右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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政治を右から批判することの重要性
戦後、日本の政治や社会が極端に左傾化した理由を考えてみると、それはやっぱりマスコミが進歩的文化人の理屈や彼らのイデオロギーにもとづくフィルターを通した報道をくりかえす事によって、世論を左へ左へと誘導したからだと思います。

そこでなされる言論のほとんどが、政治や権力に対する左からの批判ばかりでした。つまり、政治は常に左からの批判にさらされ、また左寄りのメディアが国民への影響力を強く持っているからには、国民によって選ばれるしかない政治家たちがメディアの批判に腰砕けになりジワジワと世論に迎合して、どんどん左傾化していったのではないかと思います。

一方、「保守」と呼ばれる勢力も存在はしていたでしょうが、実際にはそれらのかなりの部分は単に現状維持派であったり、権力に迎合するだけ政権をマンセーするだけのような批判力の欠如した人々であったのだと思います。
福田や小沢みたいのだったら、良識ある保守派、良識のない媚米派でも、簡単に批判できますし、まさかマンセーなどしないでしょう。

しかし、小泉氏のようなタイプ、私から見て保守とは到底思えないような、リベラルな首相でも、なんとなく人気がある、未だに次の首相にしたい人のトップになっているようですから、こういう一見、保守に見えなくもない部分のある人物が一番要注意だと思いますし、彼が首相だったときに小泉マンセーブロガーというのが大量に湧いて出たのを思い出すと、保守のなかには、権力に媚びたい、勝ち馬に乗りたい、そういうタイプも結構多いのだなあと、残念な気持になりました。

結局は、そのように、現状維持か権力追随か勝ち馬に乗りたいなど、未来への保守的な理想などなしにただ現状維持的な姿勢で人気主義の政治や権力を擁護するだけでは、サヨクの批判や理想主義に徐々に押されて流されるだけで、少しずつ左傾化して行くことは避けられません。やはり右からの批判が政治や権力に対してほとんど無かったことも問題だと思うわけです。

最近はマスコミやら進歩的文化人に対する右からの批判が以前に比べれば少しは見られるようになってので、その点ではこれからに期待が持てそうです。しかし政治家に対する右からの批判というのは、まだ不十分ではないかと思います。

そこで私は、「批判などは無能な人間のすること」と自覚しつつ、敢えて政権や権力というものを、できるだけ強烈に右側から批判することによって、左に流されがちな、リベラルに傾きがちな今日の政治や戦後日本のあり様の修正を試みてゆければ・・・、などと傲岸不遜にも最近は思うようになりました。そう思って安倍氏も批判してきました。

福田の批判はまだあまりしていませんが、彼は小泉マンセー族でもどうしようもないと思うような首相でしょうから、わざわざ書かないだけですが、まあろくでもないとは思っています。小沢も同じくらいろくでもないので、自民党はむしろずいぶん助かっているんではないでしょうか。

福田とていずれ任期が切れるでしょうから、その後には自民党総裁選挙が行われるわけで、そうなれば、次の総理総裁に期待がふくらむところでしょうが、私はそうした新しい展開に期待したいという気持ちを抑えて、誰がなろうが、敢えて次の総裁のもとで行われる政治に関しても、右側の視点から、できるだけ批判的に見て行きたいと思います。

そのような観点から、旧ブログのこちら(■[靖国] 矛盾だらけの靖国改造~麻生私案)では麻生氏の靖国案をきびしく批判させていただきました。

福田の次の自民党総裁としては、麻生氏くらいしか期待できそうな人はいなさそう、谷垣なんてご免ですから、後は期待できそうな人はいまのところ不在のようなので(本当は平沼氏しかいないに・・・)、誰を応援するかとなれば、消去法から麻生氏を応援せざるをえないでしょう。

しかし私は麻生氏にも、いくつか疑問を感じています。評価できる点として、平沼氏などを復党させようとした点、竹中氏と仲が良くない点、新自由主義バンザイではない点など、期待できる部分もあるのですが、疑問点として、ポピュリスト的な点だとか、靖国問題や北方領土問題など、気になる点がいくつかあります。

まあ誰かを応援するということはそれなりの覚悟がいることだと思います。が、私は権力の側に立って強い力をふるっている人を応援するというのは、やはり多少、性に合わないところがあるようで、そういうのは放って置いても、どうせ応援するなら、やっぱり野にある平沼赳夫とか西村真悟とか城内実とかそういった人たちを応援して行きたいと思います。

それはまた、与党より右な野党的勢力というのが絶対に必要だとも思うからです。いやでもこれらの人たちにずっと野党側にいられても困るのですが・・・。

ただし、いくら右の野党が必要だからと言っても、残念ながら今のところ、維新政党新風を応援したいとは思えません。理由を書くのはやめておきます。

そして大事だと思うのは、今の政治家というのは自分が権力を得るために、自分の信念を曲げて主張を世論や他国に迎合させてしまう。権力が手に入りそうになるとなおさら事なかれ主義に嵌ってゆく行動を取りがちなのではないかと思います。

そして安部氏も結局そうでしたし、麻生氏なんかはもしかしてその可能性があるのではないかとちょっと最近そのような疑いを感じるわけです。

一方、西村真悟氏なんかはその対極で、被弁活動の問題で逮捕されるずっと以前から、もっとうまくやればとか言葉を選んだらどうかと思えるほどでしたが、民主党内のポストなんかにこだわっておらず自身の主張を通してきました。城内氏や平沼氏も党を除名されようとも主張を変えませんでした。

小泉内閣で閣内に残った人というのは、首相の言っている事やっている事がおかしいと思っても、それを批判して追い出されては自分のキャリアにとって損だから、もしくは今はじっと我慢しておいて後で修正すれば良いと思っている人でしょう。小池百合子氏などその典型ではないでしょうか?

そのように、一度おかしな方向に流れてしまったのをもとに戻すのは大変です。そういう危機にあたっては自身のポジションなど失う覚悟で戦ってくれる人でなければ、中国や韓国やアメリカなどの諸外国と渡り合えるはずありませんし、マスコミとも戦えるはずがありません。そういう人物に、日本が今抱えている諸問題をブレイクさせたり、今後襲うかも知れない危機にまともに対処したりなど、到底できるはずがありません。

国民の目先の支持としての「世論」ばかり意識していた小泉首相にも、そういう問題解決能力などありません。安倍首相の無惨な失敗は、小泉首相時代の化けの皮がはがれた結果なのです。やめ時を間違えなかったから、未だに支持があるのだと思いますが、その支持は幻想以外の何物でもありません。

小泉首相のやった政策の大半が、今や批判にさらされているのですから。彼への期待はあくまでキャラクターへの期待、ワイドショー的な期待にすぎないものでしょう。そんなもので政治を動かすのはいいかげんに卒業しなければなりません。

そして私はやっぱり、いざとなったら自分の保身とかポジションの維持や獲得にばかり走るのではなく、自分の政治的信念を通す、自分の根本的主張を変えない、それを変えてポジションを手にいれるような事を絶対にしない、そういう人物でなければ、なかなか信用できないし、逆にそれができない人が首相になってしまったら、権力維持のために何でもやりかねないから危険だとすら思います。

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コメント
この記事へのコメント
参拝する小泉・参拝しない小沢
「郵政民営化賛成の保守議員」

「郵政民営化反対の左翼議員」
 
日村さんなら・どちらを選びます?
柳生昴 | URL | 2008/04/14 (月) 13:48:38 [編集]
>柳生さん
どうも、おひさしぶりです。

このエントリーのタイトルにも「右から批判」とあるように、私が左翼議員を支持することはありません。

郵政民営化反対論としてどれだけ立派なことを言おうとも共産党は支持しません。また、民主党の郵政民営化反対論は、その反対論自体が支持できない内容でした。

ですから私はやっぱり郵政民営化反対論については自民党の造反議員の意見が一番まともだった、その中で保守系の議員こそ支持に値するごく少数の人たちと思っています。

もちろん、民営化に賛成した議員でも支持している人はいますよ。中川昭一氏とか島村元農相とか他にも何人か。
管理人 | URL | 2008/04/14 (月) 17:14:32 [編集]
権力志向の人間が、政治をだめにする。
権力を得るためなら、右にでも左にでもなる人間が政治の世界には(どこの国でも)大勢います。
我が国では小沢、小池、小泉などが典型です(小泉は首相になる前必ずしも保守的というわけではなかった。あの人が首相前と後で終始一貫しているのは郵政民営化に関する考えくらい)。
そういう人間に権力を与えるのは危険だと思いました。
| URL | 2008/04/14 (月) 20:24:45 [編集]
耕さん、どうもですー。

そうですねー、まあ権力欲というのと、あと保身ということでしょうかね。政治家が自分の地位や立場を守ることにばかり固執してしまうと、小泉首相のようなタイプが出てきた時にイエスマンばかりになりますから、最近の、本当に勝ち馬に乗れとばかりの政治家や世論は残念ですね。

麻生VS福田の時に小泉チルドレンは、自分たちに有利と思った福田についたわけですが、その末路は哀れなものでした。ああいう質の低い議員たちは一掃して欲しいものです。
管理人 | URL | 2008/04/15 (火) 08:38:55 [編集]
ありがとうございます!
日村さん
ありがとう・ありがとう!
あなたは・やはり公正な愛国者です。
私も実を言うと「郵政民営化」については
それほど国政を左右するほどの重要問題だとは思っていません。
私が利用する郵便局の窓口も親切ですからね。
「(日本には)もっと重要な問題がある」
ということです。
柳生昴 | URL | 2008/04/15 (火) 14:21:08 [編集]
柳生さん

そんなに喜んでもらっても困りますが(笑)。

私は新自由主義はまったく支持していなくて大反対なのですが、新自由主義憎しだからと言って、左派の売国的行為や反日発言はスルーしてネオリベ信者とか親米保守だけ叩くというのも、どうもバランスを失った態度であるように感じています。

小泉氏が再登板してまた新自由主義的な政策をガリガリ進めるような状況にでもなれば、左派と組むのは、まあその場の対応としてわからないではありませんが、今の状況で、左派の売国をスルーして親米保守とかネオリベ信者のみ批判するというのは、私はちょっとそういう態度は取りたくないなあと思っています。

状況判断というのは何事にも勝って重要だと思いますので。
管理人 | URL | 2008/04/15 (火) 16:04:26 [編集]
ポリティカルコンパスをやっていて思ったことなのですが、結果を表示するときに縦横の二次元でひとつの軸が保守か革新か、もうひとつが左派か右派かというものでした。わりと単純化しても政治思想を分類するのにふたつくらいの軸が必要でそれが右か左かの一次元に縮退してしまっているというのはどう考えても問題で、これが混乱の元になっている気がします。経済政策的に右派といえば小泉流新自由主義が含まれますが、保守か革新かという観点からは小泉政治は完全に革新です。右という言葉が
経済右派と保守派を完全に混同しているし左という言葉も国家の管理、介入を重視する経済左派と政治体制的な意味での革新を混同しています。日村さんがここで右とおっしゃっているのは保守という意味で解釈していますが、経済政策的には極右が新自由主義、極左が共産主義とすれば中道左派ですかね。城内さんが保守派でありながら革新系の左派勢力のブログからも支持されているのは中道左派的な経済政策のせいだと思います。さらにいえば、諸悪の根源朝日新聞も革新という意味では左ですが、経済的には日村さんもびっくりの右派です。というわけで、何が言いたいかといいますと、左翼、右翼という言葉が完全に独立な二つのベクトルに対して使われてしまっているがために思考や議論に混乱をきたしていると思うところです。
jtake | URL | 2008/04/16 (水) 14:44:06 [編集]
jtakeさん、こんにちは

本来、ネオリベは本当は経済「左派」と呼ばれるべきなんですよね。右翼・左翼の定義にもどって考えれば。そこがおかしくなったは、アメリカもまた左翼国家だということが理解されていないのと同じ理由だと思います。

もともとの右翼・左翼はフランスの議会でどっちがわに座っていたかによるものですが、その当時はまだ共産主義はありませんでしたから、左翼と言ったら「自由」「平等」「人権」という人工的な概念をかかげて、既存の秩序を破壊しようとする人たち、歴史的・自生的に生まれた秩序や国柄みたいなものを人間の理性によって改造しようとする人たちのことを言ったわけです。

ようするに歴史破壊が左翼の特徴です。そういう視点で考えると、ソ連などの共産主義は「社会主義的な左翼」、アメリカの自由主義は「個人主義な左翼」と言えます。どっちも左翼なんですね。

したがって、共産主義の計画経済も、ネオリベの過剰な自由主義経済も、どちらも右派ではなく、左派なのです。

そして、経済で言えば、日本的経営を守れとか、経済における国柄を守って行こう、破壊せずに漸進的に改良するにとどめておこうという、そういう姿勢こそが本来は右派と呼ばれるべきなんですよね。

ようは、右翼・左翼の意味がいつのまにか右翼と言ったらタカ派的なものというイメージでゆがめられたため、また近代以降はアメリカにしろソ連にしろ、左翼ばっかりだったので、その中での違いを右左の違いとしてしまったあたりが混乱の原因かと思います。
管理人 | URL | 2008/04/17 (木) 09:51:02 [編集]
お返事どうもありがとうございます。
なるほど、原則に戻って考えればアメリカも左翼ですか。左翼右翼の定義を誤解していたようです。どうも本来のものとは違うイメージを植えつけてレッテル貼りに使われているせいかなにやら変だとは思っていたのですが。歴史や伝統に対する姿勢という線で切れば確かにしっくりといきます。

歴史や伝統といったものを破壊するのが左翼の特徴だとすると、科学万能主義みたいなものも、左翼の病気の一つですね。そうすると人間の知恵に対する過信というか思い上がりのようなものが左翼の病気の原因でしょうかね。科学は物事をなるべく単純化して理解しようとしますが、そもそも人間の頭で簡単に理解できるようなあまりに単純化されたモデルでは、社会の複雑に絡み合った構造など再現しきれないという科学の限界を認識しなければいけないんだろうと思います。そうすればおのずと長い時間の試用というものに耐えてきたものの価値を認識するところに行き着くと思うのですが。

しかし、いろいろな意味で科学的発展の限界を感じつつ先に飛び降りたら負けだとばかりにチキンレースに興じているのはなんとも居心地が悪いです。
jtake | URL | 2008/04/17 (木) 15:44:17 [編集]
おっしゃる通り、歴史や伝統に対する姿勢ですね、左右の境界は。

ただ、このことは一般には理解されておらず、西部邁氏くらいしか言っていないことです。この視点で左右を仕分けするのが一番スッキリすると私は思うんですが。

保守主義が右で、これに対しては進歩主義が左でしょうね。

そういう点で科学主義というか理性を過信して世の中を変えてゆこうというのは間違いなく左翼の特徴です。

私も、職業で言えば科学者の末席くらいに位置している人間ですが、jtakeさんのコメントの最後の部分には共感いたします。
管理人 | URL | 2008/04/18 (金) 09:56:13 [編集]
実は自分も少し科学をかじっている人間で、分野は生物系ではありませんが、日村さんの教え子の端っこに引っかかりそうな感じです。まあ、専門は専門、仕事は仕事としても、世の中の色々なことに興味を持っていたいとおもいますので、宜しくお願いします。
jtake | URL | 2008/04/18 (金) 12:20:07 [編集]
私も、なるべく狭い専門だけでなく、ものごとを複合的・総合的に見たいと思っています。こちらこそよろしくです。
管理人 | URL | 2008/04/18 (金) 14:32:30 [編集]
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