右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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国歌斉唱・論点すりかえ・左翼の常套手段
大阪の門真市の中学で、卒業式の国歌斉唱の際に、たった1人しか起立しなかったという記事を見ました。

国歌斉唱 起立1人 卒業生170人 教員が指導か 門真の第三中

 大阪府門真市の市立第三中学校で今月13日に行われた卒業式で、約170人の卒業生のうち男子生徒1人を除く全員が、国歌斉唱時に起立せず、その多くが斉唱もしなかったことが26日、分かった。式に出席していた3年の担任、副担任計11人のうち9人も起立せずに斉唱もしなかったという。学校側は事前に教員が卒業生に不起立を促した可能性があるとみて担任らから事情を聴いており、事態を重くみた府教育委員会も調査に乗り出した。

(後略)


こういう話題については、旧ブログでもさんざん書きましたし、もう今更書かなくても良いかなあと思っていたのですが、たまたま、ここ数日は他のブログも見たりして、中には左派のブログ(人気ブログで私と順位の近いもの)もあり、そこを見て仰天して、おもわずコメントまでしてしまったほどでしたので、今日はそのことについて書こうと思いました。

このところ、右も左も関係ないとか言って同盟を組んでいる、仲良しこよしで、まあ違う考え方も尊重しようというのは、別に結構なのですが、お互いにブログランキングをクリックしあうことを呼びかけたりまでしているのがありますが(やりすぎでは!?)、ちょっと疑問を感じた部分があります。

私は「考え方の違い」は認めても良いと思いますが、「明らかに間違った論点」まで放置しておくのは問題だと思います。

たんなる考え方の違いなのか、考え方として間違っているのか、それは区別すべきでしょう。

で、そのブログのどこが間違っているかという点について指摘しますと、左派の人たちは、以前に石原知事によって国歌斉唱の問題で教師が処分された際にも同じことを言っていたのですが、これを「思想信条の自由の問題」に置き換えようとしている点がおかしいのです。

「国歌は自由に歌いたい」とか言って、国歌の斉唱くらい自由にさせてくれと言う問題にすりかえているのです。それは違うでしょう。生徒の中には卒業式で国歌を自由に歌いたいと思った者もいたかもしれないのに、教師がそそのかして、生徒に歌わせないように指導した可能性があるんじゃないのか!?という話なのです。まるっきり逆の話として捉えているのです。

そして、お得意の論法である「諸外国ではどうなっているのか」というものを引用して、日本みたいに国家の斉唱を法律でまでがんじがらめにしている国は無いと言います。

情けない。国旗・国歌の問題では日本は他の国と違って特別な事情があるのです。諸外国では、日本の日教組みたいに国旗・国歌をみとめない教師の集団が影響力を奮っているような国は無いでしょう。マスコミが左派に牛耳られて国旗や国歌を否定するイデオロギーをことあるごとに注入しているような国もほとんど無いでしょう(そのくせ、商売がからむと国旗・国歌はオーケーになる。)。

そういう日本の特殊事情をまるで省みもせず、「海外ではこうなっている!」などと言って外国の真似をするようなことばかりいう、それは、そういうやり方が日本人には一番効果的だと知っているからかもしれません。日本人そのものが情けないということです。

海外の政策でも法律でもなんでもそうですが、それをその部分だけ持ってきても、歴史も文化も何もかも違う日本でそれが簡単にあてはまるというのは、右・左問わず日本人の悪弊となっています。

そんなことが気になったので、いつもはしないのですが、反射的にコメントしてしまいました。こんな内容です。

日本の場合、「国歌を歌わないのがいけない」、という問題ではないと私は考えています。

他の国々では、日本ほど国歌を否定したりする風潮がマスコミや教育界で支配的ではありません。ましてや、卒業式などで、教師が生徒にむかって、国歌斉唱のときに起立するなとか、国歌を否定するようそそのかす教育をする、それを思想信条の自由ととりちがえている教師はほとんどいません。

そういう特殊事情があるから、「教師のみに生徒に国歌を歌う態度を教える義務がある」としただけの問題です。

そういう特殊事情があるのですから、諸外国での例を並べているのは無意味だと思います。日本とは歴史の違う国、事情が違う国の事例を引いてくるのはおかしいのです。

ただ、世界で共通しているのは、国際的にはどこの国のものであれ、国旗や国歌に敬意を払うというのが常識です。常識を失った日本人に常識を取り戻せと言っているだけですし、むしろそういう国際常識を教えるのは当然のことです。

また、日本でも「国歌を歌わないから処罰される」ということではありません。意図的な誤記ではないと思いますが、不正確な表現です。「教師には生徒に国歌を歌う態度を教える義務がある」という程度のものです。

こんなもの、ましてや愛国心の強制でもなんでもありません。歌を歌わせたくらいで愛国心が身に付くなんて、そんなこと、右派の私でも馬鹿げていると思いますよ。右派はそんなバカばかりと思われているような気もしますね。

だいたい左翼というのは自分の言っていることがあやしくなってくると、すぐに論点をすりかえます。

朝鮮人強制連行もしかり、慰安婦問題もしかり(いずれも強制→強制性)、集団自決の軍命令もしかり(命令→関与)、他に山ほどありますです。

こういうおかしな論点そらしみたいなことをしているブログの内容を放置して同盟みたいのを組むというのは、私には理解できません。仲間内に甘いだけではないでしょうか?

そして、人気ブログの50位以下に落ちたら引っ越すとか泣き言を言って卑劣な手段でブログの順位を上げています。そういうやりかたをする人間性にも疑問を感じます。

まあ、他のブログはどうでも良いです、だからあえてTBもしませんし、ブログ名すら出さず、リンクも貼らず引用もしませんでした。

そんな他のブログの批判より、国旗の問題も含めて、国家象徴ということについて、もういちど考えてみましょう。そのほうが余程建設的です。


(思想信条の問題)

私は、教師の思想良心の自由よりも子供の教育のほうが重要だと考えます。国旗や国歌が嫌いならば教師として不適格です。

自国の国旗や国歌に限らず、他国の国旗や国歌にも敬意を払うというのが、お互いの国に敬意を払ってつきあうことの第一歩だと思います。そういう子供を育てないと反日の中国人や韓国人みたいになって、世界から薄気味悪い目で見られます。同時にあれを見て怒らない日本人も世界から気持ちワルい目でみられていることでしょう。

中国や韓国では他国の国旗や国歌にも敬意をはらうべきという事が教えられておらず、日本では逆に自国の国旗や国家に敬意を払うことを十分に教えられていないように思います。それは国旗や国歌を嫌う教師やマスコミなど左翼が多いからです。

おそらく日本人が外国に行って、俺は日の丸も君が代も認めていないなどと言っても、普通の外国人から見れば「こいつ一体何物なのだろうか」と気持ちワルがられるだけでしょう。

左派が良く批判するように、国旗・国歌を拝ませて愛国心を植え付けようなどという話ではないのです。保守派の人間とてそんなに愚かではありません。そういうものに敬意を払うという常識的な態度をまずは教えようということなのです。

最近はグローバリズムとか国際化とか言っているわりに、その中身は外国人の真似をしたり迎合しつつ日本を否定するような感じになっています。そういうのは国際人を作るのではなく無国籍人を作るだけです。根無し草の行動はどっちつかずで何かあったときにその行動が予測できず、世界の不安定要因になるでしょう。

生徒の前で国旗や国歌に敬意を払わず、それを否定するような行動をとる教師達は自分たちの教育の義務をおこたっているという点で教師にふさわしくありません。クビにするのが妥当でしょう。


(国旗・国歌の尊重は道徳の問題)

そもそも義務教育とは基礎科目の習得だけではなく、「国民」を育てるものでもあると思います。ですから、私立だろうが公立だろうが、アメリカンスクールだろうが朝鮮学校であろうが、そこで教育の対象となるのが「日本人の子供」であるなら、日本という国の国家象徴についてしっかりと教える義務があると思います。

朝鮮学校は「日本人」を育てていないので別かもしれませんが、少なくとも国内において「国民」を育てない教育機関に関して国がそれほど寛大である必要はないと考えます。つまりこのような学校に対しては日の丸・君が代の義務が無いのならば、教育機関として補助金交付などはナンセンスであるという事です。

しかし日本という国に生まれ、日本語を母国語として話し、日本の文化の恩恵を受けて暮らしているなら、国籍はともかく、それはもう日本人と言ってよいと思います。それを日本人と言われることに恥辱を感じるならば、彼ら在日のほうが日本人を差別しているとしか私には思えません。

私は「民族」の定義は人種とか血筋とかよりも、言語と文化だと思っています。文化については議論の必要性はありそうですが、日本においては言語こそが日本民族の定義を決めるものだと思います。そういう意味合いにおいてはやはり日本は単一民族国家なのです。スイスとかカナダみたいに複数の公用語がある国とは違います。

少なくとも日本語を話してその文化に漬かって生きていれば、厭でも日本の歴史を背負っているわけです。言語も文化も過去の日本の歴史の蓄積そのものですから。

そういう国家というか民族の有形の象徴として国旗や国歌があり、歴史を背負った人物の象徴として天皇があるのだと思います。

国旗も国歌も天皇も、日本という国の歴史の集大成、長い歴史を含む日本という国の象徴です。国家象徴と言い直して良いでしょう。ちなみに左翼は国家ということばを政府という意味で解釈しますが、それは間違っています。「国家」には政府も含まれますが国民もその歴史も含まれています。

ただ、近代国家というのは、ある程度は人工的・中小的な概念ですから、なものですから、愛国心というのは、かならずしも「自然に身に付くもの」だとは私は思いません。自然な郷土愛という側面もありますが、日本が近代国家という形態を取っている以上は、やはりあるていど「国家」という枠組みの必要性とセットでその象徴として教える必要はあると思います。

そこで障害となるのが、世に多い、国家と政府を同一視する間違いです。そういう間違いが蔓延していることだけを考えても、やはり教育は必要だと思います。

ですから私は政府に敬意を払えとか政府を愛せよなどと言っているわけではありません。政府というのは単なる行政機関というか統治機構ですから、それにたいして文句を言ったり場合によっては足蹴にするくらいの事は一向にかまいませんし必要なこともあるでしょう。

しかし、国旗や国歌や天皇を否定するのは、自分を生み育てて一人前にしてくれた親を足蹴にするのと同じ種類の不道徳です。教師が子供達に不道徳をそそのかしてどうするというのでしょうか。やっぱりクビにすべきです。職責よりも内心のエゴを優先する教師を司法が認めるとは、職業倫理はどこへ行ったのでしょうか?

そもそも、この問題では「内心の自由が大切」みたいな事が言われていますが、その結果、まともな道徳を破壊しているのです。過去には国旗国歌の指導は思想信条の自由に反するというような判決も地裁レベルでありましたが、これぞまさに司法が自由の暴走と道徳の破棄にお墨付きを与えてしまった判決だと思います。

自分の内心の自由よりも子供の教育を優先するのが教師の仕事ですし、それが職業上の道徳というか倫理というものでしょう。


(国旗・国歌の根拠は世論ではなく歴史)

それから、日の丸も君が代も、どちらも気に入らない、特に「君が代」の歌詞など今の時代にあっていない、などの意見があります。だから国歌を変えろという者までいます。民主主義の世論で「現代的」な歌の歌詞に変えろと言っているようですが、この発想は大間違いです。

日本と言った場合、それは戦後の日本だけが日本ではありません。神武天皇までさかのぼらなかったとしても、聖徳太子くらいでも、近代国家となった明治くらいでもかまいませんが、日本という国は過去から連続しているのです。

憲法でも何でもそうだと思うのですが、そういう歴史に配慮せねばなりません。現代人の意見だけではなく、過去の先祖から未来の子孫のことまで含めて国家というものを考えるのがまっとうな人間のすることです。日本という国は現代の我々だけのものではありません。

そう考えると、君が代は、日本の歴史をそれなりによくあらわした内容のものになっています。国家象徴とは現代人と現代の日本だけの象徴では不十分です。それは建国以来の日本という国の歴史が含まれた内容であるほうが望ましいのです。この日本という国は現代人がちょちょいっと短時間で作ったような、そんな簡単なものではないからです。

国家象徴に反対する人たちというのは革命でもおこそうとしているんでしょう。日本は革命国家ではありませんから、日の丸や君が代や天皇を変えたいのなら、それは革命をおこしてからにしていただきたいと思います。それが筋というものです。もちろん革命なんて私は認めませんが。

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コメント
この記事へのコメント
少し長いよ
最後まで読んだけど少し長いよ、二回に分けて書いたらどうかな?内容は賛成・その通りである。日本は何事も自由で(自由すぎる!)住み易い国である。安全さは・・自分だけ良ければ後は構わない・・と言う他国出身の犯罪者が増えてきているが、まだ比較的安全である。この日本に不満があるなら、国旗に敬意を示せないなら他国へ行って貰う他はない。
Ⅲ号戦車 | URL | 2008/03/29 (土) 19:56:01 [編集]
「『自由』には「思想」「言論」「行動」の三種類があり、前者に行くほど制約が少なく、他者に対する影響も少ない」という意見をあるブログで読み、なるほどなぁと思ったことがあります。

思想・信条の自由は確かに保障されるべきですが、それは他者に対して影響を及ぼさない限りという条件を付すべきでしょう。頭の中で如何に妄想を膨らませても、外に発現しなければ建前上無害と言えますから。

しかし頭の中で我慢できずに発言する、或いは行動するに及べば、それは他者に対して影響力を行使し、他者の自由を拘束することになります。それ故、言論・行動の自由においては制約が課されるべきです。

思想・信条の自由が言論・行動の自由と同レベルに扱われることが危険であると考えます。
かせっち | URL | 2008/03/29 (土) 20:38:31 [編集]
日村さんもそういうブログにコメントすることがあるのですね。
私もかつては左系ブログばかりにコメントしていたのですが、なかなか説明に手間がかかるので仕事が忙しくなってからまったく読まなくなりました・・・

一方、日村さんも認識しておられると思いますが、「日本民族を定義する」言語も、戦後はかなり危なくなってきていますよね。
「当用漢字」・「現代仮名遣い」の問題をはじめ、差別語という濡れ衣を使った言葉狩り、分かち書き問題から小学校への英語必修化論などなど・・・

ささやかな抵抗として、我が家ではテレビを見ないことと、「子供版 声に出して読みたい日本語」で俳句を刷り込んでいます。田恆存氏の「私の國語室」も準備してありますが、4歳児にはまだ早いようです。
・・・しかし、今確認したら、声に出して読みたい日本語にまで「子ども」なんて書いてありますな。嘆かわしや。
海驢 | URL | 2008/03/29 (土) 22:38:10 [編集]
日本人なら
君が代、校歌斉唱で始まり、仰げば尊しで終わった卒業式は、恩師や学友と過ごした日々とともに数十年を経た今でも胸が熱くなる思い出として甦ってまいります。
現状では日村さまがおっしゃるように、国旗・国歌の尊重は「道徳の問題」ととらえるのもやむなしと思いますが、本来はもっと根源的な、日本人を日本人たらしめるものであるべきではないかと思います。日本国憲法が「天皇」とともに「国旗・国歌」を国民の統合の象徴として規定しなかったのは重大な手落ちではなかったでしょうか。
ROM太郎 | URL | 2008/03/30 (日) 06:17:35 [編集]
>しかし、今確認したら、声に出して読みたい日本語にまで「子ども」なんて書いてありますな。嘆かわしや。

斉藤さんは「従軍慰安婦」を信じていらっしゃるようですから、思想的には微妙な方のようです。
ひなげし | URL | 2008/03/30 (日) 10:17:16 [編集]
ひなげし様
>斉藤さんは「従軍慰安婦」を信じていらっしゃるようですから

貴重な情報をありがとうございます。
そうでしたか。
一応、掲載されている俳句はひととおり目を通して、内容的にウラのある選ではないように思ったのですが、もう一度「言葉狩り」や「自虐」のウィルスが付いてないかチェックしてみます・・・

海驢 | URL | 2008/03/30 (日) 21:57:13 [編集]
レス
> ?号戦車 さん
 すみません、私のパソコンだと文字化けして、何号戦車さんかちょっとわかりませんで、失礼かと思いますが・・・
 ところで、長いというご指摘、やはりそうでしたか(汗)。というのも、最初はこの4分の1くらいの長さしかなかったのですが、ちょっとそれでは短いかと思ったので、残りの半分以上は旧ブログから若干修正しただけて、くっつけたものでした。でも旧ブログは毎回これくらい長いこともあったんですよねー。


>かせっちさん
 そうですねー、自由についてはいろいろと私も過去に考察していますが、まあ、ひたすら自由ばかり主張すると、他者との自由との衝突がおこるし、別種の自由とも衝突がおこる、という簡単なことがわからない人が多いんですよねえー。ですから、問題なのは、自由にも順位づけがあるし、本当に大事なのは、どういう自由が大事なのかを決めてくれる価値観だろうと思います。そして私の意見だと、それは歴史的に決まってくるものだということです。


>海驢さん
 言葉の使用というのは多数決みたいなところありますからねー。一番しっかりしなければならないのは、教育もそうですが、マスコミですよね。でも当用漢字とか仮名遣いを決めているのは文部科学省?あたりでしょうから、そういう役所の人間ももっとしっかりして欲しいですね。
 他のブログにコメントつけたのは余計なことでした。でもちゃんと承認してくれたので、お玉おばさんも(あ、書いちゃった)少し見直しましたが。


> ROM太郎さん
 おっしゃる通り、国旗国歌天皇というのは、3大国家象徴だと思います。本来なら憲法の前文あたりから天皇のことについて書かれていて、第一条あたりに国体について書かれているその最後あたりに国旗と国歌のことについて触れておくべきですよね。新憲法制定してそういう感じのものを着くって欲しいと思います。


>ひなげしさん
 なるほど、そうなんですか。この本を私は読んでいませんが、読むときはちょっと私も気にとめておきたいと思います。情報ありがとうございます。

管理人 | URL | 2008/03/31 (月) 09:04:55 [編集]
中国共産党 「日本解放第二期工作要綱」(博士の独り言) 
http://specialnotes.blog77.fc2.com/blog-entry-54.html
名無し | URL | 2008/04/02 (水) 23:07:30 [編集]
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