右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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東亜百年戦争という視点
このところ、映画「靖国」とかチベット問題など、わりと最近の時事問題を中心に書いてきましたので、世間の流れとは別の話題も書いておきたいとお思います。

今日の話は、旧ブログからのほとんどまるごと転載になりますが、以前に読んだ本でなかなか良かったものを紹介している文章なので、こちらのブログに移転しておきたいと思います。以下の4つの本です。

佐藤優「日米開戦の真実~大川周明『米英東亜侵略史』を読み解く」
林房雄「大東亜戦争肯定論」
富岡幸一郎「新大東亜戦争肯定論」
中村粲「大東亜戦争への道」
以下、旧ブログより。

まず一番良かったのが、佐藤優「日米開戦の真実」。これは結構スラスラ読める。
日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く
(2006/04/22)
佐藤 優

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内容は、大川周明の書いた「米英東亜侵略史」を全文掲載し、それに佐藤優が解説をくわえているというもの。

この大川周明の「米英東亜侵略史」は、日米開戦にあたって日本政府は戦争の目的とそこに至った経緯を国民に対して論理的かつ実証的に説明することを試みたのだが、その一環として大川周明がラジオ番組の連続講話を行った。その速記録をもとに単行本化されたものだそうだ。

これは当時発売されるやベストセラーとなったらしく、これを読むと日本がなぜアメリカやイギリスとの戦争に至らなければならなかったのかがよくわかる内容となっており、しかもそれが「鬼畜米英」と言った過激なプロパガンダなどではなく、きわめて冷静に客観的事実をつみあげて説明されている、ごく冷静な主張となっている。当時の日本政府は国民にたいして開戦に至った経緯の説明責任を十分に果たしていたと考えられる。

この本を読めば、当時の国民は国家指導者に騙されて戦争に突入したのでもなければ、日本人が集団ヒステリーをおこして侵略主義に走ったわけでもなく、日本は当時の国際ルールの範囲内で常に行動しながら、じりじりと破滅へと追い込まれていったのだということがよくわかる。日本には十分に大義はあったが、正しいものが必ず勝つとは限らないのである。

しかしそれは避けようのない戦争であった。戦争を避けるために日本がアメリカに対して妥協を繰り返せば、結局、日本はアメリカの保護国というか属国、準植民地になる運命から逃れることができなかったに違いない。

このような大川周明の文章に、さらに佐藤優が彼流の歴史に関する解説を行っている。そして現代においてもその歴史から学ぶという姿勢が見られて大変参考になる。たとえばイギリスの帝国主義と現代のアメリカの新自由主義・自由貿易・グローバリズムに共通点が見られることなどの指摘はなるほどと思わされた。大東亜戦争から多少話はそれるが、その部分を引用してみると

 イギリスが帝国をもつことを可能にしたのが資本主義だ。これを自由主義と言い換えてもいい。競争に最も強い国家は、自由貿易を唱える。イギリスは、主観的には自由で平等なルールを国際社会に適用すべきという公正な主張を行っているが、客観的に見るならば「駆け足で一位になった者がすべてをとる」という平等な「ゲームのルール」は、いちばん足が速い者以外にとっては、いつも負けが約束されているに過ぎない。先に柄谷行人が述べたように、現在アメリカが唱える新自由主義も、基本的には19世紀にイギリスが提唱した自由主義を繰り返しているに過ぎない。

 大川周明はレーニン主義の植民地解放理論に対しては強い関心をもっていたが、マルクス主義、特にマルクスが『資本論』で展開した資本主義の内在的論理に関する関心は稀薄だった。しかし、自由主義が帝国をつくりだすという論理連関を大川は正確にとらえていた。大川はある民族が他の民族を支配・抑圧するような体制を望まない。従って、必然的に支配-従属の構造をもたらす自由主義的資本主義に対しては忌避反応を示すのである。大川周明の思想とライブドアの掘江貴文前社長が述べた「カネで全てを買うことができる」、「稼ぐが勝ち」といった類の新自由主義的世界観は全く噛み合わないのである。

新自由主義を進める個々の主体は自己の利益を追求しているのであるにすぎないが、その結果、日本国家、日本民族が解体されてしまい、結果として最強国であるアメリカに日本が全面的に従属してしまうことになる。新自由主義も現実の世界で実現されるためには、最終的に経済主体の活動を保証するカの後ろ盾が必要になる。それは最強国、すなわち現下の状況においてはアメリカ合衆国しかないのである。19世紀の自由主義が大英帝国を後ろ盾にしたのと同じ構造である。歴史は繰り返すのである。

特に、太字にはしなかったが、最後の段落に書いてある内容は私が日頃なんとなく感じている不安を適格に表現してくれている。まさに歴史は繰り返しているし、日本がアメリカに対して二度とさからえない国、二度と戦争できない国になってしまった現在の日本は、さらにアメリカへの隷属の度合を増している。

あの時代において、戦争を避けるために日本がアメリカに対して妥協を繰り返せば、結局、日本はアメリカの保護国というか属国、準植民地になる運命から逃れることができなかったに違いないと上で書いた。

現代においては戦争という極端な形ではないにしろ、アメリカに対してしっかりとした交渉もせずただ隷属するばかりでは、おそらくあの戦争を回避してアメリカに対して妥協を繰り返した場合の未来と重なる未来が待ち受けているのではないかと思う。つまりその結果、日本国家、日本民族が解体されてしまい、結果として最強国であるアメリカに日本が全面的に従属してしまうことになるだろう。

ちょっと話がそれたが、この本では少なくとも当時の日本は開戦にあたって大義名分をしっかりと持っていたし、アジア国家としての筋を十分すぎるほと通している。しかし正しいもの・正義がかならず勝つとは限らないというのも現実である。帝国主義の時代に戦争は避けられないものであり、明治維新以来必然のものであっただろう。

ちなみに明治維新の前から大東亜戦争までを、日本の長い一つの戦争と見てそれを「東亜百年戦争」と捉えて肯定的評価をこころみた本がある。林房雄の「大東亜戦争肯定論」だ。

大東亜戦争肯定論大東亜戦争肯定論
(2001/08)
林 房雄

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この東亜百年戦争はたしかに「無謀な戦争」であったが、しかしそれゆえにただ愚かな戦いであり、無意味なもの、今日から見れば誤った否定すべきものであったと本当に言えるのか、戦後の進歩的歴史学者が主張するように、帝国主義的な侵略戦争と決めつけて済むようなものなのか、ということを問い直した本。

幕末の薩英戦争と馬関戦争を侵略戦争と呼ぶ歴史家はさすがにいない。しかも大東亜戦争という「無謀きわまる戦争」の原型はこの二つの小戦争の中にある。この百年間、日本は戦闘に買っても、戦争に勝ったことは一度もなかった。(中略)「東亜百年戦争」の中のどの戦争においても、申し合わせたように「勝敗を度外においた、やむにやまれぬ戦争」という言葉がつかわれていることに注意していただきたい。これはただの戦争修辞でも偶然でもない。それを戦った日本人の実感であり、本音であったのだ。

つまり、著者の主張は、あの戦争を日本の歴史のなかで、どのように正しく位置づけるかを試みたものであって、「大東亜戦争肯定論」というタイトルからうける印象とは違って、戦争そのものを肯定するわけではない。

ここでのこころみは、戦後の日本に蔓延している歴史的客観主義や実証主義を装った戦後的歴史観やイデオロギーによる呪縛からあの戦争を解き放ち、戦争を戦った日本人の実感により、あの戦争を正しく位置づけしなおす作業であると言える。

ちなみにこの本は、そのタイトルのせいで長年埋もれてきた。2001年になってようやく夏目書房から復刊となったのである。このタイトルのために「世間の偏見」と戦後の風潮によって意図的に抹殺されてきた。復刊にあたっては出版社の側もそうとうの覚悟を持って望んだようである。

大東亜戦争に対して再評価しようという声はここ2-3年になって急速に高まりつつあるように思うので、この本の復刊にあたる担当者の覚悟というのは最近ではピンと来ないが、つい5-6年ほど前までは、あの戦争に関して1ミリでも肯定しようものなら、それこそ言論人にあってはありとあらゆるメディアから批判され社会的地位をうばわれかねないほどのリスクがあったということだ。

このこと一つとってみても、戦後の日本には決して「言論の自由」などなかった、というか、一部の人間にとって都合の良い「自由」にすぎなかったことは明らかである。

左翼は言論弾圧は国家権力が行うものと決めつけているが、マスコミが自分たちの意にそぐわない言論を封殺しようとする良い例であると思う。何よりマスコミというのは既得権にすぎない。ネットの登場がマスコミの検証を可能にした最近になって、ようやくその風向きがかわってきたのだ。

ちなみに林房雄の「大東亜戦争肯定論」の解説を書いている富岡幸一郎氏が「新大東亜戦争肯定論」というのを書かれている。

新大東亜戦争肯定論新大東亜戦争肯定論
(2006/08)
富岡 幸一郎

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この本を今途中まで読んでいるが、これもなかなか興味深い内容になっている。いずれこの本の内容についても詳しく紹介させていただきたいと思う。

ちなみに、これらの本は大東亜戦争を思想的なことも含めて広く捉え直す内容になっており、戦争の事実を順番に客観的にならべた歴史書とはちょっと違う。

つまり以上の本はいずれも日本の戦った戦争が勝ち目のない戦争、無謀な戦争であったとしてもそれはかならずしも無意味な戦争ではなかったということを捉え直す内容になっている。

さらに歴史的事実を再検証することで、あの戦争は侵略戦争と言って片づけられるものではない、避けようのない戦争であったと歴史的事実を積み上げつつ肯定的に評価している本が中村粲氏の「大東亜戦争への道」だろう。

大東亜戦争への道大東亜戦争への道
(1990/12)
中村 粲

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この本は戦後の自虐史観を排して、日本が開戦に至るまでの道程を明治の始めから順を追って巨視的かつ克明に記述している。この本の内容を完璧に理解して記憶すれば、あの戦争に関して誰とどのようなディベートしても負けることがないと思えるほどの内容になっている。

もしお時間のある方は、あわせて読まれることをおすすめします。でもかなりのページ数でそう簡単には読み終わらないと思いますが。私も、持ってはいるものの、とても隅々までまだ読めていません。

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コメント
この記事へのコメント
マッコイさんこと日村さん、お久しぶりです。

ブログを再開され、更にバッサバッサと世を切って下さり、有難うございます。私も微力ながら応援させて頂きます。ブログランキング、クリック!!クリック!!です。

今回の投稿では、日村さんに1000%同意いたします。
さらに、『チベットの独立』を叫ぶ事も大事なのですが、『真の日本独立』も叫んでいかなければと思いを強く致しました。

本当の独立国にはまだまだ遠い我が国。
溜息が出てしまいますが、凹んでは居られません。
行動在るのみです。今回のチベット問題のお陰で、日本人一人一人が考え行動する事を学び、それがいつしか大きな波となって、日本人の為の日本を創って行ければと思っています。
とまき | URL | 2008/04/12 (土) 19:10:13 [編集]
とまきさん

どうもお久しぶりです。応援コメントありがとうございます。

他国に搾取されるしくみがどんどん強化されつつある昨今、『真の日本独立』こそ最大の国益だと思っています。

今後ともよろしくお願い致します。
管理人 | URL | 2008/04/13 (日) 10:11:52 [編集]
こんにちは。はじめまして。色々な本が最近はでてますね。時間があれば読んでみたいですね。このままいけば、大東亜戦争の敗戦とおなじように、日本人は3回目の敗戦を迎え、米国のいるみなりていにより、日本はグローバル化と他民族共生により解体され、亡国し、最後は民族の滅亡にいたるとおもいますが。危ないとおもいます。大川周明は梅毒と言うのは嘘で南進を東条に吹き込み敗戦革命を行ったコミンテルンのスパイだから不起訴になり釈放されたとの話がありますが。政治の裏は永久に大衆には解からないのでは。
英雄 | URL | 2008/04/14 (月) 00:57:00 [編集]
英雄さん、コメントありがとうございます。

私は個人的に陰謀論はあまり信じていないのですが、たしかに裏側はわかりませんね。検証不可能だとも思いますし。でも、そういう仮想敵を作らなくても大事なものを守って行ける気概くらいは保ちたいと思いますね。
管理人 | URL | 2008/04/14 (月) 08:57:53 [編集]
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