右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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新自由主義が跋扈した背景
サッチャーやレーガンがやって、一度は失敗しかけた「新自由主義」というイデオロギーがあいかわらず猛威をふるっているのか、ずっと気になっていました。

それが、偶然、今読んでいる本に書かれていて、なるほどと腑に落ちたので、今日はその引用を中心に書いておきたいと思います。
「倫理としてのナショナリズム」佐伯啓思
倫理としてのナショナリズム―グローバリズムの虚無を超えて倫理としてのナショナリズム―グローバリズムの虚無を超えて
(2005/01)
佐伯 啓思

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第3章「グローバル資本主義の文化的矛盾」
(1)グローバル市場の「問題」

この章に、社会主義の崩壊から新自由主義がふたたび盛り返してくるあたりの歴史の流れをふりかえっている部分がります。

それによると、まず社会主義崩壊の理由には以下の根本的な問題が2点あった。

(1)社会主義的計画に要するほとんど気の遠くなるほどの膨大な情報を管理することなどできない→計画経済など不可能である。

(2)私有財産を原則的に否定してしまえば、労働や生産のインセンティブ(誘因)が働かない→まじめに働こうとしなくなる。

社会主義は、官僚主義・党独裁・秘密警察などという以前に、この2つの根本的な理由によって資本主義陣営との戦いに破れた。

その結果、自由主義陣営では、あらためて、「自由な競争的市場のメリットをさらに引き出すこと」が注目されるようになった。

ところが、これは自由主義陣営にとってかならずしも幸運なことではなかった。

このとき、つまり80年代にはすでに米・英において「新自由主義」の実験が開始されており、自由競争市場といういくぶん抽象化された理念の現実化がそれなりに進行していたが、その矛盾や失敗も少しずつ出始めていた。

80年代の終わり頃には、新自由主義の市場経済強化政策は、概して、国内的にも国際的にも大きな経済的混乱をもたらし、サッチャーリズムにせよレーガノミクスにせよ、90年代に突入した頃には実際には強い批判にさらされていた。

ところがそこに、社会主義の崩壊がおこった。そのために、新自由主義の「利点」ばかりが注目されるようになってしまった。というか逆に「新自由主義」の問題点が省みられなくなってしまった。

90年代に社会主義の崩壊がなければ、まず間違いなく事態は違った方向を向いていたであろう。少なくとも、90年代におけるこれほど安易な「新自由主義」の復活はなかっただろう。

90年代の課題は、本来であれば、80年代の「新自由主義」がもたらした混乱、すなわち所得格差の拡大、製造業の生産性の低下、貿易の不均衡や経済政策の混乱、金融グローバリズムのもたらす為替の動揺といった事態にいかに対処するかという方向を取ってしかるべきであったと思われる。

しかし、社会主義の崩壊は、資本主義の「見直し」にではなく、改めて資本主義の「利点」に目を向けさせる役割を果たした。
こうして冷戦以降の思想的空白、世界的理念の空白という危機を、資本主義の「本質」への回帰と普遍化という形で、アメリカは乗り切ろうとしたと言ってよい。

資本主義の本質とは、利潤機会をめぐる自由競争と国境を越えた資本の流動である。つまり、官僚の調整や国家の計画とは無縁な市場競争である。その結果、一度は機能不全に陥りかけた新自由主義が、90年代の先進国を、ひたひたと水を浸すかのように覆っていったのである。

ところが、です。実際のアメリカなんかでは、90年代に入って、外に向かっては「自由化せよ」と言いつつ、国内においてはちゃっかりと新自由主義から脱出することによって、アメリカ経済を立て直しているのです。

それをやったのはクリントンです。彼が何をしたか。それもこの本の、ちょっと前のページに書いてありますので、さらってみましょう。

90年代のグローバル市場経済を押し進めたアメリカは決して自由主義・市場主義ではなく、国家資本主義(政府が主導して国の経済競走力を高める政策を行う)であったという点に注目です。そのやり方は、アメリカお得意のダブルスタンダードと言うのでしょうか、強い政府が主導して外と中でやることを使い分けることによって、自国の国益を世界にごり押しして自国の国益を追求するためのゆくシステムを作りだしたということです。

第2章 倫理を問う語法
(2)90年代グローバリズムの本質
「国家ー資本主義」の時代

90年代のクリントン政権の重要な経済アドバイザーであった、ジョセフ・スティグリッツが書いた「人間が幸福になる経済とは何か」という本の中で、彼は、クリントン政権の経済政策における政治的な側面を描き出している。

クリントンがブッシュ(父)から政権を引き継いだとき、彼の課題はアメリカ経済の再生であり、「ともかくも雇用の確保を」であった。そのために、クリントンは、雇用機会を確保できる情報・金融産業へと経済政策のウエイトをシフトさせた。それは、また、情報・金融界の強い政治的後押しを伴ったものであり、ここに、シリコンバレー・ウオール街・ワシントンのコネクションができる。

同時に又、情報・金融というアメリカ産業の比較的優位から得られる利益を確実にするために、クリントン政権は海外に対して市場開放、規制緩和、金融自由化を要求した。そしてそれを後押しするために、彼はグローバルな市場主義、自由競争や自由主義というレトリック(イデオロギー)を駆使する。しかし、アメリカ自体は決して自由主義でも市場主義でもなかった、というのがスティグリッツの議論なのである。

確かに、90年代、アメリカは外の世界に向かっては自由主義を強く唱え、自由市場を要求した。しかし、それはあくまで、海外経済の市場開放を実現することが、情報・金融において比較的優位をもちITバブルに踊るアメリカに莫大な利益をもたらすからであった。もっと言えば、情報・金融界の利益となり、同時に雇用が拡大するからにほかならない。

他方、アメリカ国内ではクリントンは、決して自由主義ではなく、農業も含めていくつかの産業を保護し、そして決定的なことだが、情報産業などに戦略的な国家支援を与えた。しなわちアメリカがとったのは実際には重商主義とも呼べる戦略だったのである。外国に対する自由主義的な要求も、その重商主義戦略の一環だったと言って良い。

ここに示されているのは、90年代のグローバリズムの時代とは、別の見方をすれば「国家ー資本主義(State capitalism)」の時代だったということである。アメリカのグローバリズム的戦略は、自由主義や市場主義の衣をまといながら、実際には多分に、マイケル・ポッターの言う「国家の経済競争力」を強化するという側面を持っていた。クリントンの政治主導によるアメリカ経済の再建は、冷戦後の世界に対するアメリカの影響力の確保という戦略の中に位置づけられていった。こうして「国の競争的優位」が求められたのである。


ここを読んであらためて私が気づいたことを書きます。私は以前、日本にたくさんいる親米派、親米保守の人たちというのは、アメリカの真似ばかりする人と思っていました。まあ、それはその通りだと思います。

ところがよく見るとどうでしょうか。真似すらできていない、ということです。

日本における新自由主義的政策というのは、アメリカの真似ではなくて、アメリカの方便にまんまと乗せられてしまっている側面がある、ということのようです。親米派はアメリカの真似すら満足にできていないのです。

アメリカの力の元は、強い政府が国の経済的利益を世界中にごり押しするためにアメリカ的価値である「自由主義」「市場経済」の基準を押しつける、その一方で、国内的には違うことをやっている。

「新自由主義」で失敗したのをいつのまにかちゃっかり修正しつつ、他国にはそれを押しつける。

クリントン時代のアメリカは、「国家の経済競争力」を強化するために、ただ自由にしたり市場にまかせたり新自由主義なんてことをするのではなく、政府主導で資本主義を運営している、ちょっと前にも書きましたが、国家資本主義であるということです。

まあもちろん、日本がこんなもの、つまりアメリカがやったような政策を簡単に真似できるはずもありません。

当時のアメリカは、物作りで日本にまるでかなわない状況にありました。そのせいで、金融やITと言った、まだ他国に多少優位を保てる分野に力をいれざるを得なかった、そして、金融によってむしろ日本の物作りなどを支配しようとしたわけです。

日本がすべきだったのは、そういうアメリカの戦略に対抗することでしたが、日本政府にアメリカ政府と政治において戦いなどできる力はありませんから、どうなったかはご存じの通りというわけです。

そして、何だか成功しているアメリカの真似をしようと思えば、アメリカが外に向かって叫んでいた表面的な新自由主義的イデオロギーのみ取り入れるというこのになってしまうのでしょう。

ここではやはり、国の置かれた状況が違えば取るべき政策も戦略も違うという常識を忘れがちな日本人のなさけなさこそが最大の敗因であるように思えます。

外国の真似をしようとするにしても、奥深いところまでみないといけないということです。状況が違えばまるきり参考にならない場合もあるのです。

そしてアメリカが自国の利益を守るために「年次改革要望書」として押しつけてきていたにすぎないものを、日本の政治家やら官僚は、ありがたがって実行するという、まるでアメリカの走狗ばかり。

そもそも、日本国憲法とて、アメリカから押しつけられたと言われていますが、当時の日本人は、白洲次朗にしろ誰にしろ、おおかたあれを「素晴らしいものである」と言って喜んでいたのですから、アメリカから「押し戴いた」憲法だったわけであり、敗戦このかた、アメリカのごり押しを、むしろ日本人がすすんで「押し戴く」風潮こそが問題の根本原因ではないかと思うのです。

そういう点で私はアメリカがどうこうという陰謀論には興味がありません。どこの国もそういう戦略をねってくるのはあたりまえなのです。問題なのは、アメリカによる自国の国益のためのごり押しを、ありがたく「押し戴く」ばかりの日本人の奴隷根性のほうであろうと思います。

いや、アメリカに限らず中国でもどこでも、相手が違ってもやることは同じ、アメリカの子分になりたがるか、中国に媚びるかどちらかを選ぶかという程度の差しか見られない、そんな政治家ばかりというのがなさけないところです。

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コメント
この記事へのコメント
なる程、戦後レジーム脱却を高らかに掲げた安倍総理はアメリカにとっても邪魔だったという訳ですね。
馬鹿陽区 | URL | 2008/04/04 (金) 16:17:31 [編集]
>90年代のグローバル市場経済を押し進めたアメリカは決して自由主義・市場主義ではなく、国家資本主義であった

いかにも米国らしいやり方ですね。
狡いというより、その国益を素直に追求する姿勢は羨ましいとさえ感じます。反面、欲に任せるだけの倫理観の欠如も感じるのですが・・・

ただ、こういうやり口は列強の常識であり、ペリー来航の時から(それ以前から)変わっていないと思うのですが、それに迎合するばかりの日本の政治家・マスコミ・学兄等には呆れかえりますね。

とはいっても、そういう政治家を選んでいるのは国民なわけで、それもまた深刻な問題を感じます。国益や国際関係、社会システムのあり方等について、もっと多くの人がまともな物の見方を意識するようにならなければ問題は悪化していくでしょう。
少なくとも、歴史を多面的に学ぶことは役立ちそうですが、即効性のある処方箋も欲しいところです。

対米バランスをうまく取りながら、着実に自立を進められるような政治家・官僚(個人では駄目でしょうから「群」ですね)が必要です。露国の前大統領みたいな政治家、日本に欲しいですけどねぇ・・・
海驢 | URL | 2008/04/04 (金) 20:27:18 [編集]
まだ在任中でした・・・
>露国の前大統領みたいな政治家

5月7日まで在任しているようです。
失礼しました。
海驢 | URL | 2008/04/04 (金) 20:30:03 [編集]
>馬鹿陽区さん
そうですね、安倍首相の言う戦後レジームが何かははっきりわかりませんが、本気でそれを考えているならば、新憲法創設くらいはしなければ無理でしょうからね。

>海驢さん
日本は独裁とは無縁な国のように思いますが、小泉氏がいまだに人気があるところを見ると、そういうワンマンな人を求める風潮になりつつあるのかもしれませんね。ちなみにロシアですが、ロシア全体としてみると、日本以上の格差であったり官僚の汚職であったり、犯罪だの恐怖政治だので、ろくなことは無いと思います。だから独裁が必要な国なのかもと思いますね。
管理人 | URL | 2008/04/07 (月) 08:30:05 [編集]
国益の認識と交渉の巧みさ
日村さま
ご返信ありがとうございます。

仰る通り、日本は古代から合議制でやってきた国柄ですので、大陸的な独裁は馴染まないと思います。天皇陛下がアマキミと呼ばれていた時代から、左大臣・右大臣による輔弼を定めていたようです。

ロシアについては、典型的な大陸国家ですので、独裁というか強い指導者が必要なのでしょう。そんな国の大統領に学ぶべきは、確固たる国益の認識と、その確保のための交渉力だと思っています。
何が自国の強みか、交渉相手の弱みはどこか、譲る必要のない事項と譲らざるを得ない事項は何か、どの国とどのような手の組み方をすべきか(いつどういう形で手を切るかも含め)等々。米欧諸国への対応と国力回復の手並みの鮮やかさは、見事としか言いようがありません。
だからこそ、日本人としては警戒しておく必要もあるのですが、日本の政治家にも見習って欲しい部分が多々あるなと思う次第です。

しかし、国益の認識も交渉力もない小泉氏をいまだに担ぐ人間がいるとは、彼の主張に一分の理も見いだしたことがない私としては、往事の支持率90%(でしたっけ?)とともにまったく信じ難いことです・・・・・
海驢 | URL | 2008/04/08 (火) 20:37:31 [編集]
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