右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
人気ブログランキングへ にほんブログ村 政治ブログへ

コメント歓迎ですが「こちら」をお読み下さい。

「見て批判を」は卑劣な言い方(映画「靖国」)
映画「靖国」について、数日前に書きましたが(映画「靖国」上映中止に見るご都合主義的な「表現の自由」)、このコメント欄で、一人のコメントの書き方が多少皮肉っぽかったことに私が逆上してしまって、自らコメント欄を荒らすというような醜態を晒してしまいましたが、まあそうやって人格もさらすことで、信用を得ることもあれば、今回のように失うこともある、笑われることもあるというのは当然のことです。

私はこのブログで時々「道徳」だの何だのと、かなり偉そうなことを書くことが多いですが、日常生活はホント、小市民ですから、まあ実際の自分に近いものをたまには正直に出せればと思って、コメント欄で暴れてみました(笑)。

それはどうでもよくて、映画「靖国」の話題ですが、「批判するなら映画を見てから」ということが当たり前のように言われていますが、これなど、逃げもしくは偽善のさいたるもので、卑怯者の常套句だと思います。
インターネットで無料で見られるようなものなら誰でも議論できるでしょうが、映画館に行って金を払って見ないと議論できないということになるのですから、これはおかしな話です。実質的に批判を封じようとするものです。

もちろん、その細かい内容とか映画の出来不出来については見なければ論じようがありません。しかし、少なくとも私がブログで取り上げた論点のほとんどは、映画の内容とは関係の無いものですから、論じるのに映画を見る必要はありません。

また、映画を見た人間の言うことが信用できるかと言うと、それも微妙なところがあります。上手に作ってある映画ならば、洗脳されてしまうことも考えられます。今回のようなプロパガンダ映画の疑いがあるものを見てしまうと、洗脳される可能性もありますし、余計なことが頭に刷り込まれないとも限りません。

この手の映画の場合見てから批判をしろというのは、卑怯な宣伝の可能性すらあります。従って、右派は「南京の真実」という映画についても、「見てから批判しろ」ということはできないと私は考えています。問題が政治化するのは避けられません。

と言うか、話をもどしますと、私の前回の3つの論点のいずれについても、議論するのに映画を見る必要はありませんでした。

まず、こういう映画に助成金を出すことの当否や善悪について、稲田議員が抵当な手続きをふんで内容を確認したのは検閲だというのが言いがかりであるという点、この2点はおまけですから、これは穴だらけで、それについてははじめから断っています。

それから何より、都合良く「表現の自由」を振りかざすマスコミ自身が街宣車による言論弾圧をのさばらせているのだという点を論じるのに映画を見る必要はありません。

警察が何故、街宣車を取り締まることを躊躇するかと言うと、法律が甘いことと、マスコミによって表現の自由が過剰にもてはやされていることから、警察も取り締まりに躊躇する風潮ができあがってしまっているのです。日頃から警察の足をひっぱっているマスコミの責任が大きいのです。

話をちょっともどしますと、助成金を出すことの当否を論じる場合に、若干内容について吟味する必要もあるかもしれませんが、「靖国」を映画で扱うことがもうすでに政治的な行為ですし、こういう題材を選んだ以上、事態が政治化するのは当然のことです。

日本がまともな国ならば、国家のために倒れた人々を祀る靖国神社は国家として守って行かなければならないわけですから、本来ならば、靖国神社を守るための映画ならば、税金を使っても良い、助成金を出して良いということになります。

ところが、内容がそうではない、微妙である、というのならば、即、税金を投入するのはおかしいのです(日本がまともな国ならばの話)。

しかし、実際の戦後の日本では、GHQやマスコミに洗脳された人たちが靖国を貶めたくてしょうがない状態になっている、そういうとんでもない人間が多いわけですから、問題が政治化してしまいます。

そういう、イデオロギーを含む疑いのある映画に税金を出すのがおかしいのは当然です。

何より私は「言論の自由」を声高に叫んでいる者たちが、これまた「批判は映画を見てからにしろ」と、他人の言論の自由には平然と制限を加えるようなことを言って平然としているという点に偽善を感じます。恥知らずな奴らめと、侮蔑せずにはいられません。

映画を見なければできない批判、見なくてもできる批判、どちらも存在します。

それを、とにかく「批判するなら見てから」などと言うのは、しかも、現状のように、見る手段がや見る場がごく小さく限定された映画について「見てからものを言え」なんてことを言うのは、実質的に「何も言うな」と言っているようなものです。

『映画「靖国」の批判は映画を見てから』などと言う人間を、卑怯者のご都合主義者として、私はまったく信用しません。

↓クリックしていただけると書く意欲が増します。


↓お手数おかけしますが、こちらもクリックしていただけると助かります。
にほんブログ村 政治ブログへ
コメント
この記事へのコメント
靖国
映画「靖国」上映中止が言論・表現の自由に関わる問題だと、多くのマスコミが問題視しているが、思い出されるのが、映画「プライド・運命の瞬間」だ。
 上映当時はマスコミで「戦争を美化する」と大騒ぎになった。
教職員組合や映画制作会社関連の労組、各左翼団体による上映反対運動や上映映画館に対する脅迫が行われたのだ。
映画労連などは、この映画やムルデカ17805については上映反対をしつつ、靖国 YASUKUNIについては表現の自由を守って上映をしろと主張するなど、イデオロギーからの二重基準による訴えをした。
やまかわ | URL | 2008/04/07 (月) 22:35:42 [編集]
やまかわさん

コメントありがとうございます。おっしゃる通り、マスコミはダブルスタンダードで自分たちに都合の良い言論の自由のみを押し通そうとしているだけなんですよね。

言論が自由というなら、戦争を美化しようがクサそうが自由なはずですが、戦争をちょっとでも正当化するものはどんなことをしても排除するくせに、街宣車と対してかわりないですよね。

マスコミで悪者のように報道されるのも街宣車の人たちにそごまれるのも、同じように恐ろしいことです。
管理人 | URL | 2008/04/08 (火) 08:34:11 [編集]
私は見ない「自由」を選びたいと思います。
しかし、それでもこの映画の製作費の助成を
文化庁が税金を使ったと言う事に対し
疑義を持ちますし、批判しますが、それも自由であろうと思います。

そして私も映画「プライド」上映に際してのマスコミの
攻撃を、今度の事で思い出していました。
あの頃、サンプロで田原氏がこの監督に対し
質問と言う形を取りながら糾弾していたのを
覚えています。マスコミ全体で「プライド」は「戦争賛美」
「東條擁護」だと声高に騒いでいました。
上映中止にせよとの声もありました。
今回の言い分とまるで逆であり、マスコミの恐ろしさを痛感します。何も知らない人は「表現の自由」が侵されては為らないわな・・・と、単純に思ってしまうでしょう。
やはり腐っても鯛、マスコミの影響力は大きいのです。それだけに罪が深いと思います。憤りを覚えます。
翡翠(ひすい) | URL | 2008/04/08 (火) 18:17:40 [編集]
>翡翠さん

まったく、上映にわざわざ反対して騒いだ右翼はヤブヘビな事をしてくれたものだと思いますが、マスコミは絶好のネタをもらったとばかりに、喜んでいることでしょうね。マスコミのやっていることはこの映画の宣伝とも言えるものですから。

ホント、プライドの時はさんざんレッテル貼りしまくりだったのに、この映画に関しては「内容を見てから判断しましょう」なんてきれい事を言って、ダブルスタンダードもいいかげんにしろって感じですね。

そして何より許せないのは、稲田議員への言いがかりですね。

税金の使い道を糾すのは国民の代表である国会議員の努めですから、まともにつとめを果たしている議員にイチャモンつけるようなことをするのは、思想的にマスコミと異なる彼女へのアンチ運動みたいものでしょうね。
管理人 | URL | 2008/04/08 (火) 18:32:00 [編集]
問題点を少し明確にするために
まさか、とは思いますけど、これって私への批判のつもりではないですよね?
まぁ、多分、違いますね。私以外の誰かへ向けたものでしょうから。
でも一応、念のために言います。私は「靖国」を巡る状況について何も言うななどとは言っていませんからね。
私は「靖国」の『内容』について何かを言うなら見てからの方がよろしかろうとご忠言申し上げただけのことです。
ただ、私の忠言を無視して何かおっしゃってもそれはもちろん自由ですし、どうぞお好きなようになさるのが良いでしょう、と再三コメントでは申し上げていますから、
「他人の言論の自由には平然と制限を加えるようなことを言って平然としているという点に偽善を感じます。恥知らずな奴らめと、侮蔑せずにはいられません。」などと言われてしまうのは私以外の誰かということになりますよね?
違いますか?随分嫌われているようなので私のことを言われているのではないかと不安で仕方ありません。

閑話休題。
私はどんな映画であろうと上映を中止に追い込もうとするような圧力は排除すべきであると考えるので、上にあるコメントの内容にはおおよそ同意できるわけです。
ですから、いないとは思いますが『「プライド」の時は上映反対したくせに「靖国」は表現の自由だから上映しろとはなんたるダブルスタンダード!そんな奴らの大好きな「靖国」の上映は断固反対!』とかいうやつがいたとしたら、そいつはただの馬鹿なので放っておくのが一番でしょう。ダブルスタンダードをダブルスタンダードで批判する典型ですよね。
どちらの映画も公開されなければなりません。
関連して。
稲田議員の行動についてはやはり問題があると言わざるを得ません。
助成金の出た経緯について問題にするのは「税金の使い道を糾すのは国民の代表である国会議員の努め」でしょうから、彼女自身の思想・信条に照らして経緯に問題があると思うのなら糺すのは自然なことですし、それ自体は結構なことであろうと思います。
ただ、問題は公開前にそういった行動にでたということです。
基本的に、1「公開前に」2「公権力が」3「表現物の内容について可否の判断をすること」を検閲というわけです。
そこで、助成金の審査はとうぜん内容に踏み込まなければ判断できませんから、検閲にならないようにするために、行政から独立した専門委員会に支給の是非の判断を任せているわけです。(「公権力が」という条件に当てはまらないようにすることで検閲にならないようにしているということ)
で、国会議員という公権力に属する人間が公開前に内容の是非を確認したいから試写をしろと要求することは、判例ベースでいうと、国会議員の行為が検閲に当たるかどうかは微妙なところですが、学説ベースでいえば検閲に類似する行為だと言われても仕方ないかなというような、非常に微妙な行動だと言わざるを得ません。
そういう意味で、稲田議員の行動は、自身の政治的影響力の大きさに無自覚なデリカシーに欠けた行動だったと言えましょう。
助成金支給の経緯やその当否について問題にするなら公開後にするべきでしたし、そうしていれば検閲だと騒がれることもなかったはずです(「公開前に」という条件から外れるから)。
公開前だろうと公開後だろうと、結局は誰かの責任を追及するか、助成金の返還請求をするかぐらいしかないのですから、あえて公開前というデリケートな時期に、国会議員という立場で助成金の審査(内容を確認し判断すること)に口を出さなくてもいいでしょう。
公開後になら専門委員会でも制作側でもご自由に追及すればいいでしょう。というか、そういうことをするのなら公開後にするべきだというのが自由な民主主義社会の鉄則でありましょう。
ですから、私は稲田議員の行動を批判します。
思想信条という点でも稲田議員とは相容れないものがあるでしょうが、そんなものはどうでもよろしい。私と同じような意見の人しかいない世の中なんて不気味すぎます。一つの思想が支配する社会には一つもろくなものがなかったのですから。
彼女が、個人として自信の思想・信条に基づいて映画について何を思おうと自由です。まったく制限がない。
しかし、彼女は国会議員であるから、公開前の行動についてはもっと慎重になって然るべきであったし、そうしなかったという一点において私は稲田議員を批判するのです。
公開後であれば、国会議員である彼女が映画の内容について、映画の内容に踏み込まなければ判断できない助成金支給の可否について、何を言おうがどういう活動をしようが私は何も言いません。そうした行動は彼女の職務として正当化できるものです。
しかし、今回の公開前の行動は、国会議員であるからこそ問題だと私は思うのです。
私は権力を持つものはそのことに自覚的でなければならないと思います。
検閲が許されるのは独裁国家(もちろん中共含む)くらいなもんです。
健全な民主主義社会でありつづけるためには検閲など許してはならんのです(これは私の意見。私見では最高裁判例は検閲の主体を制限しすぎていると思うが、こういうことを言えるのはこの国に表現の自由があるからだ!)。
検閲がなければ社会は健全にならないのだというのも自由ですが、そういう人がどこかにいるとすれば、私はその人と政治的に闘争しなければなりません。その人と私の自由を守るために。
お人好し左翼スイーツ(笑) | URL | 2008/04/08 (火) 22:14:43 [編集]
公権力の表現の自由への介入には断固反対です
日村さまがエントリで書かれていますが、稲田議員も政治的イデオロギー性の高い映画に助成金という形で税金を投じることへの疑義という点においては「靖国」というタイトルだけで政治問題化すると判断してもよかったのでしょうが、そうすると「文句があるなら映画を見てから言え」というデフォな反論が山ほど来るのでしょうね。
ところで事前の検閲であろうが公開後の問題化であろうが、国会議員が映画の上映そのものについて圧力をかけるのは公権力による表現の自由に対する侵害であり憲法違反の可能性が濃厚です。なので、折衷論をとられるお人好し左翼スイーツ(笑)さまのご意見には賛同できかねます。いかなるタイミングであろうと国会議員が映画上映に圧力をかけてはいけません、断固として!
で、「検閲」によって稲田議員が権限を濫用して上映に圧力をかけた、あるいは公権力によって映画館が(本来は上映したかったのに)強制的に妨害されたという事実はあるのでしょうか。
さらに、左からの炊きつけがあろうが右からの街宣車の抗議があろうが、公的権力からの中止命令や強制的な差し押さえでも無い限り、上映するもしないも映画館の営業の自由である、などと身もフタもない見方もありますが。
ROM太郎 | URL | 2008/04/09 (水) 00:53:01 [編集]
稲田議員の行動
もしかしたら、ご自身の影響力を認識しているが故の権力行使なのかもしれませんね。
それを「検閲だ」「表現の自由の侵害だ」と仰るご意見もあるのでしょうが、それは常識を弁えない自由原理主義的なものに思えます。

日本のために命を捧げた方々を顕彰し慰霊する國神社という国家や信仰の象徴的存在を、揶揄する・貶めるような「自由」というのはあるのでしょうか?それこそ「理外の理」というやつで、まともな常識があればそのような無礼は慎むのが当然です。
が、国旗・国歌問題にみるように、今の日本ではそういう常識すらまともに機能していない(この場合は助成金を出す文化庁と専門委員会?)ので、稲田議員くらい敏感な方はご自身の影響力をもって注意喚起されたのかもしれません(あくまで想像ですが)。

ガソリン税に大騒ぎする割には、軍事費2桁増を続ける国連安保理常任理事国へのODA拠出を問題視しないといったふうに、税金の使われ方に対する批判も的外れだったり、国家の尊厳に無頓着だったりする部分も危惧されたのではないかと想像します。
それに、反日宣伝から日本の子供達を守る日本人の「自衛の自由」もあるはずですからね。
海驢 | URL | 2008/04/09 (水) 01:20:36 [編集]
昨日の晩に、スイーツさんのコメントを見て、「よし、明日はたっぷりと徹底的に反論してやろう!」と思っていたんですが、ROM太郎さんや海驢さんが程良く反論してくださっているようで、手間が省けました。

まあ、私がレスすると荒れるので(笑)、このほうが良かったと思います。

ちなみに、このタイトルは、スイーツさんとは何の関係もありません。他のブログ(お玉だかロリコン女風の気色悪いアニメ絵みたいなのが出ているセレナだか言うブログのどっちか忘れた)で見かけたもので。

だいたい、たった一政治家が、国家権力だと言うのは大げさなんですよ。

これまた左翼脳の典型的な発想なのですよね。典型なのは、まるで状況がまるで違うのに、外国の例を出して「日本は違う~~~」というのが一つ。

もう一つが、これまた状況が違うのに、戦前とのわずかな共通点のみを取り上げて「戦前回帰だ~~~」と騒ぐ。

愚かなことです。まるで状況が違うでしょうと。戦前は体制側の権力があまりに圧倒的に強すぎましたから、そういう状況で体制側の人間がこういうことをするならば、それを権力の暴走と言えなくもありません。

しかし、今の日本政府の政治家も官僚も、とても矮小で弱っちい存在です、というのは誇張であるにしても、マスコミこそが最大の権力ですからね。政治家などマスコミの思うがママです。強さのレベルが違うんですよ。

そもそも民主主義バンザイな人たちほど、政治家が何かすることを権力の暴走と言いますが、そいつらを選んでいるのは国民なんですからね。民主主義マンセーならその結果に従う、選ばれたものには国民の崇高なる権利の行使者であるはずです。私みたいに日頃から民主主義を批判している人間が「政治家が偉そうにするな」というならわかりますが民主主義マンセー左翼は言っていることを自分に都合良く解釈しすぎなんですよ。

民主制では、特に日本のような議会制の民主制ならば、国民に選ばれた代表がチェックする(圧力はかけるではない)のはあたりまえで、誰に選ばれた訳でもないマスコミ連中が正義ヅラしている今の世の中のほうが、そもそもおかしいんですよ。マスコミにはそんな資格ありませんが、マスコミこそ国家権力以上の権力なのです。

しかも政治家はマスコミに常に批判されますが、マスコミが批判されることはありません。そんなマスコミに完全に洗脳されている左翼はものを言う資格がそもそも無いと思いますよ。マスコミ文化人の劣化コピーみたいな言論は聞き飽きました。

それに事前のチェックが検閲ならば、教科書検定とかからまず文句を言ったらどうですか?あれこそ官僚による検閲ではありませんか?

稲田議員は、映画への助成へのあり方についてしっかりと考えるために、とても勇気ある行動をとってくれたと思います。

言いがかりをつけるマスコミ左翼連中にまけずに頑張って欲しいと思いますね。

・・・と結局はレスしてしまいましたね(笑)。
管理人 | URL | 2008/04/09 (水) 08:47:14 [編集]
みなさんシャドーボクシングが好きなんですね。
ですから、稲田議員は公開後にその影響力をもって不正と思われることについて糺せばよかったといっているのです。それなら何の問題もないのですから。
また、一議員を国家権力だといっているというのも曲解です。国会議員は国家権力を構成する重要な要素であるからこそ公権力に属する存在であるということに自覚的でなければならないといっているのです。
例えば、「プライド」やチャンネル桜の番組に対してそれを問題だと考える左派の一部の議員が公開・放送前にその内容を問題視して、公開・放送前に内容をチェックさせろなどと言ってきたら、当然あなたがたはそれを公権力を背景にした我々の表現の自由への侵害行為だと認識するのではありませんか?
実際そのような事が行われるとすれば、それはまさに私が稲田議員の今回の行動を批判するのと同じ理由で批判されるべき行動です。まさに検閲に類する行為でありましょう。そういう連中は右派左派以前に議員としての資質に問題があると私は批判します。
そういうことがしたいなら憲法21条を改正し、法律を制定してからやりなさい。検閲したいなら検閲ができるように法を作り替えていくのが議員の役目であり政治です。

「日本のために命を捧げた方々を顕彰し慰霊する國神社という国家や信仰の象徴的存在を、揶揄する・貶めるような「自由」というのはあるのでしょうか?それこそ「理外の理」というやつで、まともな常識があればそのような無礼は慎むのが当然です。」というのであれば、そうした常識に基づいて靖国の尊さを謳い、それを傷つけるものを批判するという「自由」を守るためにも公権力による表現物への事前のチェックを許してはなりません。
稲田議員の行動を擁護するとき、左派議員の同様の行動によってあなたがたの表現の自由が制限されるかもしれないという危険性に自覚的ではないというのはまったく平
和ボケというほかない態度であります。

教科書検定とかからまず文句を言ったらどうですか?というのはネタですか?論点をずらす効果しか持ちませんから答える必要もないものと思いますが、一応言っておきますと、当然私の意見では教科書検定は検閲に類するものであるから廃止すべきです。
検定の目的は「教科書」であるから記述された事実関係に誤りがないかどうかをチェックするという、まぁ建前としては理解できる穏当なものですし、実際の運用面でも問題となる事例もそれほど多くはありません。また、教科書検定に不合格でも公表そのものが差し止められるわけではないことも存続の理由になっているのでしょう。
しかし、事実関係の記述についてのチェックなどは執筆者・出版社が行えばいいことですし、誤りがあれば執筆者・出版社が批判されればいいだけのことでであり、そうした批判の自由もあるのだから、何も官僚がわざわざ税金を使ってチェックする必要などないのだから、検閲に類似する行為である教科書検定は廃止すべきだというのが私の考えです。
「新しい歴史教科書」だって検定意見を受けて修正せざるを得ず、また検定を通らせるために随分、本来したかった主張を薄めた記述にせざるを得なかったわけでしょう。右翼も当然教科書検定には反対すべきです。
あんな軟派な歴史教科書に満足しないもっと硬派な自由主義史観に基づく教科書だってあっていいし、ID論に基づく歴史教科書や、それぞれの宗教的関心によって編纂された教科書があってもいいのです。
お人好し左翼スイーツ(笑) | URL | 2008/04/09 (水) 10:39:21 [編集]
だったら自分で教科書出してみなさいよ。
当時のわかったような評論家連中もそうでしたが
現実不可能な提案をするのは詭弁でしょ。
どうみても検定の是非のレベルまで議論が高まっていた状況ではなく、
教科書へ新規参入ができるかできないかのレベルでした。

それに現実問題、変な教科書を使っていたら
その子供は大学入試の際に圧倒的に不利になるんですよ。
歴史なんぞ試験に出るからやってるだけです。
h | URL | 2008/04/09 (水) 11:06:56 [編集]
お人好し左翼スイーツ(笑)さんが言ってるのは正論ですが、そりゃ正論言えば自分に有利だから(というか自分の自我が保てるから)言ってるだけですね。

これが靖国賛美映画で同じことをいってるわけがないので。

それにこの手の映画は販売戦略として「弾圧されている!」というポーズをとりたがるって側面は見逃せないでしょう。
稲田さんはそれの良い攻撃目標になった。
そして良い宣伝になりました。

宣伝したってこんな映画見るわけないだろって感じもしますが、
学校の教材として末永く使われ、「そもそも靖国神社ってなんだよ、どうでもいいよそんなこと。」と子供たちをうんざりさせることでしょう。
h | URL | 2008/04/09 (水) 11:50:39 [編集]
いつまで藁人形を編むおつもりですか?
>これが靖国賛美映画で同じことをいってるわけがないので。

それは誰のことですか?なぜ私がそのような人物であると決めつけるのですか?
私の発言内容からそういう人物像が浮かんでくるというのは実に不可解なことです。
もしかして名前に「左翼」っていう言葉が含まれているからですか?まさかね。それはないでしょう。
私はどんな映画であろうと同じように言います。公権力による公開前の内容チェックは厳に避けられるべきものです。
私は映画の内容によって表現の自由の適用範囲を恣意的に拡大縮小するようなダブルスタンダードには陥っていません。

>だったら自分で教科書出してみなさいよ。

そのように言われて新しい歴史教科書をつくる会の人たちは頑張ったわけでしょう。そもそも検定制度などという検閲行為がなければもっと楽に事は進んだはずです。
検定で修正されなかった本当に言いたかったことの書かれた「新しい歴史教科書」を教科書として使ってもらうこともできたでしょう。
ただ、採択に関してはそれぞれの地域で教育委員会が判断することなのだから、こういう教科書を採択して欲しい、こういう教科書は採択して欲しくないというのであればそれぞれそう働きかけるというのが政治です。
私の思うように世界は動かない。あなたの思うようにも世界は動かない。しかしそれぞれがそれぞれの理想を実現するために現実の世界に働きかけていくというのが政治です。
自身の理想が正しいと思うのであればそれを主張し、そう思っていない人にその正しさを分かってもらうよう説得していき、納得してもらう。そのようにして賛同者を増やしていく。民主主義というのはこのようなものです。
執筆者はそれぞれの教科書の優れた点を縷々説明し、そのすばらしさを認識してもらい、その採択を働きかければよろしい。そうでないと思う人は反対すればいい。
自虐史観に基づいた教科書が素晴らしいと思う人はそういう教科書の採択を働きかければいい、そうでないひとはそれに反対すればいい。
大学入試に有利な教科書を採択させたいのならそのように働きかけるべきです。
しかし、働きかけても結果が思うようにならないことはよくあるでしょう。それはどの人にとっても同じ事です。思うようにならない現実に理想を持って取り組み続けるのが政治というものです。あきらめたらそこで試合終了なのです。
あいつはきっとああいう風に思っているに違いないから対話するのは無駄だなんていうのは批判にも値しない態度です。自説の正しさに自信があるなら、自説に異を唱える人にその自説の正しさをもって説得をつづけるべきなのです。
部分的にであれ主張に重なる点があればその点に限ってはむしろ共闘すべきでしょう。
私が上のコメントで縷々述べたことは私が正しいと思い、かつあなたがたの賛同も得られるだろうと思ったことです。
しかればこそ、hさんは正論だとおっしゃったわけでしょう。
私は「実際そのような事が行われるとすれば、それはまさに私が稲田議員の今回の行動を批判するのと同じ理由で批判されるべき行動です。まさに検閲に類する行為でありましょう。そういう連中は右派左派以前に議員としての資質に問題があると私は批判します。 」と明言しているにもかかわらずあえて「これが靖国賛美映画で同じことをいってるわけがないので。」という捏造とも言うべき憶測をする理由がどこにあるというのですか?(当然のことですが「プライド」が靖国賛美映画だなどと言うつもりはありません。靖国賛美映画だろうと靖国批判映画だろうと無害なエンターテイメント映画であろうとなんだろうと私はどのような映画に対しても検閲に類するような行動があればそれを批判するといっているのです。)
それこそご自身の自我を守るためではありませんか?違いますかそうですか。
なぜですか?
お人好し左翼スイーツ(笑) | URL | 2008/04/09 (水) 13:40:31 [編集]
理屈じゃないね
管理人さんへ、この問題は理屈じゃないね、感情だよ。いくら話し合っても片付かないね。まあ、世の中片付かない方が良い事もあるのさ・・。稲田議員を=権力=検閲、と言う連中とは話し合うだけ時間の無駄だよ。私はこの映画は見ないね、金を貰ってもね・・。
Ⅲ号戦車 | URL | 2008/04/10 (木) 17:20:49 [編集]
<映画のあらすじ>

 8月15日。靖国神社周辺は、戦没者を静かに弔うというよりも大勢の参拝者らで喧騒(けんそう)に包まれる。旧日本軍の軍服を着込み、境内で「天皇陛下万歳」と叫ぶ人たち。星条旗を掲げて「小泉純一郎首相を支持する」と靖国参拝に賛意を示した米国人男性は、警察の指導で神社の外に追いやられる。追悼集会に抗議した青年は、支持者に殴られて血まみれに。被害者にもかかわらず、警察官がパトカーに乗せて連れて行く。

管理人様始めまして
某左翼ブロガーのところからひっぱってきました。
どうみても日本には言論の自由が無いというプロパガンダを海外に流す気が満々なあらすじをしているので笑って
しまいます。

私は、靖国神社云々より、日本が言論弾圧をする未開発国家と見られるのが我慢できませんので、こういう映画は
上映するべきではないと思うのです。
でも、私の論は左翼がいつもいつも言っている事を踏襲してあげているのになかなか受け入れてもらえません。
どうしてでしょうか?
馬鹿陽区 | URL | 2008/04/10 (木) 20:58:54 [編集]
見てから文句言えとは言うが、もしこの映画が靖国賛成派の人間が監督だったらマスコミの反応はどうなのだろうか・・・、同じような結果になるのだろうか、と思いました。
なんていうか、反日ってのはある意味有利なのではないかと思うのです。国を賛美する映画なら、国は流して当たり前です。反日にNGを出すのも国としては自然の行動なのです。でも、それをOKにしないと、この国には言論の自由はないと思われるのです。マスコミはそこを利用してるのだと思います。
上手く言えません。でも、複雑な気持ちです。なんていうか、引っかかるものがあるのです。
お先真っ暗 | URL | 2008/04/10 (木) 23:00:13 [編集]
無題
Ⅲ号戦車さん
私は感情的な問題ではないと考えています。
稲田議員の行動が検閲でないと判断する根拠があるということを十分念頭に置いた上で議論を進めているつもりであり、感情的に稲田議員の行動=検閲などと判断しているわけではありません。
(稲田議員の行動が検閲でないと判断できる根拠というのはもちろん最高裁判決で検閲の主体は行政権に限られているというところにあります。私のこの記事への最初のコメントに「判例ベースでいうと、国会議員の行為が検閲に当たるかどうかは微妙なところですが、」とあるところからこれを念頭に置いていることはほぼ明らかでしょう。法学における判例と学説というものについて理解がおありならばあとはお察しいただけるものと承知いたしております。)

馬鹿陽区さん
>日本が言論弾圧をする未開発国家と見られるのが我慢できませんので、こういう映画は
上映するべきではないと思うのです。

この部分、端的に論理矛盾を引き起こしていますよ。
うそつきパラドクスを理解できるなら矛盾に気付くはずですが。
あ、ネタなんですね?
お人好し左翼スイーツ(笑) | URL | 2008/04/10 (木) 23:10:22 [編集]
お先真っ暗さん
マスコミっていったっていろいろあるでしょう。産経新聞とか週刊新潮とか。
お人好し左翼スイーツ(笑) | URL | 2008/04/10 (木) 23:14:12 [編集]
靖国は中国が仕掛けた精神侵略だ
なんかしつこいのが一人いるな。
何をもって検閲として見るのは人それぞれ。
管理人は検閲ではないと結論がでてるのに、いくら話をしても平行戦で交わることがないのは分かったはずだなのに、しつこく食い下がるのはどうしてなのかね。
仮に稲田議員がやったことが検閲だったとしてそれが絶対に悪いことなのか?
稲田議員が法律で裁かれるようなことをしたのか?
犯罪を犯したわけでもないのにぎゃあぎゃあ騒ぐ奴はいったいなんなんだ。
普段から言論弾圧しているのは反日マスコミや左側の人間がやっていることだろ。
稲田議員より100倍も1000倍も酷い言論弾圧をやっている朝日や毎日を日頃から批判しているのかよ。
本当に左翼のダブルスタンダードにはうんざりだ。

それより、こんな詐欺まがいなやり方で撮影された糞みたいな映画。そもそも上映すること自体間違ってるだろ。
肖像権も著作権も侵害している映画を上映してもいいのか。
なんで左翼は非難しないんだ。
稲田議員が税金が正しく使われているか確認しただけのことをことさら大げさに「事前検閲」だと騒ぐくせになんで何も言わないんだ?

靖国は中国から仕掛けられた情報戦・精神侵略なんだから、国会議員がその意図を事前に察知して、無防備な日本人が洗脳されないように自衛措置をとるのは当たり前のこと。
戦争はなにも武器を使ったものだけが戦争ではない。
外交も謀略も戦争だ。
今回の「言論弾圧」も中国とそのシンパの反日マスゴミや反日左翼が日本に仕掛けた戦争だ。
稲田議員の助成金の正当性を確認する行為を「検閲」などと左翼に言わせてしまっている、あるいはそれを信じて疑わない人間がいること自体、すでに日本は情報戦で 負けてしまっている。
いくら正論を吐いたところで日本が滅びてしまったら意味がない。
「検閲」「言論弾圧」に執着している人間はその点がまるでわかっていない。
現在、民主党は参政権を中国人にまで与えようとしている。精神侵略はここまで来ているということだ。
次は中国の移住を容易にする法案を通されたらどうなるか。あの自己中でどこまでも独善的な中国人がどっと日本に押し寄せてきたら、その数の力で日本の自治体は乗っ取られてしまうぞ。
つまり、精神侵略の次は人口侵略だ。
チベットと同じような状況がこの日本でも現実になる可能性があるということだ。
日本が生き残れるかどうかが大事なのであり、「検閲」かどうかなどといった枝葉の議論に無駄な時間を費やしている場合ではない。
左翼は、一つのことに執着するばかりで、他にも大切な論点があるのに、あえてそれを避けようとする。
議論を進展させないで堂堂巡りをさせることが目的だ。
左翼と論じていても決して建設的な議論にはならない。
そもそも、日本という国がどうなろうと左翼には関係ない。日本が没落すれば海外に逃げればいいくらいにしか考えていないどこまでも根性が腐った自己中な連中だ。
左翼と議論してもそこそこでやめておくこと。後は無視をするのが一番。
左翼の現実離れのたわごとにまともに付き合ってはならない。
オレゴン | URL | 2008/04/11 (金) 04:26:17 [編集]
すみませんがもう一回だけ
私はシャドウボクシングにも藁人形にも興味はありませんが(苦笑)。
キャッチボールをしたつもりですが、投げ返した球をスルーされたようですのでもう一球。
お笑い左翼スイーツ(笑)さまが稲田議員の行為を検閲行為と判断される根拠となった判例はこれですか?(事件名「輸入禁制品該当通知処分等取消」判例集第38巻12号1308頁)。
(↓)
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070914155802.pdf
判例によれば(参照先の5ページ、14行目以下)、『「検閲」とは行政権が主体となって、思想内容などの表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の行為の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるものの発表を禁止すること』とされています。
さて、今回の稲田議員の行為が検閲にあたるかどうか検証してみます。
上記によれば「検閲」が成立する構成要件としては次の3点。
(1)「行政権が主体となって」
一国会議員である稲田議員の立場は行政権たる内閣でもその機関でもありませんので、これに該当しないことは論を待ちません。釈迦に説法でしょうが国会議員という身分そのものは立法権に属します。
(2)「思想内容などの表現物を対象とし、その全部または一部の発表の禁止を目的として」
映画の事前試写は「文化庁の助成金交付の妥当性」を判断するものであり「表現物の発表の禁止を目的」としたものではないということは稲田議員の談話からも明らかです。
(3)「不適当と認めるものの発表を禁止すること」
行政権によって表現物の発表(映画の上映)が禁止されたなどという事実はどこにもありません、映画館が自主的に判断したことです。現にその後、全国で幾つかの映画館での上映も決定していますしね。
ということで、今回の稲田議員の行為が検閲にあたると主張するには上記の構成要件を何ひとつ満たしていないということになります。
お笑い左翼スイーツ(笑)さまが、今後も「検閲」ということを主張されるのでしたら、上記(1)~(3)に対する反証を呈示された上で自論を展開されるべきです。
ROM太郎 | URL | 2008/04/11 (金) 06:27:13 [編集]
お人好し左翼スイーツ(笑)さんをはじめとして、hさん、III号戦車さん、馬鹿陽区さん、お先真っ暗さん、オレゴンさん、ROM太郎さん、コメントありがとうございます。

いやー、なかなか皆さん、盛り上がっていますね。

自分でレスをしないと決めたので、スイーツさんのもちゃんと読ませてもらっていますよ。

こういう他人のレスの応酬を黙って読ませてもらうというのも、たまには良いですね。あとは読者の方々にそれぞれを判断していたたければと思います。
管理人 | URL | 2008/04/11 (金) 08:49:35 [編集]
ごめんなさい
お名前を間違えていました。
お笑い左翼すいスイ-ツ(笑)さま→お人好し左翼スイーツ(笑)さま
大変失礼いたしました。
ROM太郎 | URL | 2008/04/11 (金) 09:32:48 [編集]
だからシャドーボクシングだと
ROM太郎さん
そのとおりで、判例に従えば稲田議員の行為が検閲に当たらないと判断するに相当な根拠はあると再三申し上げているとおりですので、私はROM太郎さんが挙げた三点について反証する必要がありません。ROM太郎さんと同様の認識が私にもあると思っていただいて結構です。
「問題点を少し明確にするために」で「判例ベースでいうと、国会議員の行為が検閲に当たるかどうかは微妙なところですが、」と書いたのはそれを念頭に置いてのものです。
「無題」でのⅢ号戦車さんへのコメントにも同様の趣旨が書いてあります。
ただ、学説には最高裁の判例について検閲の主体を行政権に限るべきではないとするものがあり、わたしはこちらの主張を取るためその判決も批判せざるを得ないということです。これも再三申し上げているとおりです。
ROM太郎さんは判例と学説というものの位置づけについてはおわかりでしょうから、これでほぼお答えしたことになると思います。
お人好し左翼スイーツ(笑) | URL | 2008/04/11 (金) 13:41:18 [編集]
言葉足らず・・。
管理人さんへ、私の言葉足らずでした。「理屈じゃないよ、感情だよ・・」と言ったのは、この「靖国」と言う映画に賛同する人、異を唱える人の考え(原点)を言ったものです。賛同する人、反対する人は仮に討論・議論しても最初から理屈も理論もなく、感情に支配される討論になると思ったからです。(民族間の話し合いと同じ、最後は武力?)
当然妥協点も歩み寄りも見い出せないでしょう。世の中妥協、歩み寄りばかりでは片付かない事もありますから・・。
なお、稲田議員はこのコメントの対象にはなっていません。あしからず・・。・・・言葉足らずでした・・。
Ⅲ号戦車 | URL | 2008/04/11 (金) 17:58:04 [編集]
ひとつひとつ・・
>お人好し左翼スイーツ(笑)さま (以下、スイーツさま)

レスをありがとうございます。

あなたの稲田議員批判の根拠は「検閲(あるいは検閲に類する)」という一点にあり、それは「問題点を少し明確にするために」の中で述べておられる「判例ベースでいうと~微妙なところですが、学説ベースでいえば~非常に微妙な行動」という部分に集約されていますね。

このスイーツさまの「微妙な」根拠に対して「判例ベースでは、検閲に当らないのは明白である」との点では互いの認識は一致いたしました。

では、もうひとつの論拠とされている「学説ベース」はどうなのでしょう。

有力なものとしては芦部信喜氏の提唱した学説が知られているようですので、調べてみますと判例との主な違いは

(1)検閲の主体は公権力(行政権に限らない)

(2)検閲の時期(事前、事後)に限らず「発表、受領の禁止および事後規制」も含める

という二点に絞られます。この定義においては私も学説の立場を支持します。

ところで、これら(1)、(2)を同時に充足することが「検閲」の成立要件であるということは説明の要もありませんね。

しかしながら、スイーツさまは(1)によって「行政権ではない公権力(国会議員)も検閲の主体と考えうる」という点は主張されるものの、(2)については「圧力」という抽象的表現をされるのみであり、具体的行為の有無についてはご説明いただけていません。

学説の立場からも稲田議員の行為を「検閲」と定義できなければ、スイーツさまの稲田議員批判の根拠はすべて失われてしまいます。

「検閲である」と主張され、その根拠として判例、学説を最初に持ち出されたのはスイーツさま、あなたの方ですので、煙に巻かずに納得のいくご説明をお願いしますね。
ROM太郎 | URL | 2008/04/11 (金) 18:38:08 [編集]
こんにちは。
今回の映画「靖国」問題について、メールマガジン「経済コラムマガジン」に管理人日村様と同様の主張が掲載されていましたのでご紹介します。この映画に関する議論が錯綜しているのは、やはり別々の複数の問題を一緒くたにしている物が多いからではないかと思います。この経済コラムマガジンの記述はその点がよく整理されていると思います。ご参考になれば幸いです。
「経済コラムマガジン08/4/14(523号)
日米の中央銀行総裁
(中略)
中国人監督の製作した「靖国」という映画の上映が物議をかもしている。上映を支持する人々は、この映画は純粋なドキュメンタリー映画であり、政治的な背景はないと主張している。むしろ彼等はこれは表現の自由を認めるかどうかの問題というのである。しかし筆者はこれはちょっと違うと思う。まず映画に登場する刀匠の刈谷さんという方が、自分が登場する場面を全部削除するよう監督に申し入れているという話である。

これについて中国人監督は「刈谷さんの心変わりは、自民党の有村治子参院議員が電話をしたことがきっかけ」と政治的圧力があったと主張している。しかし刈谷さんが削除を申し入れたのは昨年の春である。中国人監督から「最後の靖国力の制作者」という主旨で刈谷さんに映画の出演依頼が有り、刈谷さんはこれを快諾し、平成17年秋に撮影が行われた。ところが映画の試写を昨年の春に見た刈谷さん夫妻は、取上げ方が話しと違うと削除を強く求めていたのである。中国人監督は、完成品を作り、そこで刈谷さんの考えを考慮すると釈明した。しかしその後なしのつぶてであったという話である。要するに刈谷さんはこの中国人監督に騙されたということになる。

実際、純粋なドキュメンタリー映画なんて有り得ない。当然、映画には政治的な意図はあるものと考える。むしろドキュメンタリー映画こそ強い政治的メッセージを持っていると言える。ところが中国ギョーザ問題で、中国人の言い分を全く認めないマスコミ人が、今度は中国人監督の言い分を100%認め、強く中国人映画を擁護している。

またこのような問題が起ると必ず「映画を実際に見てから非難しろ」という卑怯者がいる。誰もが簡単には映画を見ることができないことを承知しながら、このような事を言うのである。そして聞くところによればこの映画の製作会社は日本法人ということになっているが、役員は皆中国人という話である。この真偽は調べるべきである。もしこの話が本当なら、「靖国」という映画自体が中国の対日工作の一環という可能性が出てくる。このような映画作成の背景を調べることこそがマスコミの務めではないか。」
http://www.adpweb.com/eco/eco523.html
JAXVN | URL | 2008/04/13 (日) 17:11:21 [編集]
>JAXVNさん、どうもありがとうございます。

この話題については、いっぺん総括しておきたいですね。ROM太郎さんもせっかく良いコメントを残してくださっているので、そのあたりも含めて経済コラムマガジンの内容とか色々まとめてエントリーとしてアップしておきたいなあと思いました。
管理人 | URL | 2008/04/14 (月) 08:49:47 [編集]
映画靖国は文化庁から750万の資金援助したことが
妥当であるかないかということを稲田議員が追求
したのではないか。追求が映画公開の前だとか、あととかの問題ではないと思う。文化庁の妥当かどうかの審査がずさんな点があると見て追求するのが映画上映の邪魔をしたしかのように反撃する左翼はそれこそ物事を捻じ曲げ世論を味方につけようとする魂胆が丸見え、もうそんな幼稚な手に惑わされるものばかりの日本でないことを知るべきだ。日本の文化庁が公認の映画靖国と言うことになれば、この映画が世界に大手振って反日感情をばら撒くことは当然起こりうる。日本にとっては大変有害な反日映画であることを理解できないような文化庁は廃止するべきである。従軍慰安婦問題がいい加減な日本の政府要人の言によって濡れ衣をかぶることになってしまった。そんな轍を踏んではいけない。
AZ | URL | 2008/04/24 (木) 14:51:11 [編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
copyright © 2005 右余極説 all rights reserved.
Powered by FC2ブログ. | Template by Gpapa.