右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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不徳をばらまく「変化」とは
世の中に蔓延する「進歩主義」は社会の制度を次々に「改革」してきましたが、この思想の根底には「進歩は良い結果をもたらす」という盲信があるわけです。

基本的に科学や技術というのは常に進歩しています。科学技術が支配する世の中では、すべて世の中は進歩しているという誤解が生じやすいでしょう。人間そのものは何も変わっていません。

また大衆民主主義社会、資本主義社会においては多くの大衆の消費によって社会がなりたっている以上、次々と新しい商品を提供することによって人々の購買欲を刺激し続けなければなりません。欲望への刺激は同じレベルにあってはすぐに麻痺するものである以上、売り続けるため、さらなる欲望を刺激するためには、常に改良と進歩、変革と、とにかく変化が必要になってきます。

かくして近代以降の世の中においては、「理念としての進歩主義」、「科学技術の進歩を人類の叡智の進歩とする大いなる誤解」、「欲望に依存する資本主義経済」とそれを支える「技術主義・合理主義」といったものが社会を急激に変化させ続けます。

ホリエモンや村上ファンド的な拝金主義はアメリカからの輸入みたいもんですが、こうした進歩主義・変化主義の当然の結果として生まれたものでしょう。

細かく見るとホリエモンは拝金主義とか純粋な金儲けというより、拝金主義の時代にあって、「金儲け出来る人間=立派な人間と見なされる」という彼なりの名誉を求める歪んだ心情みたいものがあったようにも思いますが、ともかく「稼ぐが勝ち」と言った発想は、時代がコロコロと変化する世の中につきものであると思います。

具体的にどういうことかと言いますと、だいたい以下のようなことです。
今の世の中、時代は急激に変化していると言われます。そうした変化に対応するためか、さらなる変化を促すためか、日本政府も国をあげて「これからはものづくりなんかではなく金融やITだ」と国の経済構造の根本を変革してきました。金融工学などといううさんくさいアメリカ人でも今や疑いの目で見ているような概念まで持ち出して主張していました。

また、人間関係もライフスタイルも人々の嗜好も価値観も次々に変化しています。

しかし、このように急激な速度で世の中が変化すれば、ルールが崩壊するのです。人々のルール感覚が安定しないと言ったほうが良いかもしれません。

この場合のルールとは明文化された法律だけでなく、慣習法としての道徳(=徳律)も含みます。とくにこの徳律は、世の中がどんどん変化すると、真っ先に崩壊するものです。

世情の変化にともなって地域や家族などの共同体のあり方や人間関係も欲望もどんどん変化してゆき、既存のルールはそうした変化に追いつけなくなります。

長い歴史によってはぐくまれる道徳が揺らぐのは当然のことながら、法律を作るのとてそれなりに手間と時間がかかるものですから、法律ですら追いつかなくなります。

こうした世の中にあって、さらに変革を急激に進めれば、法律も徳律も、そのルールというもの、ルール感覚というものが人々の間から失われてしまいます。そしてルールも不安定になるわけです。

ルールが不安定になり、色んな穴や隙間ができてくれば、「こういうやり方をすればうまく法律の網をくぐりぬけることができるのではないか」と考える人間が出てくるでしょうし、法律が未整備の部分をうまく利用してぬけがけするような者もでてくるでしょう。

ましては、「規制緩和」なるものが無条件に良い変革であると捉えられている時代です。行政が不徳の奨励をしているようなものです。

そのようにして、「先にやった者の勝ち」「抜け穴をくぐった者勝ち」という風潮になり、勝ち組と負け組に分けられるわけです。その勝ち負けにしても、公平なルールに基づく勝敗などではなく、いかにルールの抜け穴を巧妙にくぐりぬけることができたかによって決まります。

混乱に乗じて儲けたり、6年生と1年生が争ったりという弱肉強食の世界へと転落します。弱肉強食の世の中ではどんな卑劣な手段を使っても「やったもの勝ち」です。社会は荒廃するのです。

守られるべきなのは「自由な競争」ではなくあくまで「公正な競争」のはずです。自由を大切な理念と思っている人たちはそこに気づいていないからホリエモンや村上ファンドなどを応援していしまっていたのでしょう。

私は自由もそれなりに大切だとは思いますが、あくまで「自由<公正」でなければならないと思いますし、自由と放縦は違います。その公正さを保証するものがルールであり、個人の行動を外から規制するのが法律であり、内側から(自ら)規制するのが道徳です。

ホリエモンが「改革」を支持したのは当然でしょう。もっと激しく「改革」をすすめればすすめるほど、さらに既存のルールにほころびが生じ、その抜け穴をついてさらに稼ぐことができるわけです。そんな下心を見抜けないほどに人々は皆、「改革」を盲信していたのです。

現代のような変化に富む社会、もっとすすんでアメリカのような社会では、道徳ではなく法律万能となりますが、法律ですべて規制できるはずはありません。ちょっとしたことでも自分が正しいと主張して相手の非を裁判で問うということが頻発します。

ルールが未整備であり既存のルールも常に動揺にさらされているので、その解釈は事後的に法廷で争うことになります。かくして訴訟乱発社会となるのです。

さらに、法廷に民主主義のイデオロギーが注入されると一層ひどいものとなります。それが陪審員制度です。この制度の下における裁判では、陪審員の感情に訴える「弁護士の能力」というものに判決が大きく影響を受けます。従って、どれだけ資金を持っているか、情報を持っているか、組織を持っているかということが重要になってくるのです。かくして法廷までもが正義を争う場ではなく、弱肉強食の力の闘いの場へと変質してゆきます。

このような社会の流れを後押ししているのは、やはり社会の変化、急激な変革であると思うのです。

とにかく現代人は無条件に変化を良いことと思いすぎる傾向が強いです。資本主義もそもそも新しければ良いという発想がつきまとうものです。何か新しいことをやらないと、商品が売れないとか時代にとりのこされてゆくという発想が常につきまとうのです。

そこで政府は自ら積極的にその変化に乗っかるだけでは、上に書いたようにルールに混乱を生じ社会を不安定化させることにしかなりません。

全く変化しないということが不可能である以上は変化に対して何らかの対応を迫られるのは当然ですが、しかし様々な変化一つ一つを検証せずに「とにかく変革だ改革だ」と無条件に積極的に世の中を急激に変えようとするのは愚かな事だと思います。

場合によっては変化させてはいけないこと、変化の速度を極力緩やかに保つ努力をすること、そうした政策が重要になってくる場合もあるはずです。

また、私はすべての変化がいけないと言いたいわけではありません。

今の日本においては、変化の方向性が常に、「破壊へ向かう」か「外へ向かう」かのいずれかしな無いところが大問題なのです。

不法・不徳を蔓延させない変化というものも存在します。それは、温故知新、「過去の良きもの」へと向かう変化、「良き価値を保守するための変化」です。

明治「維新」はMeiji 「Restoration(復古)」だったわけです。新しくしただけではないのです。

革命とて、真の革命はレボルーションという単語の通り、「レ」は「再び」、「ボリューション」は回転ですが、「巡り来らせる」ということ、つまり、現状において再び古き良きものを巡り来たらせるという意味なのです。

ところが現在ある「変化」と言えば、ひたすら「歴史破壊の変化」、「欧米の猿真似的変化」ばかりなのです。それこそが不法・不徳をはびこらせる土壌となっているのです。

ともかく、今や、「改革」を唱えさえすれば、ほぼ無条件に国民から支持が集まるという世の中になってしまいました。その中身たるや、破壊か猿真似ばかりです。

そうした現状にあっては、保守反動と言われようとも、どこかでこの急激な速度で次々に変化する世の中に歯止めをかけなければいけないと思うわけです。そのために大切になってくるのが、健全な保守思想というものでしょう。

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コメント
この記事へのコメント
アメリカ洗脳
 アメリカから金融工学をとったら、軍事しかないようなかつての旧ソ連みたいなことになりかねませんね。
 ロス疑惑をいまさら持ち出したり、ひと時の円安を演じて、日本の株価を上げたりして、存在感を何とか示そうとアメリカさん必死ですね。
 しかしマクロ経済でみると貿易取引はアジアとのほうが今の日本は大きいので、先の円のレートに株価が敏感に反応するのはおかしいと思います。
 そろそろ「アメリカ経済が風邪をひけば日本は肺炎になる」という脅し文句は、多少わりびいて考えたほうが良いのかもしれません。
 それにしても金融パラメータやTV情報操作で露骨に日本人を洗脳しようとするところが、風前のともし火みたいにも思えますがね。
嘉本 | URL | 2008/04/04 (金) 02:27:18 [編集]
>嘉本さん
コメントありがとうございます。

>それにしても金融パラメータやTV情報操作で露骨に日本人を洗脳しようとするところが、風前のともし火みたいにも思えますがね。

そうですかねー。まあ以前ほど、誰も彼もが洗脳されているというレベルでも無いのかもしれませんが、脅し文句もまだまだ有効に効いてしまっているような気がしますが・・・。
管理人 | URL | 2008/04/04 (金) 09:04:29 [編集]
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