内的には平和で平等で安定した互助的な社会を形成するのに役立ってきたと言えます。

何事も戦って白黒はっきり決着をつけ、勝った者が総取りするというのはアングロサクソン系の文化であって、農耕民族の日本人は、話し合いで利益を広く薄く分け合って共存をはかろうとしてきたのだろうと思います。

談合は古くからの日本人の商習慣であり、慣習の一種であると言えるでしょう。

ただし、慣習には「良き伝統」と「悪しき旧弊」とがあって、問題は談合が伝統の知恵なのか排除すべき悪癖なのかという点です。

談合せずに公共事業を受注することなど、実際はかなり希なのであって、逮捕された知事や橋梁談合に関する業者なんかも、そういう点からすればたまたま運が悪かっただけとしか言えないほどに、談合というのはあたりまえの事だったと言われています。

ところが最近、談合がいけないとことと声高に言われるようになったのは何故なのでしょうか。

マスコミで一番言われているのは、談合で業者が公共事業を高額で落札することによって暴利をむさぼっていて、それが税金の無駄遣いとなり国や地方の財政を悪化させる原因になっている、という指摘があるようです。

たしかに、不当に落札価格を釣り上げて暴利をむさぼるような業者もいるのかもしれないし水谷建設みたいに特に悪質な業者は逮捕されて当然でしょう。

しかし、広く一般的に行われてきた談合によって、膨大な額の税金が無駄遣いされたと考えるのは、たぶん間違いだろうと私は思います。

ちゃんと計算したりデータに基づいて言っているわけではないですが、ほとんどの業者は、ぼったくる目的ではなく、共存共栄のため、広く薄く利益をわけあうために談合しているのであって、暴利をむさぼっているわけではないでしょう。

結局、行政の側も予算を決めなければならないし、「予定落札価格」というのがあり、これは事前に決まっているわけです。この予定落札価格の決定さえきちんと決められていれば、談合しようが何をしようが、税金の無駄遣いということにはならなわけです。

だから、談合を防ぐよりも、予定落札価格を正確に決められるようなプロを役所で雇うことこそが、実は税金の無駄遣いを防ぐ一番有効な方法だろうと思います。しかし、それはそれで人を育てたり雇ったりというコストもかかるし、制度として存在していないので難しいのかもしれません。

だから、予定落札価格を決めるための能力が役所にないから、当然、業者にあたって、どれくらいの額が妥当か決めるために接触しなければならなくなるのです。そこで癒着や汚職が生まれやすくなっているということはあるかもしれないし、ある種の談合的な話し合いが行政と業者の間に必要になってもくるのでしょう。

ですから、私はむしろ、ルールをちゃんと作ってそれを堂々とオープンな形で公正にやれば、良い制度、行政による良い調整方法になるの可能性すらあると思います。

また、競争よりも談合のほうに利点がある部分だってあるわけです。それは少し考えてみればわかります。

まず、とことん競争すれば、入札価格はたぶんかなり下がって、とりあえずの税金からの支出をかなり削減できるというのは正しいでしょう。しかし、それはあくまで目先の短いスパンで物事を見ているにすぎません。

これはまさに最近よく見られる「目先のことしか考えないものの見方」の一種です。とことん自由に競争すれば、当然潰れる業者も出てくるし、最終的には市場は独占状態になります。そして独占状態になれば競争が生じなくなるのです。そうして落札価格はふたたび高騰するでしょう。

また、市場が寡占状態になれば、業者の数が少ないわけですから、むしろ談合はやりやすくなります。

もうひとつのパターンとして考えられるのは、そこまで行かなくても、競争をすれば大手が勝つに決まっているわけです。そこで中小は大手の仕事の下請けをやるしかなくなります。大手が落札して中小に滅茶苦茶安くやらせる。その結果、中小企業が潰れるだけならまだしも、中小企業だって潰れたくないから、必死で努力するでしょうが、それとて限界があるから、やっぱりやってはいけない手抜き工事が頻発するようになるでしょう。結局、安全性が犠牲になるわけで、後からコストがかかるのです。

実際、長野県では談合を防止するためにいろいろな政策が取られていますが、落札価格が予定落札価格よりもあまりにも安すぎた場合(たしか80%以下の場合)は、その入札は無効になるのです。

また、広く自由にどんな業者にも入札できるようにするのも問題があるでしょう。公共事業には、これはもちろん副次的な機能であるとは言え、所得の再分配、富の再分配という機能もあるのです。だから地元の業者ではなく、中央の大手業者に発注したり、もっと極端な事を言えば、外国の企業に発注したりしたのでは、地元や国内に金が還元されなくなってしまいます。

長野県でも公共事業の金額によって、色々なブロック内の業者のみが入札できるような形で、完全にどこの業者でも入札できるようにはなっていません。

また、過去の実績から判断するという長期的な信頼関係を行政と業者が持つということも大事でしょう。少し前に、公営住宅のエレベーターが入札制度になったようです。その結果、受注額がさがって税金の節約になったという側面があると思いきや、シンドラー社のエレベーターが安かろう悪かろうであったために、逆に後から大変なコストを負担しなければならない事態も生じているのです。

だから、ある程度限られた地元の業者による談合で公共事業を受注するしくみというのは、談合する業者側に利益があるだけでなく、社会の安定化という側面で、かなりの利点もあるということですし、とことん自由な競争が目先の税金の支出さえ抑えたからと言って、長期的に見て良い結果につながるわけではないのです。

規制や談合による事前調整型の社会というのはそのありがたみがわかりにくいのだろうと思います。どんどん事後チェック型に社会を改造していっています。事後チェックだと、努力と関係なしに運の良し悪しであとから損をしたり被害にある人がでたりするのです。

私は別にすべての談合が良いことだとまで言うつもりはありませんし、実際にやりすぎた業者、暴利をむさぼった業者もいたとは思いますし、そういうのは取り締まって当然と思いますが、談合については全体としてはもっとケースバイケースでちゃんと見たほうが良いと思います。むしろ、談合をオープンな形でルールを作って公正にやるのならば、それをきっちり制度化したほうが良いくらいだと思います。

それから、所得再分配という話でもう少し言えば、日本全国では各業種において土木建築業が占める割合は1割ほどもあると聞きました。そしてそれに関連する会社を入れればもっと多いでしょう。今現在土建業で国が回っているという現実があるのです。これを急激に産業構造を転換するというのは乱暴な話です。やるならば、長期計画にのっとって徐々にやるべきです。

この土建国家の基礎を作ったのは田中角栄でしょうが、それ以後にもそのしくみを利用して国の経済を運営してきたのは間違いありませんし、それはかなりうまく行っていたのだろうと思います。

ところが、レーガンの頃からか、アメリカは巨額の対日貿易赤字をかかえて、それを解消するために、日本に内需拡大を強く求めてきました。ほとんど内政干渉と言えるようなレベルで日米構造協議、年次改革要望書などなどを通じて、圧力をかけてきたわけですが、それを受けて自民党政府がやってきたことといえば、莫大な量の公共事業を、効果も考えずに乱発するばかりでした。そこから空回りしだしたのだと思います。

無駄な公共事業を国が率先して大量にやって財政を悪化させておきながら、それをいつのまにか業者の談合のせいで税金が無駄遣いされたと言って責任転嫁しているのです。マスコミも無意識にそうしたキャンペーンに加担しています。

政府の無策から公共事業で食ってゆく人をさんざん増やしておいて、それで金が回ってゆく社会にしておきながら、今度はそういう人たちを悪者にしたてあげて自分たちは改革の騎手であるかのごとく名乗って彼らを過激に切り捨てるというのは、かなり乱暴な話です。

結局、最近やたらと談合が摘発されるようになったのは、政治や官僚がどんどんアメリカの言いなりになってきているからという事もあるのではないでしょうか?アメリカはとにかく日本を徹底した競争社会に変えようとしています。その隙をついて自国の業者をねじ込もうというわけでしょう。徹底的な競争ならアメリカの民間企業はお手の物のはずです。会社法の改正から何から、すべてアメリカの要求通りに小泉政権は改革を続けてきました。

現にその成果は保険業界で大成功していて、今や保険会社は外資ばかり。ガン保険なんて、アメリカの保険会社を優遇するために、日本の保険会社にはしばらく規制されていて販売できなかったほど優遇されてきていたのです。

日米貿易摩擦ということばを聞かなくなって久しいですが、これこそ日本政府がアメリカ政府と経済関係でまともに交渉していない証拠だろうと思います。

上でも書きましたが、アメリカは多額の対日貿易赤字を解消するためにクリントン時代に「日米構造協議」を開始しました。これはようするに、アメリカの貿易赤字を減らすために障害となる日本の経済構造を「改革」するための内政干渉をはじめたわけです。それ以来、アメリカによる日本への「内政干渉装置」と言えるようなしくみができあがってしまいました。それはアメリカの政権が共和党であろうが民主党であろうが関係ありません。

おめでたい人は、民主党は反日親中で信用できないが、共和党なら親日的だと単純に割り切って見ているようですが、民主党も共和党も自国の国益第一主義という点で何ら変わりません。あくまで程度の差でしかないのです。

小泉構造改革にしても、財政健全化に効果のある改革をやるどころか、アメリカにとって邪魔な日本の経済構造の改革ばかりやっているものだから、逆に日本の財政赤字を増やしてきました。

それは結局、日本を過激な競争型社会にすることによって、アメリカの企業のビジネスチャンスを広げようと圧力に屈した改革でしかなかったためなのではないでしょうか?

今の「談合」騒ぎにしても、談合を徹底的に取り締まってとにかく競争させて、その混乱に乗じて自国のビジネスを展開させようというアメリカ政府の要求という背景を、もっと日本人は知らなければならないでしょうし、そういう事に関して今の政府は全然「国を守る」という意識が欠けているのです。

日本の政府がだらしなかったのは、何も中国や北朝鮮に対してだけではなく、アメリカにたいしても同じなのだと思います。

外交とは右手で握手しながら左手で殴り合うという関係であるべきです。しかし日本はどこの国にたいしても、べったりと寄り添って仲良くしようとばかりしています。交渉力の無さのあらわれではないでしょうか。

もうひとつ、今とにかく日本でいろんな動きがあるのは、マルクス主義・共産主義とは180度正反対だがこれまた極端なイデオロギーである新自由主義(ネオリベラリズム)というもので、何でもかんでも「市場の自由な競争」に委ねればうまくゆく、とにかく規制を撤廃して自由な経済活動さえ保証すれば競争によって良い結果がもたらされるといった風な、市場の機能を盲信するイデオロギーが背景にあるように思います。

これもノーベル経済学賞を受賞するような学者が、頭の中でひねくりまわして考え出した「経済学」の観念がそうさせているのでしょう。経済学のノーベル賞など有害無益なだけだと思います。

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コメント
この記事へのコメント
なるほど・・・談合というと、共謀や馴れ合いをイメージしてしまう訳ですが、本来の意味で使うのならば、まぁ必要悪みたいなものですね。

小生はこの辺りに全く疎いので見当違いのことを言ってるかもしれませんが、どうせなら公開入札の前に公開調整会議みたいなものを挟んである程度、スムーズに事が運ぶように行政側がコントロールできるようになることが理想のような気がします。


kousotsudr | URL | 2006/12/11 (月) 14:54:50 [編集]
「談合」も、いろいろ
 右余極説さんの意見に全く賛成です。
小泉元総理は、「改革」と称して国民を欺いてきました。アメリカの要求は全て受け入れ、規制緩和とグローバリズムの新自由主義は、マクロの読めない自称エコノミスト達とマスコミによって国民B層は洗脳された訳です。唯一、よかったのは中国韓国に対して怯まなかったことぐらいです。
 「痛み」を国民に押し付け、国民も財政再建のためならばと、それを受け容れて来た訳ですが、開けてみれば格差社会のこのざまです。
 小泉政権の談合対策は、公取の査察官600名を一気に1200名に増員することから始まりました。最初に、その餌食となったのが某県某業界で、全県下86社一斉の査察が入り、上位24社が談合の疑いで勧告、罰として課徴金、損害賠償金および7~8ヶ月の指名停止処分をうけました。24社の平均で年商1億5000万、社員数20名程度の殆ど零細企業が課徴金700万、損害賠償金1800万を追徴され、1年以上の収入の道を絶たれたのです。「談合」は悪かもしれませんが、零細企業間ではワーク・シェアリングでしかありません。いわゆる仕事の割り振りです。落札価格にしたって情報公開で有名な県ですから、積算すれば予定価格はほぼぴったりと当ります。談合して価格を吊り上げる必要もないのです。でも世間では「98%で落札したから談合だ」なんて話が報道されます。
 たしかに、その後、談合は一掃されました。しかし、昔なら可能だった各社間の技術提携、官と民の相互補助(癒着ではありません。サービスみたいなもの)も現在では考えられません。それでうまくいっていたのです。公取も動かなかった。護送船団のどこがいけないのか。これは日本の文化です。日本人は皆、温かかった。杓子定規に法を執行するだけが、はたして正義なのでしょうか。
 いまでは数社が倒産、破産し、生き延びている会社も、人員1/3に縮小しても、銀行の貸し渋りに、いつまで、もつのやら・・・。
東西南北 | URL | 2006/12/11 (月) 16:11:47 [編集]
私も同意です。これも結局アメリカの「年次改革要望書」に沿ってるわけでしょう?公取委、独占禁止法、入札制度や民事訴訟法などに対する様々な要求があって、それを
忠実に着々とこなしている訳ですね。
日本はまさに、わずかながらも残っていた日本的な良さ
考え方もここへきてひとつ残らず破壊されようとしている・・・・。破壊されてしまった後、間違いに気付いても
元に戻れるのだろうか?
DBGTSP | URL | 2006/12/11 (月) 17:24:31 [編集]
100パーセント賛同です。言われてみれば確かに贈収賄ですね、非難を浴びてるのは。なんか変だなあとは思いつつも関心薄かったんで気がつきませんでした。
sadatajp | URL | 2006/12/11 (月) 18:29:51 [編集]
談合が100%悪じゃないというのは同意です。
第一土建屋との癒着を言い出したら、捕まらない首長はいませんよ
(ただ、多選は明らかに害悪だと思います)。
平成不況のさなか、地方では本当に公共事業で食いつないできた人が多いのです。
それを今更裁かれても「そりゃねぇよ」と思うのはいけないことでしょうか?

でも、ま、日本人は極端から極端に振れるようで実質はそれなりのところに
落ち着くようになると思うので、一時的にはアメリカに食い物にされるでしょうが
何とかやっていけると信じてます。おめでたいですが。
3gou | URL | 2006/12/12 (火) 01:26:34 [編集]
ハイエクと渡部昇一氏の罪
日村さん、はじめまして。私、「蒼海の夜明け」というブログを運営している蒼龍と申します。以後お見知りおきを。

談合についてですが、私も日村さんと全く同意見です。確かに贈収賄紛いの悪質な談合は排除されるべきですが、伝統的な良い意味での談合は何ら問題はないと思います。これも米国の「日本改造プラン」の一環と見て間違いないでしょう。まあ、媚米(親米ではなく)的な保守派からは「下らない陰謀論を吐くんじゃない」とか言われそうですけれど。

さて、ここ数年急速にこうした米国流と言うかアングロ・サクソン的かつ古典資本主義的な市場競争主義が我が国の政治家、官僚から言論界に至る保守層に浸透してしまったのはなぜなのか?私はハイエクとそれに傾倒している保守言論の大家である渡部昇一・上智大学名誉教授が原因ではないかと思うのです。ハイエクは共産主義・社会主義を蛇蝎の如く嫌い、それに対抗するものとして徹底的な自由競争を提唱しました。それに共鳴した当時のレーガン米大統領とサッチャー英首相はこれによってその後の経済回復の礎を築くことが出来たのですが、同時に格差拡大などの弊害も発生しました。そして渡部氏はハイエク経済学こそが日本の経済を救うと信じ、自ら政治家や官僚らに講義を行い、またハイエクを様々な自著で賞賛していましたが、知ってか知らずかその負の面については全くと言っていいほど触れていませんでした。

今日の自由競争的な市場主義を蔓延させてしまった要因には、こうした媚米的あるいは競争主義を信奉する保守論客たちにも要因があると思うのですが、いかがでしょうか?
蒼龍 | URL | 2006/12/12 (火) 04:15:01 [編集]
>kousotsudrさん
今や、小さな政府一辺倒、行政は何もするなという極端な意見が横行していますから、行政が、「天の声」みたいな介入ではなく、何らかのフェアな形で介入調整するのが良いと思います。それが癒着という弊害を生むので難しいのは確かでしょうが、難しいからと言って、「市場原理」に丸投げするというのは行政の責任放棄だと私は思います。


>東西南北さん
まあ私もたしかに日本は土建業が多すぎなのはたしかなので、長期的に見ればある程度は産業構造みたいなものを変えてゆかなければならないとは思っているのですが、そういうのは長期計画にのっとって慎重にゆっくりやらなければならない事だと思います。ましてや国の政策の都合でそういう業種を増やしておいて、都合が悪くなったら悪者扱いというのはやりすぎだと思います。小泉流のルサンチマンの政治だと思いますね。


> sadatajpさん
増収愛であっても、競争入札妨害というのはすべて談合になるらしいです。特定の業者に配慮することは「談合」ではないと思いますけれどもね。やはり談合のイメージを悪くしようという意図があると思います。


>3gouさん
>ま、日本人は極端から極端に振れるようで実質はそれなりのところに落ち着くようになると思うので

たしかにそういうところはありますね。ともかく、取り締まられなければならない悪質な贈収賄というのが増えているということもありますから、それなりのところに落ち着くのが良いと私も思います。ついでに同州制と地方分権が潰れてくれれば良いと思います。


>蒼龍 さん
どうもはじめまして。旧ブログにコメントくださったことありませんでしたっけ?ちょっと記憶があいまいですが。

ともかく、渡部昇一氏の影響が大きいというのは私もその通りだと思います。しかも、ハイエクをちょっと誤解しているという話も聞いたことあります。彼はあくまで共産主義と戦うという時代背景があったからああいう事を言っていたのであって、じっくり深くハイエクを読むと実はちょっと違うんだということを、西部邁氏が話していたのを聞いた記憶があります。私も詳しくは知りませんが。

いずれにしろ、そういう下地があるのは間違いないでしょうね。
日村秋介 | URL | 2006/12/12 (火) 09:14:33 [編集]
談合は有効なしくみかもしれません
日村さん、こんにちは。
記事の大意は私も同意見ですが、建設関連の仕事に関わっている者として一部補足情報を述べさせてください。

>土建業が多すぎなのはたしかなので・・・
日本はもともと急峻な地形が多く、かつ地震・台風などの自然災害も多いことから、住居・交通路・農地を作り維持するために、昔から膨大な労力と技術が必要でした。
そのために土木・建設業が発達したはずですので、これらの割合が他国と比べて多いのは合理的な理由であると思われます(全業種の1割という数字が妥当かどうかは不明ですが・・・)。

>談合について
すべて肯定できないまでも、狭い国土に多くの人が平和に共存する上で、かなり有効に機能してきたシステムであると思います。官民の信頼関係が基礎となる制度ですので、暴利を貪る業者は長く存続できません。もちろん、行政担当者側も(真に)不正な発注行為を長期にわたって続けることは不可能です(クビになります)。

競争入札について言えば、そもそも外部発注される公共事業は「行政内部では実行できないこと」が多く、事業の実施にあたって「専門家の知見」による補足が期待されているケースも多いものです。
このため、「専門家の知見」がない業者が「価格が安い」だけで仕事を取った場合、本来達成すべき内容が実施できないことが発生してしまいます。これでは、発注時に少しばかり税金を節約しても、結局は発注額すべてを無駄にしたのと同じになってしまいます。
某首都がある自治体さんでは、以前から上記のような弊害が指摘されていますが、「談合は悪」という世論の流れのため、なかなか動きがとれないと担当者がボヤいていました。
海驢 | URL | 2006/12/12 (火) 21:48:53 [編集]
全くの正論です。
こういうことを堂々主張されることに敬意を表します。
おそらく、アメリカが馬鹿なのか、さもなくば陰謀だろうね。
パイの小さい我国では、皆が話し合って幸せになればい
いのであって、これだけ公取がのさばってくると、大手は
課徴金怖さに手を引っ込める結果、選挙でお世話になっ
た首長あたりに旗振り役をやらしちゃうんだろうね。
だけど、これって結構やばい話なんだよ。旗振り役がいな
くなって無茶苦茶な過当競争になったら、下請けや、資材
業者にしわ寄せがいって、結局手抜き工事につながって
大事故を誘発することになるやもしれん。
どこかの国の橋や建物が無残に壊れたことを忘れちゃイケ
ないと思うよ国民は。
昔からよく言うじゃないか「安物買いの銭失い」って。
構斜 | URL | 2006/12/13 (水) 23:36:32 [編集]
ネオリベの効用を評価する私ですが、以前「談合を全否定するものではない」とコメントさせて頂いたことが有ると思います。
それは、公益に資する事業における“オープンな形でルールを作って公正にやる談合(具体的イメージはわかないのですが)”は、貴兄、皆さんが述べておられる理由から、必要なこと(だろう)と考えるからです。 
これは、自身が関わった純プライベートビジネスにおいて、顧客の常軌を逸した、理不尽な要求を前に、競合相手と談合し、双方暗黙の了解で最低価格水準を設定した上で競争した経験があり、これについては微塵の良心の呵責も無く、全くもって正当な手法であったとの確信(製造コストを開示すれば、万人の賛意が得られる)に基づいています。
問題は、対公共事業の“従来型談合”に、民間ビジネスなみの突き詰め(品質を確保した上で、極限までコストダウンを図る)が有ったのか?ということ。 とてもそうは思えない。  “知見を有する専門家”が、“血税は極限まで有効に使わねばならぬという気概の失せた”自治体相手に、ぬるい、舐めたことをやってきたのではないか、ということ。 上の“建設関連の仕事に関わっている者”に、「微塵の後ろめたさも無いのか?」と問いたいものだ。
rice_shower | URL | 2006/12/15 (金) 04:55:01 [編集]
rice_showerさんから提起があったので追記します。

もちろん、当方には微塵の後ろめたさもありません。
全ての業者については分かりませんが、むしろ「貸しはあっても借りはない」という業者の方が多いのではないかと思います。

>民間ビジネスなみの突き詰め(品質を確保した上で、極限までコストダウンを図る)
そもそもこの表現が事実ではありません。
全ての業界・会社とは言いませんが、民間が極限までコストダウンしていたら、D通やH報堂があれほど儲かるはずがありません。むしろ、発注の透明性を問われない民民の取引の方が、癒着やリベートのオンパレードで華々しいです。

>どこかの国の橋や建物が無残に壊れたことを忘れちゃイケないと思うよ国民は。
というご意見もありましたが、社会基盤を整備する場合、「安全マージンを多めに取る」のと「ギリギリまでコストダウンする」のと、どちらが良いでしょうか。公共インフラは容易に代替できず、国民の生命・生活に関わるのですから、答えは自明です。

また、全て公開されていますが、公共事業には「積算基準」があり、毎月の建材価格などを反映した「建設物価」と合わせて、「予定価格」の設定根拠になっています。
予定価格以上で発注されることはないのですから、そもそもある程度透明性のある価格が上限なわけです。これを大幅に下回る入札額など、まともに考えたらあり得ない=そんなんで大丈夫か?というのが正常な感覚だと思います。

当方も、全ての公共事業が適正に実施されているとは思っていません。一部は不適切なものもあるでしょう。
しかし、大部分は真っ当に実施されるようなしくみになっていますし、関連業者も「虚業」の方々よりはるかにマシだと思われます。
「公共事業・談合=悪」論については、小泉&マスコミに洗脳されていないか、少し冷静に情報収集と思考をお願いしたいと思います。
海驢 | URL | 2006/12/15 (金) 06:22:21 [編集]
民間ビジネスがそんな立派なものだとは私には到底思えませんが、まあ儲けが大きいというのはそれなりにあるかもしれませんね。

「血税は極限まで有効に使わねばならぬ」というのもわからないでもありませんが、でもやっぱり極限までそういう事ができると考えるのもある種の徹底した合理主義というか理想主義ですから、そこばっかりにとらわれてもだめだろうと思いますよ。

落としどころはやっぱりオープンに公正にやるということでしょうね。談合の防止にやっきになるより、そちらのほうが公共事業の質も落とさずに混乱も少なく、税金の無駄遣いもほどほどに、程良いところに落ち着くのだろうと思います。

今の政治はルサンチマンの政治ですから、そういう「自分の支持を得るために誰かを悪者にする」風潮には危機感を感じます。
日村秋介 | URL | 2006/12/15 (金) 08:32:05 [編集]
えー、毎度の事ながら“民間ビジネス”などという抽象的表現ではなく、小生の身を置く“エレクトロニクス業界において”と限定して述べるべきであったと反省。 この業界では“品質を確保した上で、極限までコストダウンを図る(即ち、安全マージンを取った上でギリギリまでコストダウンする)”ことが自明の事として認識されており、遍く実行されています。 (しかし広告業界と比較されてもなぁ。。。) 
要は、劣勢にあった20年、30年前から欧米先行企業とのノーガードの打ち合いに晒され、懲罰的円高にも耐え、時には日本政府によるアメリカのケツ舐めの付けを回されながらも、(アメリカ企業を放逐して)成長を遂げてきた産業も有るのだ、と言う事を知ってもらいたい訳です。

“血税は極限まで有効に使わねばならぬ”という“気概”は不可欠でしょう。  低劣なルサンチマンなどではなく、主権者としての当然の要求です。
rice_shower | URL | 2006/12/15 (金) 12:58:27 [編集]
なるほど、そこまで理解されたうえでのネオリベ支持というのは、なかなか立派なことだと思います。でもそれだけされていて、対米追従の姿勢にどうして腹を立てられないのか、ちょっと不思議ですね。

まあ建設業界がそこまでやっているかというと、そんな事もないのはその通りかもしれませんから、もうちょっと努力が必要な部分もあるのでしょうし、結局はばらまきという側面もあるのでしょうが、ばらまきがこれまたすべて無駄かというと、公平ではないかもしれませんが、それなりに効能がある部分もあるということで、そこらへんをバランスさせた落ち着きどころを見つける努力もしてくれればたぶん文句ありません。
日村秋介 | URL | 2006/12/15 (金) 13:09:12 [編集]
追記です
rice_showerさん、日村さん、こんばんは。
ちょっと言葉足らずだったようなので補足です。

>しかし広告業界と比較されても・・・
エレクトロニクス業界ではどのくらい広告費を使っているでしょうか?また、広告の打ち方、広告代理店との受発注は公正なものでしょうか?広告代理店や媒体業界(テレビ局など)の儲かり方を見ると、果たして「極限のコストダウン」と両立するものでしょうか?
私が一例として申し上げたのは、そういうことです。

日本のエレクトロニクス業界の素晴らしさは、私も認識しています。しかし、急速な市場拡大の時代であったこと、「1ドル360円の固定相場」や「関税」や「国内の価格統制」などがあったことも忘れてはいけません(それが悪いとは思いませんが)。

一方、建設業界といえば、確かに合理性を突き詰めれば物足りないかもしれませんが、古代からある産業で市場拡大が困難なためにずっと過当競争であり、人の生命・生活に対する責任を負って、厳しい地形・気候・災害の条件をクリアしてきたことを考えていただきたいと思います(そのため、技術水準は世界トップレベルです)。
また、緊急防災や災害復興などは、予算が無くてもやらなければならないこともあるのですから。

まあ、私も「建設関連」ですけど「建設業」ではないので、死ぬまで弁護する義理はないのですが、一面的な情報で決めつけては建設業の方に失礼だと思うのです。
いろんな側面があるのですから、「極限まで突き詰めて白黒ハッキリさせる」ようなものではなく、最終的にはバランスの問題だと思います。

その点、日村さんのご認識は非常に当を得ています。
海驢 | URL | 2006/12/15 (金) 23:12:57 [編集]
海驢さんもrice_showerさんも、なかなか示唆に富んだコメントといいますか、参考になるお話ありがとうございます。

こういうお話をうかがえただけでも、私にとって思い切ってこのエントリーを書いてみた価値はあったと思えます。感謝です。
日村秋介 | URL | 2006/12/15 (金) 23:26:47 [編集]
>対米追従の姿勢にどうして腹を立てられないのか、ちょっと不思議ですね<
腹立ててまんがな! 関岡氏の『拒否できない日本』は周りの人間に是非読むよう勧めています。(最近は鈴木邦男氏の『愛国者は信用できるか』もね)
ただ、自分は相手の国で自由に経済活動を展開していながら、相手が来たら日本独特の規制を甘受せよ、では成熟した貿易立国とは言えないので、少なくとも対等なフェアな競争が出来る環境を整備する必要が有るだろう、というごく常識的な感覚のつもりです。 
貴兄との意見の差は、許容レベルの差なのだと思います。
それと、何度も申し上げているように、ネオリベはあくまで“過渡的”なものとしか考えていませんよ。 
rice_shower | URL | 2006/12/16 (土) 09:27:53 [編集]
なるほど、そういうことでしたか。

たしかにバブルの頃、日本企業はアメリカで結構自由にやりたい放題やっていましたが、しかしそれは最初だけで、アメリカは自由と言いながらそういう日本企業を閉め出したり痛めつけるために、かなりこれまたやりたい放題やっているのです。

あと、私はネオリベについては、効能よりも失う物のほうが多すぎるという認識です。

まあ、今の日本政府のていたらくでは、どんな政策を取ったところで国益だだ漏れでしょうから、そうであるなら、なおさら極端な変化をもたらす構造改革などはせずに、チマチマ改良するくらいにとどめて、あとは教育その他で長期的に何とかするしかないのかなあとも思いますね。
日村秋介 | URL | 2006/12/16 (土) 09:46:41 [編集]
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