右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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二世・三世議員の批判は慎重に
これもあまり積極的には書きたくないネタですが・・・。というか、書きたいのですが、書いても批判ばかりということを想像してしまいます。

ただ、どうも私はあまのじゃくなのか、世の中で批判されている天下りとか談合とか既得権とかでも、マスコミ世論に同調してそれを無条件に却下するのに疑問を感じてしまい、誰にも受けないようなことをつい書いてしまいがちです。

私の応援しているある方が、世襲議員批判をしています。私は、世襲議員批判には慎重であるべき、世襲批判は根拠薄弱とすら思います。ただし、もちろん、世襲を奨励しているというのではありません。
山本一太とか、世耕弘成とか、河野太郎とか、渡辺喜美とか・・・思いつくままに自民党のダメ議員を上げてみましたが(もっともっといます)、彼らがダメなのは二世・三世議員だから、なのでしょうか!?

たしかに、自民党で二世・三世だと、簡単に国会議員になれてしまう、そういう部分はあるかと思います。世間の常識も無いのかもしれませんし、庶民の苦労もわかっていないかもしれません。

しかし、国会議員という仕事について世間一般の人よりは関心を持って見てきたり、親の背中を見て苦労を知っていたり、普通の人よりも国家というものを深く考えている場合だってあると思います。

また、二世三世の議員でも、まともな議員、頑張っている議員、有能な議員もいます。ただ、多くはないのは確かかもしれませんが・・・

しかし、それならば、1世の議員が良いかと言えば、たとえば最近増えている松下政経塾出身者、彼らにはろくなのがいないと思います。(もちろん松原仁など、まともなのも1人2人はいるでしょうが)。

また、最近増えている公募で選ばれた議員たちですが、これもどうでしょうか?1世だからまとも、とは決して言い難いものがあります。小泉チルドレンなど救いようが無い存在と思います。

政治家に二世・三世が多いということは、曲がりなりにも民主主義の日本にあっては、彼らを選んだ有権者が2世3世でかまわない、場合によっては二世・三世のほうが好ましいと思っている可能性すらあります。

ですから、そういう場合には民主主義批判、世論批判までしなければなりません。

二世・三世の議員の批判をする時、私は自殺した松岡大臣を思い出します。彼は官僚をやめて政治家を志したわけですが、彼にはカバンも看板も何もありませんでした。二世でもないし、顔もあんな悪人顔です。

これは鈴木宗男にも共通していますが、選挙で勝つための武器になるものが何もない人、しかし政治家になりたいという強い希望は持っている、政治的な手腕はなかなかのもので実力もある、そういう人物が、安定して当選を続けるためにはどうするか・・・

彼らのしたことを私は汚職とまで言うつもりはありませんが、少なからぬ比率で、キレイでない金に手をだしたり、ということが避けられないのではないかと思います。

最近では、下から這い上がってきた政治家というのはいなくなっています。政治家になる簡単な方法は、テレビに出てマスコミを通じて適当なことをしゃべくって顔を売ることです。しかし、こういう方法で政治家になったのにもろくなのがいない、ろくでもないのが多いと思います。

最近のほうが以前よりもむしろ、二世三世でなくても、そういう方法、マスコミで顔を売ったり、党の公募で選ばれたりして政治家になる道が開けているのではないでしょうか?しかし、国会議員はむしろ昔よりも劣化しているとすら言えると私は思います。(まあそれは小選挙区制のせいかもしれませんが。)

また、歴史をさかのぼると、権力というのは往々にして世襲されてきました。従って、世襲=封建的というイメージがあるのは確かですし、権力を世襲することの弊害というのも少なくないとは思います。

権力が長きに渡って固定される弊害というのもあるかもしれません。しかし、貴族というのは自らが選ばれた特別な存在であるから、ノブレス・オブリージュを誰より自覚して世のため民のために尽くすということだってあります。

逆に自分で這い上がって得た地位ならば、自分の能力の結果であり、その対価を自分が得て何が悪いというひらきなおった考え方だってできます。成り上がり者という言葉もあるのです。

また、家族や親族を大事にするとか、家業を維持するとか、先祖を大切にする、親から受け継いだものを子孫に伝えるなど、保守的な価値観からすれば、世襲というのは簡単に却下できない職業選択の一形態だと私は思います。

世襲というのは、特に権力を世襲することになる場合は、「既得権益の温存」となることは間違いありません。

しかし、いつも思うのですが、保守を名乗る人間が、既得権を既得権というだけの理由で却下してしまって良いのか?ということです。

良い既得権と悪い既得権、という仕分けが必要です。

既得権というのは、その既得権がどれくらい続いたかにもよりますが、社会の安定とか歴史が作り出したものである場合もあります(すべてではありませんが)。

世襲がいけないとか、既得権がいけないとか言うのは保守派にとっては、実はかなり危険な要素を含んでいます。

皇室の問題です。皇位継承の問題をどう説明するのでしょうか?サヨクは皇室の存在を最大の既得権とか封建的な世襲とみなしています。

「あれは別だ」ということで簡単にすませることができるほど、私は物事を割り切って考えられるタイプではありません。

やはり、親の持っているものを子孫に伝えたいと願うのが、日本人が歴史的にずっと抱いてきた感覚であり、そこには何らかの歴史の叡知や伝統の精神が含まれていると思わざるを得ないのです。

たしかに、権力を世襲するのは危険なことかもしれませんから、政治家の世襲は権力の世襲となる、だからダメなのであって、今の天皇陛下には政治権力はありませんから、政治家の世襲とは別と言えば言えるかもしれません。

しかし、政治家は、正確に言えば、世襲ではありません。親が政治家ならば子供も自動的に政治家になれるような制度は日本には存在していません。

政治家は選挙によって選ばれているのであって、当選した議員がたまたま二世・三世であった、ということです。自動的に親の職業が当人らの意志だけで子に禅譲されるわけではありません。

ですから、やはり二世・三世議員が多いのが良くないと言うなら、彼らを選んだ有権者を批判すべきです。

しかし、日本人の常識的な感覚として、素性のわかっている人間が引き継ぐということを好むということがあります。

二世三世を好むのは、世論というより常識的な感覚なのではないかと私には思えます。

また、本当にどうしようもない議員はいくら二世・三世とは言え当選できないでしょうし、上に上げた程度のろくでも無さならば、一世の議員の中でも松下政経塾出身者とか公募で選ばれた連中にも数多くいます。

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コメント
この記事へのコメント
私は「新しい天皇論」を提示しています。
「天皇は数学の”0”のようなもの。
何も無いが・無ければ数学が成り立たない」
「天皇は社会に規範・道徳を創る(西欧のGodのようなもの)」
「天皇はサル社会のボスザルのようなもので
順位制の頂点に立ち・それによって国民同士の無駄な争いを防いでいる」
などとblogで述べています。
なかなか受け入れられませんがね・・・v-82
柳生昴 | URL | 2008/03/26 (水) 14:35:29 [編集]
私は世襲禁止に賛成ですね。西尾幹二氏も、安倍の無様な退場を受けて、世襲禁止を提唱し始めました。ひ弱な指導者の登場を防げないという理由だそうです。とはいえ、実際日本では不可能だろうと思いますが。松岡氏とか、鈴木氏の醜聞というのは、世襲というよりも日本の平等主義に由来してると考えます。諸外国では、政党内で幹部候補とそれ以外は区分されてるのではないでしょうか。若いブレアが10年間も首相をするというのは、日本人の想像を絶してます。しかし、幹部として30代から教育されてるので、他のベテラン議員も文句を言わないわけです。そういう世界では、学歴・経歴などで傍流に位置している人が、頑張って大臣に何度も登用される可能性は低いと思います。日本の場合、誰でもなれるんですね。福田首相のように。だから、松岡や鈴木でも、それこそガムシャラに頑張ります。自民党は、こういう人を大臣にすることで、主流の人間も傍流の人間も、ひたすら頑張り続ける仕組みを維持してきたわけで、いわば昔の日本の会社みたいなもんですね。
popper | URL | 2008/03/27 (木) 02:06:20 [編集]
>柳生さん

うーん、それはかなりユニークな天皇論ですねえ。なかなか理解されにくいとは私も思います。というか、そこだけ聞かされてもよくわかりませんので、ブログを拝見したいと思います。柳生さんのブログをずっと見ることができなかったのですが、ブラウザを変えたら見られるのがわかりましたので。


>popperさん

安倍氏の退場を受けて世襲禁止を言うというのは、まさに目の前のことに反射的にものごとを言っているにすぎないので、そういう人の意見は聞くに値しないと私は思います。

世襲議員にもまともなのがいますから、そういう議員がいなくなるのは困ります。というか、上にも書きましたが国会議員に世襲という制度はありませんので、それは無意味な発言だと思います。

ただ、積極的に賛成ではありませんが、親と同じ選挙区からの立候補を制限する、くらいなら議論の余地はあるのかとは思いますが。

また、被選挙権に何らかの形で制限を加えることにも議論の余地があるとは思います。

あと、鈴木と松岡の話については、私は選挙で当選するために二世でもなく地盤も看板も何もない者がどうしなければならないかについたのであって、大臣への登用の話はちょっと別問題です。
管理人 | URL | 2008/03/27 (木) 08:31:07 [編集]
私は
連邦共和国にしたいので、世襲には、かなり足枷をつけるべきかと。と言うより、議院資格は、議員登用試験(筆記と面接、演説、禁欲強度、交渉)を合格し、武術は最低初段まで極めたものだけ、とすべきでしょう。これだけは、欲望渦巻く世界の中で、渡り合うには必要最低限の能力として有しているべきです。選挙資金は、先に1000万だけ与えて、その範囲でいかにして支持を獲得できるか、のマネージメントにすべきですね。
新四郎 | URL | 2008/03/27 (木) 12:13:38 [編集]
ぜひご覧になってください!
日村さん
それはありがたい!
TBはfc2はうまく通らないので
よろしかったら
2006年9月6日 相対性理論的天皇論
http://empire.cocolog-nifty.com/sun/2006/09/post_25ed.html
ご覧下さい。
続いて9月8日 心理学による男系天皇論
もあります。
柳生昴 | URL | 2008/03/27 (木) 18:00:25 [編集]
義務を忘れていませんか?
例えば、皇室の問題です。
視野の狭いサヨクの方にはありがちなのですが、継承されるのは権力だけでなく、果たすのが困難な義務もあるはずですが、それは目に入らないようです。

天皇陛下が務められている神事だけでも、相当の激務ですし、国事行為と国家元首としての外交・国内行事を果たす必要がありますし、さらには、国民のために無私を貫くこと・・・少なくとも、私はそれらを果たせる自信などありません。
(無私を貫く義務のため、親の葬儀にも参列できないのですよ)

このようなことは、幼い頃からの絶え間ない修練が必要であり、それを実現する最も効率的な方法は、やはり世襲になるのではないでしょうか。
(ここでいう世襲は、必ずしも直系・血縁のことではなく、氏族的なものを指しています。)

世襲によって、そのような聖なる義務も受け継がれる皇位だからこそ、国民が崇敬の念を抱くことができ、思想や意見や人種が異なっても求心力を発揮できるのだと思います。
もちろん、世襲が全ての良いと言っているわけではなく、公共事業や天下りと同じく、善悪二元論で片付く問題ではなく、事と次第によってはそちらの方がより良い選択であり得るということだと思います。

余談ですが、私は共和制や民主主義というものをかなり懐疑的に見ています。ナチズムもスターリニズムも共和制・民主主義の産物ですからね(ついでに中共も。なんせ、「中華人民共和国」ですから。)

議会制民主主義の本家といわれる英国が王室を必死に維持していること、1918年まで普通選挙を導入しなかったことや、江戸時代の統治機構・庶民の生活実態を知れば、共和制・民主主義の幻想から覚める人も多いかと思いますが・・・
海驢 | URL | 2008/03/27 (木) 23:42:41 [編集]
ちなみに祖父―子―孫の三世代世襲議員は鳩山家と小泉家だけだそうですよ(私の記憶に間違いがなければ)。

私も日村さんと同じく、世襲批判にあまり価値を見出せません。世襲にももちろん悪弊はありますでしょうが、世襲を全く排した世の中というのがどうも好きではないのですね。伝統軽視ですし、なにより民主が衆愚に堕落していくきっかけともなりかねないものです。

ご指摘のとおり世襲を排した民主などというものは人気投票でしかないでしょう。そこに何の期待ができるのか。

実は私が所属している清廉会で、織原さんとそのような対談をやっているのです。

http://blog.livedoor.jp/seirenkai/archives/556331.html
http://blog.livedoor.jp/seirenkai/archives/617705.html

第三回も近日中に公開できるかと思います。もしよろしければごらんになってください。
| URL | 2008/03/28 (金) 00:11:46 [編集]
>新四郎さん
うーん、そういうふうに頭で考えた設計図で社会を改造してゆくというのには、私はあまり賛成していない立場ですので、ちょっと難しいですねー。あと、どうして日本海側の地方を日本から分離するのか、連邦共和制にする目的も意味も効果もちょっとわかりませんし。これまでも敢えてつっこまなかったのですが。


>柳生さん

ちょっとブログ全体も拝見しましたが、私とはずいぶん根本的に考え方が違うなあというのが印象です。もちろん、だからだめとか言うつもりはなく、なかなか理解しにくいという感じをいだきました。

天皇論については、かなりユニークですよね。私にはコメントするのもちょっと難しい感じでしたので、おおまかな感想しか書けずにすみませんが。

なにせ、誰も言ってない、かなり独創的というかユニークなのは間違いないと思います。そういう意見はすぐには理解されないものだと思いますね。

私のブログの内容は、いや、私に限らず、だいたいはどこかで誰かが言っていることですから。まあそれが悪いとも思っていないのですが・・・


>海驢さん

皇位のようなものは世襲というかおっしゃるような相続のしかたしかあり得ませんよね。で、皇位継承を守るには、やはりそれをとりまく皇族・宮家をもっと幅広くしなければいけないわけで、世襲批判が強まると、そういうのがより困難になります。

もっとも、政治家の場合で言えば、上にも書きましたが、「世襲」という制度はありませんからね。たまたま二世・三世なだけですから、どうしようもないこと、だと思いますので。もちろん世襲でない議員が「俺は親の七光りなどなくても当選した」とか、「あの候補は二世のおぼちゃんだ」というふうに、選挙戦略として言うのは別にかまわないと思いますが、所詮はその程度のレベルの話だとしか私には思えませんね、政治家に関して言えば


>耕さん

どうもです。今、耕さんのブログを拝見しつつありますが、なかなか興味深く、共感しつつ読ませてもらっています。いろいろと勉強させてもらえそうなので、期待しています。ただ、こちらも柳生氏のブログと同じくブラウザを変えないと読めないのと、あと何故か私のPCだと文字の色が薄くてちょっと目に厳しいということがあります(余計なことを書いて失礼します)。

ところで三代の話ですが、河野一郎ー洋平ー太郎も三代かと思っていたら、一郎は洋平のおじさんだったみたいですね。まあこの3人とも好きではありませんが・・・

私は実は他のブログにはちょっとうとくて(てっく詐欺にひっかかって以来、他のブログに影響を受けすぎないように、多くのブログと少し距離をとっている)清廉会とか織原さんとか何のことかわかりませんでしたが、なかなか興味深いことをされていますねー。これまた勉強させてもらえそうで、じっくり読ませていただきたいと思います。
管理人 | URL | 2008/03/28 (金) 08:57:21 [編集]
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| | 2008/03/29 (土) 20:56:11 [編集]
鍵コメの方

そうですねー、左派と組むのはご免被りたいしそういうのは批判的ですが、おっしゃられるようなのは、かなり前向きに考えて、というか、近々私も参加させていただきたいと思います。
管理人 | URL | 2008/03/31 (月) 09:08:14 [編集]
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