右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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糞リアリズムを持ち出すべからず
今回の内容は、旧ブログに書いたことの焼き直しです。

ブロガーが政治家や外交官を気取って見せて、そういう政策は現実的にはこれこれこういう理由で不可能だし、それは仕方のないことだ・・・なんて言うのが私は大嫌いです。

そもそも、ブログに限らず、評論家でも学者でもそうなのですが、私が一番疑問に思うのは、彼ら自らがまるで政治家や外交官にでもなったつもりで、政治を「リアリズム」という観点から語り、まあようするに政治家や外交官らは妥協しなきゃやっていけないんだという彼らの行動を弁護・擁護することです。これって、どうなのでしょうか?たんなる御用学者、御用評論家ではありませんか?

まあ特定の政治家の支持者であるというならそれは一行にかまいませんし、むしろ弁護したり擁護したりするのがその人の役割でしょうが、ただ、その場合でもそのことを一言はっきりと断ってから弁護・擁護するのがマナーかと思います。

では、それ以外の一般の学者や評論家が、まるで自分が特定の政治家や外交官になったつもりで彼らの行動を(たんなる解説を超えて)弁護・擁護するような態度に私が少なからぬ疑問をなぜ抱くかと言いますと・・・。

まず、政治家や外交官が色々な面で妥協せざるを得ないなんてことは私も十分わかっています。でも学者や評論家やブロガーもそうですが、こういう人たちは政治家や外交官ではありません。物事、役割分担というのがあるはずです。

たとえば、北朝鮮が核実験をしたわけですが、リアリズムという観点から考えれば、日本が核武装するなんてことは、国際社会の反発と国内の左翼的現状を見ればまあ不可能でしょう。だから日本は外交交渉の場で核武装というカードは絶対に使えないのは私にだってわかります。

しかし、もし日本国内で評論家や学者や、それこそ世論でもマスコミでも何でも良いですが、ようするに現場の外交官や政治家以外の中から「日本も核武装せよ」との声が高まれば、現場の彼らだって交渉の際に「国内での核武装論の高まりを我々はこれ以上抑えられないから、北朝鮮を早急に何とかしてくれ」と言って、それをカードとして外交ができる可能性も生じるわけです。

政府よりももっと右側からの声が高まれば、政府だってそちらに配慮しなければならなくなる、それが一枚の外交カードにもなりうるし、政府の談話を変えるきっかけにだってできるかもしれないのです。

ところが、小泉氏や安倍氏が首相だった頃、政府のやることをいちいち「善意」に解釈して、わざわざ弁護してまわるブロガーが後を絶ちませんでした。

たとえば、「依存症の独り言」さんのこちら(「安倍首相は転向したのか?」)のエントリーでは、当時の安倍首相の「現実的」な政策への転換をこう評しています。

もちろん私も、安倍首相の一連の答弁を耳にして良い気分にはなれない。が、それが
戦術的後退であるのならば仕方がないという立場である。

政治は理念がなくてはダメだが、理念だけでは動かない。政治はリアリズムであり、妥協を恐れていては政治家など務まらない。好き勝手なことが言える学者や評論家とは違うのだ。

政治家は学者や評論家とは違うと言っておられますが、そんな事わかっています。と同時にブロガーだって政治家とは違うはずです。ただ政治をブロガーの視点から解説するだけというのならそれで結構なのですが、そこで敢えて政治の立場から解説するというのはどういう結果をもたらすでしょうか?

そして、もうひとつ面白いことに、小泉マンセー安倍マンセーだったブロガーは、福田首相が似たようなことをやったとしても、決して「リアリズム」など口にはしないということです。福田が首相ならば右派なりの理念をちゃっかりと語るわけです。

一体どういうバランス感覚をしているのでしょうか。不思議でなりません。

いずれにせよ、ブロガーが、自分の応援していた人物が首相になって次々に妥協して行くのを目にした時に、その妥協をリアリズムなどと言って弁護をするよりも、もっと「役割分担」をしっかりと考えるべきではないでしょうか?

もちろん、今後も首相が福田のような左派ならば、保守系のブロガーはガンガン批判を続けるでしょうからこういうことは問題になりません。私が心配しているのは麻生氏が首相になった場合です。彼はちょっと心配です。

期待していた人物が首相になって妥協をはじめた時、我々が、政府の現状を「これではいかん」と声をあげることが、まあ世論としてどれだけ影響があるのかわかりませんが、しかし、政府がやむなく妥協したことをリアリズムという立場から弁護されても、当の首相のほうには本当にそんな空気が「望むところ」なのでしょうか?

たとえば、もし安倍首相本人が村山談話や河野談話と妥協した時、リアリズムか何か知りませんが、苦渋の決断で、他にやむを得ない何かがあってどうしてもそれらについて妥協せざるを得なかった、そこで心の葛藤があったかもしれないのです。

そうであるにもかかわらず、保守派の人々の間からあっさりと、「いや、あれで良かった、リアリズムだ、しかたない、それも戦略だ」などとしたり顔で言われては、安倍首相のほうも「何だ、彼らにしても村山談話や河野談話なんて、その程度のものだったのか」という事になって拍子抜けしている事でしょうし、「こんなもんで良いんだな」となってしまうことでしょう。

世の中には「村山談話」や「河野談話」に疑問を抱いている声が少なからずあるとなってはじめて安倍首相もこれを見直そうと言えるわけなのです。

戦後はずっと朝日新聞とかサヨクの声のほうがでかいから、それに配慮せざるを得ない、だから仮に、現時点では一端継承するのは仕方ない事だったとしても、今後これを変えてゆくためには、まずは継承したことに対する批判の声が高まることが必要だったのです。

安倍首相が村山談話や河野談話を継承せざるを得なかったのは、我々ブロガーに限らず、評論家や学者連中が十分に声をあげてこなかったから、そうならざるを得なかったのです。

政治はリアリズムだっていうのは、そんな事言われなくてもわかっています。しかしそれを弁護したって、どんどん流されていくだけです。その流れに歯止めをかけてこなかったのが戦後の自民党路線です。

マスコミばかり批判していますが、ちょっとマスコミが批判すればすぐ「リアリズム」で妥協したから現在のリベラル左翼的、創価学会と蜜月的自民党があるわけです。

結局、リアリズムという立場から安倍首相を弁護していたつもりだったのかもしれませんが、それでは安倍首相が本当にやりたい事を逆にやりにくくしていただけで、安倍首相は「カイカク派」にどんどん取り込まれて行ったのだと私は思います。

今は福田が首相ですから、保守派は正論を述べていればそれですみます。ある意味楽だと思います。しかし、今後、あるかどうかはわかりませんが、保守派が多少なりとも期待している人物が首相になって、おそらく誰であれかならず何らかの妥協はしてくるでしょうから、その時、右派のブロガーが一体どうふるまうか、ふるまうことができるのかがとても大事になってくるのではないかと思います。

その時に「糞リアリズム」を垂れ流すだけであるならば、そんなブログは存在価値が無いと私は思います(でも人気は出るかもしれませんが・・・)。

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コメント
この記事へのコメント
はじめまして
はじめまして、しわと申します。

ROM専門でしたが、旧ブログから拝見させていただいておりました。
記事の内容は勿論、日村さんが引用される書籍も素晴らしいものが多く、おかげさまでたくさんの良書に出会うことができました。

さて、安倍首相ですが、表立ってマスコミが取上げる愛国心や郷土愛を全面に出した政策案の裏側では、アジアゲートウェイ構想や皇居周辺の金融資本センター化に向けた再開発などを主導し、そのダブルスタンダードぶりには、当初から呆れるものがありました。彼が提唱していた政策の本質は構造改革派、グローバリストそのものです。自称保守派のブロガーはそういったことには本当に盲目で、不気味なまでの寛容さで擁護していたように思います。

安倍氏は終始一貫して、媚米であり、売国であったと私は思います。

皇居周辺の金融資本センター化に至っては、皇居中心にすり鉢型の景観を形成するという、皇室を見世物にしようとしているとしか思えないようなとんでもない案でしたが、そんなことを主導している人物が提唱する愛国心など信用出来るはずがありません。

私も麻生氏はちょっと心配です。アジアゲートウェイ構想に首を突っ込んでいるなど、清和政策研究会の流れとは少し違うのかもしれませんが、彼もグローバリストの匂いがします。

糞リアリズムのような詭弁を垂れ流すのではなく、批判すべき売国は、しっかりと批判していかなければならないと、私も思います。
しわ | URL | 2008/04/27 (日) 10:04:20 [編集]
あまりこういうことをいうと問題になるかもしれませんが、そういうブロガーは何も考えていないのではないですか。
味方(だと勝手に思っている人)のやることはすべて善、敵(だと思っている人)の考えはすべて悪に映るのでしょう。
自分の味方を応援することで、壊れそうな哀れな自尊心を慰撫しているのでしょう。
| URL | 2008/04/27 (日) 16:00:48 [編集]
真正保守系のブログも人を見下したようなどうしようもない人間が多いですからね。メンタリティが左翼と同じ。知識が保守になっただけ。
基本的にブログでも総合誌でも、評論家はどうしようもない人間が多いのではないですかね。
ドド | URL | 2008/04/27 (日) 17:47:49 [編集]
リアリズムの理論にも、2レベルゲームというものがあって、その概要は

国内を掌握しきっている政治家のほうが対外的に妥協しやすく、国内を掌握しきっていない政治家では対外的に強攻策に出ざるを得ない

というものです。つまり、国際交渉で、「そんな合意をすれば、国内的に持たず、私が失脚して反対派が台頭する」という一種の交渉カードとなる逆説的な理論です。
 ということで、政治家はともかく、草の根レベルでは、個々人の思うところを披瀝すればよいのではないかと思います。
KHAN | URL | 2008/04/27 (日) 22:16:37 [編集]
ウルトラ自己チュー
日村さん、こんばんは。
「糞リアリズム」。
私は「糞リアリズム」イコール「自分にもっとトクをさせろ」だろうと推定しています。
つまり、主義でもイデオロギーでもなくて、単に「自分可愛いさ」の実も蓋もない自己チュー。
「愛国」ならぬ「愛自分」というのが日村さんの仰る「糞リアリズム」の本質ではないかと。
いわゆる「新自由主義」と呼ばれるものの本質も、実も蓋もない自己チューであり強欲でしょう。
たとえ、他者が餓死していようとも、自分だけはご馳走を食べるよ。
未来の人間がいかに困ろうとも、いま自分は自分の快楽のために浪費するよ、というウルトラ自己チュー。

私は本質的に邪悪な人間ですから、以上のような人間観を抱いています・・・。
喜八 | URL | 2008/04/27 (日) 22:34:22 [編集]
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| | 2008/04/28 (月) 08:07:55 [編集]
なるほど
安倍さんは悪くない、悪いのは日和見主義の(自称保守の)支持者たちや、彼を籠絡したカイカク派だ、ということなんでしょうか。

ろろ | URL | 2008/04/28 (月) 12:13:59 [編集]
核武装
>日本が核武装するなんてことは、国際社会の反発と国内の左翼的現状を見ればまあ不可能でしょう。だから日本は外交交渉の場で核武装というカードは絶対に使えないのは私にだってわかります。

少し本題とズレますが・・・
私は核武装積極推進派なので、まったく諦めたものでもないと思っています。
リデル・ハートが言うように、軍事戦略からみれば核兵器は値打ちのないお飾りに過ぎませんが(実際には使えないので)、核兵器を保有していない国に対する恫喝材料&殲滅兵器としては効果的です。
そして、仮想敵国に非対称の戦争計画を立てられている以上、我が日本では核保有必須というのが常識的な判断ではないかと。

イスラエルのようなお手本があるのですから、地道に、「超法規的」に200発ほど用意しておきたいところです。
海驢 | URL | 2008/04/29 (火) 02:57:36 [編集]
安倍総理は河野談話で分かり辛い戦術をとってしまった。結果、その意図を理解する人がわずかしかいなかった。日本の保守の理解力を読み違えたことが安倍総理の失敗。
sadatajp | URL | 2008/04/29 (火) 03:25:12 [編集]
無意識のうちに染まります
>結局、リアリズムという立場から安倍首相を弁護していたつもりだったのかもしれませんが、それでは安倍首相が本当にやりたい事を逆にやりにくくしていただけ
日村さまのこのご指摘、全く同感です。
しかし政策批判の世論が高まったときに党内基盤の弱い安倍政権が持ったかどうか。引用されているブロガーさんには「安倍つぶしで福田や谷垣に代わるよりはまし」という思いもあったのではないかと。
やはり世論頼みでなく、政策を右から批判する野党が絶対必要だと思います(とりあえずは国民新党、ガンバレ)。
おっと、こんなことを書き込む自分が糞リアリズムに染まってますね、いかん、いかん。
次期首相が麻生さんなら、是非とも村山談話と河野談話を覆す「麻生談話」を表明して貰いたいですね。
ROM太郎 | URL | 2008/04/29 (火) 08:24:26 [編集]
>しわさん、はじめまして、コメントありがとうございます。
安倍氏は本当に分裂していましたよね。やはり郵政解散の後の選挙で、城内氏をはじめとする党内のまともな基盤(本当の保守議員)を失ってしまったため、カイカク派に頼らざるを得なかったためかとも思いますが。たんなる権力維持が目的になったようで、空中分解したということでしょうね。あまり深く考えていなかったからそうなったのかもしれませんが。(小泉首相に取り込まれる前はもうちょっとまともな議員かと思っていましたので)

麻生氏は、カイカク派ではないので、安倍氏ほどボロボロになることは無いと思いますが、別種の要素がありそうで心配ですね。


>耕
>あまりこういうことをいうと問題になるかもしれませんが、

いえいえ、大丈夫だと思いますよ。私はもっとひどいことも書きますので(笑)。
まあ、敵か味方かという単純な二者択一なんでしょうね。小泉氏もそういうところがありましたから似ているんでしょうね。複雑なことが考えられない、単純なオツムをしているようですよね。


>ドドさん
おっしゃる通り、評論家はどうにもなりませんね。テレビによく出る文化人的なのが特にひどい、太田総理とかによく出ているやつは、議員も含めてほとんどろくでもないのばかりですね。


> KHANさん
>政治家はともかく、草の根レベルでは、個々人の思うところを披瀝すればよいの

私もまったくその通りだと思うんですよねー、それが個人のブログというものではないかと。まあ、個々人が思うレベルとして、たんなるファン、自分がファンである政治家を個人的に応援して喜んでいる、それ以上の政治的な理念とか意見みたいのは、じつはたいして無いのかもしれませんね。


>喜八さん

そうですねー、ネオリベ信者は、それがカイカクだと信じている人は別として、多くはホリエモンや村上的な個人主義の自己中心的人間ばかりだと思います。自分さえよければという奴が増えているんでしょうね。でも逆に、左翼の反ネオリベも自分のことしか考えていないとうところもあると私は思いますよ。
金持ちに生まれたらネオリベ信者になり、貧乏に生まれたら国にたかることしか考えないという、これはどちらも同類かと私は思いますので、そこは注意が必要であるかとも思います。

また、鍵コメの件ですが、近日中にお答えできればと思っています(連休明けくらい?)


>ろろさん

いえ、私は安倍氏に間違いがなかったなどと言うつもりは無く、安倍氏そのものが日和見的な部分があった、結局はただ首相になってみたかっただけ(父の果たせなかった夢を個人的に果たしたかっただけ?)、かとも思えます。カイカク派は、自分たちのやるべきことをやっただけで、それに落ちた安倍氏の資質の低さはやはり問題だったと思います。というか、やはり郵政選挙で自民党の中のまともなのがいなくなったんだから、安倍氏がまともであることを維持できる基盤が党内になかったこともあると思います。


>海驢さん

そうですねー、実は私も核武装はそんなり無理とも思っていませんが、諸外国よりも世論のほうで無理かと・・・。私としては、どこかの国の真似をして、核武装の「準備完了宣言」くらいまでなら、さっさとやっておいたほうが良いと思います。今から核を作るとしても、4-5年はかかるそうですから、それをあと1ヶ月か1週間あればいつでも核武装できるという段階くらいにはしておくべきだと思いますね。あとは国民と政治家の(独立への)覚悟の問題だと思います。


>sadatajpさん

おひさしぶりですねえ。当時は論争したように記憶しています。戦術がわかりやすいとかわかりにくいとかではなく、やはり戦術など無かったんだと思いますよ。あれで保守を切り捨てたのだと思います。中川秀直が左側に幅広い支持をひろげようと言っていましたから。安倍氏はおかざりで、裏では中川秀直あたりが動かしていたという側面もあったんじゃないですかね、安倍氏を。


>ROM太郎さん
>おっと、こんなことを書き込む自分が糞リアリズムに染まってますね、

いえいえ、これはそう悪いリアリズムでも無いと思いますよ(笑)。ただ、麻生氏が首相になったら、何をするかちょっと心配な部分もあるので、やはり右から批判する基盤は必要でしょうね。どれくらいマンセー軍団が出てくるかわかりませんが、それでも小泉首相の頃ほどではないと思いますが。

平沼氏としっかり組んで平沼氏がしっかり麻生氏をコントロールしてくれれば良いのですが。
管理人 | URL | 2008/04/29 (火) 21:56:25 [編集]
反革命思想
日村春介さん、こんばんは。

> 左翼の反ネオリベも自分のことしか考えていないとうところもあると私は思いますよ。

いまの日本では「左翼」は「無力」と言っていいでしょう。
私(喜八)が左翼批判に不熱心であると見えるとしたら、それは「弱い者イジメ」が嫌いな性格のゆえかと存じます(笑)。
そもそも私は「反革命」ですから、左翼思想や左翼運動をアタマから全批判しているもおなじなんですよ。

ところで、一般論ではありますが、「反間の計」を狙ってくる「敵」側の「工作者」にはご用心ご用心(笑)。
結局、我々は「本物の戦争」に従事しているのだと思います。
「正しいことを言えば勝つ」というような幻想を抱くのは、きわめて危険だと思います。
ネットで知り合った正体の知れない人物は、すべからく「存在的な敵」と考えるくらいで、ちょうどいいのではないでしょうか。

・・・なんて、今日は思わず、吹きまくりました。
失礼しました・・・(汗)。
喜八 | URL | 2008/04/29 (火) 22:27:57 [編集]
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| | 2008/04/29 (火) 22:35:42 [編集]
喜八さまに質問です
>喜八さま
初めまして。ブログはよく拝読させていただいています。
横レスで申し訳ないですが、真意をはかりかねましたのでご質問させていただきます。
>ところで、一般論ではありますが~
>~ネットで知り合った正体の知れない人物は、すべからく「存在的な敵」
読む者すべてを疑心暗鬼にからせるような奥歯にものの挟まった仰り方ですね。
喜八さまご自身も含めてほとんどのブロガーや読者の方々が匿名なのですがすべて「存在的な敵」なのですか?
ROM太郎 | URL | 2008/04/30 (水) 06:02:32 [編集]
>喜八さん、ROM太郎さん

いや、私はじつは何となく、喜八さんの書いていることがわかるような気がします。というのも、実際に経験がありますんで。ブログでどんなに立派なことを書いていても、詐欺師だったということがありました。私もすっかり騙されてしまいましたから。そういうことを抜きにしても、何物か正体がわからない相手を信用しすぎないほうが良いというのは、保守であろうがなかろうが、やはり健全な常識として持って置かねばならない部分だとは思います。
管理人 | URL | 2008/04/30 (水) 08:36:04 [編集]
反革命についてですが、私は実は反革命ではありません。というか、革命の意味次第です。三島由紀夫は革命の本当の意味を誤解していたんではないでしょうかね?そういう本を書いていましたが、読んだ感じだと、共産主義革命に反なだけだったような気がします。少なくとも革命には2種類あることを知らなかったと思います。

ハンナ・アレントという人が言っているらしいですが、革命には2種類あり、一つはフランス革命のように徹底的な価値の破壊、もうひとつは、アメリカの独立革命や中国の易姓革命のようなもので、価値の再巡をともなうものです。

つまり、後者の革命はリ・ボリューション、古き良き価値観を「再び(=リ)」、現代の状況の下で「巡り来たらせる(=ボリューション)」ということですのです。こちらこそが「革命」という言葉の本来の意味なのです。

明治維新もたぶんこちらの側面を持っているでしょう。英語ではメイジ・リストレーション(復古)ですから。まあ王政が復古しただけかもしれませんが、そういう側面はあったのです。

ということで、私は後者の革命を目ざしています。ただし、急激な変化というのは最悪の場合以外は慎重であるのが保守ですので難しいところですが、現状より悪くなることが無いという場合のみ革命が許されると思っています。思想面においては、これ以上悪くなりようがないので、保守思想による革命は必要かと思っています。

このふたつの革命は根本的に異なるものです。くわしくは過去のエントリーでどこかに書きましたが、忘れました(笑)。
管理人 | URL | 2008/04/30 (水) 08:46:57 [編集]
ありがとうございます
日村さま 
ご丁寧にありがとうございます。諒解いたしました。
どうも「存在的な敵」という語句に過剰反応してしまったようです。
思えば喜八さまには無礼な質問でしたね。
失礼いたしました。
ROM太郎 | URL | 2008/04/30 (水) 08:52:19 [編集]
ROM太郎さん

即レスありがとうございます(笑)。

まあ、喜八さんが書かれている意味と私の解釈が同じなのかどうかまではわかりませんし、喜八さんはもっと深い意味を込めているのかもしれませんが、まあ、私としては、上のように解釈して納得しました。
管理人 | URL | 2008/04/30 (水) 08:57:50 [編集]
> ROM太郎さん
ROM太郎さん、はじめまして、
私の先のコメントに関しては日村さんがすっかり解説されてくれていますね(笑)。
けっして、ROM太郎さんを始めとする特定のコメンターやぶろがーを念頭においての発言ではないことを、ご承知いただければ幸いです。
日村さんと私(喜八)はとある特定の候補を応援しています。
総選挙が近くなってきて、「尻に火がついた」状態にある「敵」陣営は何をしてくるか分からない。
だから用心するに越したことはない。
というような、至って生臭い話なのです。
もし、私のコメントで気を悪くされた方が他にもいらっしゃいましたら、非をお詫び申し上げます。

というわけですので、今後ともよろしくお願いします! >ROM太郎さん
喜八 | URL | 2008/04/30 (水) 15:06:15 [編集]
憲法改正論議からも糞リアリズムを排除するんであれば、やっぱり、現行憲法破棄→帝国憲法復帰→それから改正でしょうかね(笑)。
jtake | URL | 2008/05/02 (金) 14:57:50 [編集]
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