右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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構造カイカク派のウソと二枚舌
カイカクが日本をぼろぼろにしています。そしてカイカクを進めるために、カイカク推進派の政治家やエコノミスト、文化人連中は、かなりのウソやデマを巻き散らかしてきました。

彼らのスローガンは、(1)「官から民へ」、(2)「小さな政府」、(3)「労働生産性向上」でした。これらのいずれもがウソと二枚舌に満ちています。

さらに、(4)郵政民営化の理由であった「公共機関の資金運用」に関する二枚舌、(5)「FT(金融技術)」の嘘話なども最近その矛盾ぶりと失敗が明らかになっています。これらを一つ一つ手短にまとめておきたいと思います。
(1)「官から民へ」のウソ
これについては、今まで何度も書いていますので手短にポイントだけ書きます。要するに、官から民へではなく、実際にやっているのは「公から私へ」なのです。

民営化を英語で言うとprivatization(プライベート化=私有化)なわけで、公共機関を私有化させるわけです。私的なものを「民」であると騙っているのです。

最近は民主主義信者が多いので、そういう人にはこの民は民間の民であっても、民主主義の民を連想させる良い響きを持っているのかもしれません。

実際の民間企業、すなわち私企業がどのような体質であるか、もちろんピンキリですが、彼らはかならずしも公共を考えるわけではなく、すべて経済効率であったり利益重視であったりします。

それが行き過ぎて、違法行為や偽装などがさまざまな企業によって相次いで起こったのはそんなに昔のことではなく、去年一昨年あたりのことです。

私有化にすぎぬものを民営化とは、レトリックにすぎないのです。


(2)「小さな政府」に関するウソ

日本はカイカクをする前から先進国の中でもかなり小さな政府だったのです。その一つの指標である日本の公務員数は特殊法人まで含めて対人口比率で先進国トップクラスの少なさであり、一般政府支出の対GDP比率でもアメリカ以下の低さ。医療費においても対GDP比率で8%とこれまた先進国でトップの低さなのです。

特に今、医療費削減の問題で、あまりにも削減ありきで話がすすんでいますが、こういうデータは国民に十分知らされているとは言えないところがあります。

いずれにせよ、日本政府は公務員数や一般政府支出で見ると十分に小さな政府なので、そこをこれ以上小さくするようなカイカクには無理があります。公務員制度改革も公務員数の削減に偏るようであれば、破綻するのは目に見えています。


(3)「労働生産性向上」のウソ

カイカク派は労働生産性が高まることが良いことであるかのように言っています。太田経済財政担当大臣は、しきりに「日本の労働生産性が低い」から「日本経済はもう一流とは言えない」と言って労働生産性の向上を主張しています。

しかし、彼女は二つウソをついています。ウソと言って悪いならば二つ間違っている。まず、日本の労働生産性の伸び率は2000年以降、アメリカについで高い、つまり、労働生産性はうなぎのぼりに向上しているのです。

それを、むりやり単年度で比較して低いと言っているのです。これがごまかしの一つ。

それから、労働生産性が低いことと日本経済が一流かどうかは別問題ということです。

というのも、日本経済が一流と言われていた昭和の時代から、もともと日本の労働生産性はものすごく低かったからです。これは何故か。

日本国内では輸出関連の産業は労働生産性がかなり高いですが、国内のサービス産業は、サービスの質が高いために、アメリカなどと比べると労働生産性が極端に低くなります。

たとえば散髪するのは男でだいたい3千円くらい、この額で散髪はもちろん、洗髪してヒゲを剃り肩もみまでしてくれるのが普通です。

しかし、同じ事をアメリカで要求すれば倍の6千円払ってもすまないという話です。

構造改革論者が言っているのは、今のサービス業のサービスの質を半分にして、その余った半分の人員をハイテク産業に回すべきなどと言っているのです。日本国民の誰がそんなことを望んでいるのでしょうか?

また、労働生産性の向上を実現する方法として、IT(情報技術)の導入とM&A(企業合併・買収)の推進だと言うのですが、ITもM&Aも労働賃金カットと組み合わせてはじめて労働生産性を向上させるわけですから、これは解雇や非正規雇用の促進以外の何物でもありません。

小泉構造カイカク路線というのは、そもそも日本の労働生産性を向上させるというのがその中心的な目的だったそうですが、この路線を7年も続けて、たしかに労働生産性の伸び率は非常に高く、労働生産性はかなり伸びたと言えます。

ところが、これだけ労働生産性が伸びても、未だに先進国のなかではかなり低い、それでいて、労働生産性が伸びることによる弊害(サービスの質の低下や賃金格差の過剰拡大)が社会問題化しているくらいなのですから、構造改革路線が間違っていたことは明らかです。

この期に及んで「それはカイカクが足りないからだ」などと言うのは恥知らずか愚か者のどちらかです。


(4)郵政民営化の理由であった「公共機関の資金運用」に関する二枚舌

これは何のことかと言いますと、前にも書きました(国家戦略のかけらも無い日本)、例の政府系ファンドの話と関連しています。

中東やアジアの政府系ファンドが勢いを増し始めたのを見て、本来、公共機関がそういうことをやるのが嫌いはなずのアメリカも、サブプライム問題の弱みからご都合主義的に政府系ファンドの活動を認めるようになりました。

そこで、アメリカも認めるならば、ということなのでしょうが、アメリカ様のご意向に忠実な一部の自民党議員約40名ほどが、「政府系ファンド議連」るものを作って日本版の政府系ファンドを推進しようとしています。(詳細は「国家戦略のかけらも無い日本」参照)

ところで、この議連の連中は、ほとんどが構造カイカク派と重なっています。彼らは郵政民営化も推進すべしという議員たちでした。

ところで彼らが郵政を民営化する際には「公的機関が資金を運用することはいけない」ということが一つの大きな理由であるとして民営化を推進していたのです。もう忘れたのでしょうか?

ちなみに「民間人」になった竹中平蔵元大臣も、外から政府系ファンドの設立を応援しています。何を考えているのでしょうか。そのご都合主義ぶりにはあきれ果てます。

公的機関が資金を運用してはいけないというなら、政府系ファンドなどやれるはず無いのですから。まあ郵政民営化のほとんどの理由もこんな調子で嘘話だらけだったということなのでしょう。


(5)「FT(金融技術)」の嘘話

カイカク派は、しきりに経済合理性というものを掲げています。そしてその背景にはIT技術などによってリスクやリターンは合理的に計算可能という思想があり、これをFT、つまり金融技術と言っているのですが、こんなものはほとんど信仰のようなものです。

このFT金融技術の無惨な失敗の一例が、石原都知事の新銀行東京の(事実上の)破綻なのです。

一部の人は石原氏を保守的と誤解しているかもしれませんが、彼は郵政民営化にも賛成だったと言い、官僚批判が大好きで、カイカク派にシンパシーを感じるところが少なくないはずです。猪瀬みたいのを副知事にしたくらいですから。

要するに、新規なことに飛びつくのを進歩と勘違いしているたぐいの人間にすぎないのです。

石原氏が新銀行東京でやったのは、FT(金融技術)によってリスクとリターンを計算しただけて融資するという方法でした。それを強行したことによる当然の結果なのです。

この反論として、同じようなやりかたをした木村剛氏の日本興業銀行はうまくいっていると言う人もいますが、あちらが「うまく行っている」などとはお世辞にも言えないはずです。融資が伸びずに親族の企業に低金利で融資して批判されたりなど、同じく低迷しています。

新銀行東京も日本興業銀行も、ぱっと見は中小企業の味方のようなことをスローガンにしてはじめられましたが、技術偏重という合理主義者、カイカク派の人間にありがちなやりかたで失敗したのです。

彼らは細かな情報収集と親密な人間関係に基づく中小企業向け融資を「単なる情実による融資にすぎぬもの」と決めつけ、ITやFTに走ってリスクとリターンを計算によって合理的に判断できるのだから人員も店舗も少なくてすむと思いこんだのです。

人間関係や地道な営業活動という古くからのやりかたを軽視してITだのFTだの合理主義に走りすぎたことが、でたらめな融資を生み、破綻へと導いたのです。これがカイカク派と共通する行き過ぎた合理主義者たちの姿なのです。

カイカク派の連中には、表面的な経済合理性だけで事態を改善できるという思い上がりがあるのです。こういう議員やエコノミスト・文化人たちの言説を、一見して「理屈が通っている」という程度の理由で信用はできないのです。

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(参考文献)北の発言 第31号(May-June2008) (31)
p30-32、「観念の罠」にはまった日本(東谷暁)
コメント
この記事へのコメント
私の一番嫌いな嘘は、経済活性化のために中国との結びつきを強めるべきだというものです。日本と中国の労働者を同じ土俵で戦わせようという愚にも付かないものだと思います。これによって起こるのは庶民から資本家への富の移転でしょう。まあ、新自由主義というものが帝国主義時代のスウェットショップの再現を目指すものだという証左かも知れません。ところで、同じ時間で同じものを作っても賃金が半分なら労働生産性は2倍と計算されるんですか?

比較優位論の行き過ぎも困ったものです。スイス、ルクセンブルク、香港、シンガポールのような小国であれば、金融業に特化することで生きていけると思うのですが、それらの国と1億2千万の人口を持つわが国を同列にするというのは馬鹿丸出しです。この人たちはある意味日本を過小評価しすぎています。小国が特定の分野に特化したとしてもその歪みが世界経済に与える影響は小さいしその分野だけで国民を養っていくことも可能だと思うのですが、大国というのは特定の分野の産業だけで国民を養っていくということができません。日本は先端分野の研究開発に特化するべきだとか言っても大量の労働人口を研究開発だけでは吸収できませんし、研究開発に向いた人材だけを育てることだってできないでしょう。
jtake | URL | 2008/05/17 (土) 05:50:18 [編集]
デマゴーグとマモニズム

こういった人達に限らず、自分の思想が偏執狂になり独善的になると平然とデマを流しますね。
と言いますのも、デマゴーグ(demagogue)とは「demos民衆」と「agogos指導者」の意味から由来し、直訳すれば民衆指導者ですが、同時に煽動者の意味も持ち合わせています。つまり民衆は嘘や煽動にハマりやすい傾向があるようです。この間あるテレビ番組で、いい話を100人に順に伝えたら話の内容が変わるのか?という実験をして、10人目くらいで話のあらすじが変化して、100人目くらいで全く違う話に変化したという事が、その実験で判ったことです。
煽動者なり詐話師なりが、民衆の前に出現して指導者面を曝せば、デマが簡単にまかり通る。ましてや現代はテレビや新聞、それにインターネットがあるから尚更です。瞬時に嘘話が大量伝達される時代において、喩え小泉純一郎や田原総一朗の様な自称民衆指導者達は、改めて言論の資質を問わねばならないのです。デマを防ぐものがあって民主主義が恐らく機能するのではないでしょうか。
もう一つは、この手の煽動者には拝金主義者が多いことだと思います。二十年前から、実体経済より、金融と情報技術の時代であると説き、それからライブドアという情報技術の申し子が出現して、情報技術と金融技術時代の寵児としてもはやされてきました。
寵児の「寵」はドラゴンのことで、ホリエモンやら村上ファンドやらがドラゴンとされたのは、独特のキャラクターがメディアで顕然されたからです。資本主義が私的な欲望をどれだけ満たせるかという思想であり、市場原理がその欲望を拡大するために、市場を拡大しなくてはならなくなり、やがて国家の枠を飛び越えてしまって、資本が暴走し市場が拡大して、多数の拝金教徒を産み出すのです。
デマゴーグとマモニズムは現代の病理ではないかと思います。両者とも昔からありますが、今はそれが暴走し始めて暴徒化しているでしょう。これを食い止める方法を考えなければ、日本は勿論、やがて地球をも破滅してしまうでしょう。デマを防ぐのも、マモンを抑えるのも現代人の義務だと思います。

渡世仁義の風来坊 | URL | 2008/05/17 (土) 06:21:49 [編集]
カイカクと言う字は怪しい画策と書くのね~♪
日村さま こんにちは
特に一サラリーマンとしては「(3)労働生産性向上のウソ」のくだりにはとても共感させられます。
仕事柄、企業の決算説明会を聴講することが多いのですが、業績低迷にあえぐ企業のトップに対して外資系証券会社のアナリスト連中が「なぜリストラしないのか」と迫る場面もたびたび目にします。
首切り=株価が上がる、みたいな歪んだ構造も労働生産性を履き違えたところから来るのでしょうね。
トヨタみたく飛びぬけた利益を残さなくとも、リストラせずに多くの従業員の雇用と賃金を維持し会社を守り続ける経営者がもっと評価される社会になってほしいものです。
ROM太郎 | URL | 2008/05/22 (木) 09:15:04 [編集]
>jtakeさん

労働生産性とは産出量を投入された労働力で割った比率のことらしいのですが、国全体の労働生産性は「労働投入(=就業者数×労働時間) 一 単位あたりの実質付加価値」ということになるようです。ちょっとよくわかりませんので、誰か詳しい人がいると良いのですが・・・私もちょっと調べてみます。解説できるまでになれるかどうか。

でも、労働生産性についてちょっと調べて直感的に思ったことですが、経済学者の数字遊び、現実とはかけはなれた独特の世界という気がします。こういう「計算」ばかりしている人たちに政策を任せるのはとても危険だと思います。


>渡世仁義の風来坊さん

そうですねー、世の中デマに満ちあふれていますね。今年の正月だったか、ローマを取り上げていた番組を見たのですが、今の日本もローマの民衆制とよく似たところがありますね。もっと言えば、人間はギリシャ時代から対して変わっていないような気もします。いや、マスコミ権力の肥大化でデマによる支配が拡大していますね。


>ROM太郎さん

そうですねー、今や会社は株主を喜ばすための奴隷組織に成り下がっていると思います。そして、結局はここでも公共精神の喪失が見えてきます。

社員を長期的に雇って雇用を生み出し社会を安定化するという、そういう発想は無いのでしょう。もっとも、長期的に安定した組織というのは、物作りに大事なだけであって、物作りが軽視され、金融だのITだのがもてはやされれば、組織は軽視される傾向に向かうものなのかもしれませんね。私にはそんなもので日本が安泰になれるとは思えませんが。
管理人 | URL | 2008/05/22 (木) 17:18:06 [編集]
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