右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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道路に関するデマ
マスコミ報道に漫然と接していると、事実を取り違えたり、ひどい時には事実と逆の認識を抱いてしまうことすらよくあると思う。

たとえば、以下に列挙する「事実」と認識されがちなものは、すべて間違いと言って良いだろう。

犯罪が増加している  → 減少している
凶悪犯罪は増加している  → 減少している
少年犯罪が凶悪化している  → 減少傾向
日本は公務員が多すぎる  → かなり少ない
日本政府は大きな政府である  → そうとは言えない
日本経済は輸出に依存している  → そうとは言えない
日本経済は中国に依存している  → そうとは言えない
日本は公共事業が多すぎる  → ここ数年は減らしすぎ
日本の道路は多すぎる  → むしろ少ない
(他にもありましたら、お知らせ下さい)

これらがすべて間違いであることについては、いずれ個別に取り上げてみたいと思うが、今回は第一段として、これらのデマのうちでもっとも悪質と思われる「道路に関するデマ」と紹介したいと思う。
犯罪が増えているような錯覚をおぼえるのは、凶悪な事件だけが報道されて、珍しいニュースほどよく記憶に残りやすいと言う、受け手側の認識の問題なので、マスコミが悪意を持ってデマを流しているとまで言うつもりは無い。

しかし、今日ご紹介する「道路に関するデマ」は、かなり悪質なものである。

こちらは明らかに、マスコミを利用して自分たちの政治的な目的を達するためにデマを流す人たちがいることの証明、またマスコミも自社の論調を正当化するために、敢えてそのウソをチェックしないことがあると言う証明、要するにマスコミの偏向と言うことである。

世間では日本は道路を造りすぎてもういらないと言う声が高いが、実は、先進国の中では日本の道路はさして多くない、高速道路は最も少ない。だが、世間では逆のように思われている。

道路特定財源を一般財源化する時には、「日本は道路が多すぎる」とか「利権のために不要な道路を作っている」などと言う声が高かった。国民は利権と言う言葉に敏感である。

しかし、本当にそうか?私が聞いた話では、政治家への陳情で一番多いのが「道路を作ってくれ」と言うものだから、本当に道路はもう十分なのか疑問に思っていた。やはりデータを見て判断しなければ。

うっすらそう思っていたのだが、最近この本「公共事業が日本を救う」を読んでそのことが書いてあり、衝撃を受けた。

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実は、以前に私も、日本は道路が多すぎると言うデータをどこかで見た気がしていた。

それは上の本でも取り上げられているが、たぶん週刊ダイヤモンドの記事だったのかもしれない。そのデータとは以下の通り。

可住面積あたりの道路の長さの国別比較」のデータ。

上の図は「高速道路のみ」、下の図は「すべての道路」の比較データ。

110402-11.jpg

もとのデータは、以下の本「道路をどうするか」で紹介されたものらしいが、広くマスコミに出回って、「日本の道路が無駄に多い」ことの根拠としてさんざん使い回されたそうである。

道路をどうするか (岩波新書)道路をどうするか (岩波新書)
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五十嵐 敬喜、小川 明雄 他

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このデータを見ると、日本はどこの国よりも飛び抜けて多くの道路を作ってきたように思える。そして、このデータそのものにウソは無い。

やはり日本は道路が多すぎたのか!?

・・・それが、そうではない。

このデータからは道路の多さを正しく比較できないのである。こんな指標を使っている国は無いそうである。

この種類のデータを敢えて示すこと自体がとんでもないインチキ行為であり、洗脳を目的とした大ウソと言われてもしょうがない、本当のことを知って私はびっくり仰天した。

この「可住面積あたり」と言うのがミソなのである。国によって、人が住める面積は違うから、その面積に応じた道路の距離を比較するのは、一見してまともに思える。

ところが、一般に、この値を国際比較の指標として使うことは無いそうである。

少し考えれば当然なのだが、道路と言うのは、可住面積の部分だけに作られる訳ではない。可住地と可住地をつなぐためには可住面積の外側にも道路が必要であり、街と街とをつなぐ道路は人の住まない山の中を通っている。こういう道路が無ければ集落は孤立してしまう。

だから可住面積あたりで道路の長さを比較するのは無意味である。

図に示すとこういうことである。

110402-22.jpg

そもそも、日本の可住面積は小さい。日本には森林が多く、人が住める部分と言うのは、国土の3割以下(下図の白い部分)なのである。

110402-3.jpg

日本は可住面積が小さいのだから、可住面積当たりで道路を比較すれば、極端に多くなって当たり前なのである。可住面積当たりで比較されるのは、公園の面積とかそういうもので、普通は道路などにこの値を用いることはしない。

マスコミはこのように、
「可住面積あたりの道路の距離の比較」などと言うインチキをしてまで

日本は道路が多いとウソを言っていた、どこの国でも使われていない指標をわざわざ持ち出してきて、ウソを垂れ流し続けてきた
訳である。

この件に関しては、反自民ならなんでもアリの岩波がやりそうな事である。

日頃からの偏向した報道姿勢と合わせて考えれば、彼らマスコミの多数派が国民を騙して自分たちの政治的な目的を達成するために意図的にデマを流してきたのではないか、その1つの証拠ではないかと思う。

マスコミは、「利権」を批判する正義感ぶって、自分たちもこのようなインチキをやっている訳である。

では、実際には日本の道路って多いの?一体どういう指標で比較するのが妥当なのか?

一般的に、その国の道路が多いか少ないかは「自動車1万台あたりの道路の距離」として比較される。

そのデータはこちら。

110402-4.jpg

110402-5.jpg

ちなみに、自動車の普及率は日本が特別高い訳ではない.自動車の普及率は、アメリカが少し高く(道路への依存度も高い)、他はだいたい同じくらいである。

110401-7.jpg

はっきり言って、他の先進国と正しく比較すれば、日本の道路は多くない、高速道路は最も少ないのである。それも当たり前で、日本は地形的に公共事業がやりにくい国土なのだから。外国人が視察にきて、こんな山ばっかりの国土にこれだけ道路や橋やダムなどと作ったことに驚嘆するらしい。

自動車は十分普及しているにもかかわらず、道路が不十分なので、渋滞などが問題になる。エコカー対策も大事かもしれないが、渋滞の解消は燃費の向上につながるので、これもCO2排出を減らすことができる。やはり、もっと道路をちゃんと造る必要があるのではないだろうか・・・

上で紹介した「公共事業が日本を救う」によれば、渋滞による経済損失は年間12兆円と言うことらしい。この本によれば、日本の道路の水準は最低レベルとのことである。

道路の話はともかく、本当に恐ろしいことだが、自分たちの言説を正当化するために、わざわざインチキなデータを持ってきて国民を騙して政治的に利用する人たちがいる、マスコミもそのことを十分にチェックしないどころか、自社の説にマッチするものなら、ダラダラと垂れ流しているのである。

私がマスコミを嫌いになった理由が少しは理解してただけただろうか!?

マスコミが垂れ流す間違った情報やデマにもとづいて世論が形成され、その世論によって政治が動かされているのだから、世の中も政治も良くならないのが当たり前である。


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