右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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「責任」は誰にあるのか?
ここ数日、ブログを再開して、どうもイマイチ調子が出ないので、以前のように「です・ます調」にもどしたいと思います。まあ関係無いかもしれませんが・・・。

ところで、公務員や官僚の汚職や堕落が世間をさわがせています。それにともなって、官僚批判、公務員批判がやかましいくらいに叫ばれています。もちろん、腐敗は、それはそれで由々しき事態であると思います。

しかし、そういうものが100%なくなると思っているならば、それは人間というものを楽観視しすぎです。現状の腐敗レベルに対して、有る程度客観的な認識が必要でしょう。
【今頃】安倍首相が抱えていた矛盾【この話題】
ずいぶん前の話だが、今頃この話題。ブログを休んでいた時期の話だが、やっぱり書いて置いたほうが良いだろう。安倍首相の辞任。あれには驚かされた。これをサプライズなんてルー大柴みたいな言い方して喜ぶ新聞は愚かである。

それはそうと、安倍元首相は、首相に就任した頃から、もともと克服不可能な矛盾をかかえていた、その矛盾に飲み込まれてしまったのだろうと思う。
安易な官僚バッシングは国を滅ぼす
世の中、官僚批判がすさまじい。当然のことながら、批判されるべき官僚というのはいるのかもしれないが、官僚主義というのは公務員の世界だけの話ではなく、組織ができれば官僚主義というのはどこにでも存在するものだ。大企業なども。

だから、単純に官から民にしさえすれば良いというのは、ものすごく安直な発想だと思う。民間は自分の利益しか考えない。

まがりなりも、公務員としての官僚の中には、公共ということをちゃんと考えている人たちが少なからずいるのも確かだ。
合理的な「改革」とは薄められたサヨク主義
いわゆる経済学者、特に、改革派と言われるようなタイプの人は、その政策や経済のしくみが「合理的かどうか」ということをよく口にする。

しかし、簡単に合理的と彼らは言うが、それは一体何のための合理性なのだろうか。はたまた、合理的と言いつつも、その前提についてとても深く考えているとは言えないような、そんな合理性に意味があるのだろうか?

もっと「合理的」ということを突き詰めて考えてみよう。
何がKYだ!
最近はKYという言い方があるようで、今年の流行語大賞の候補か何かになっていたように思う。少し前にKYと聞いた時は、サンゴ事件の話?かとも思ったら(笑)、そうじゃなくて空気のK、読めないのYで、空気読めない=KYということらしい。

私はこの「空気が読めない」という非難の仕方が大嫌いである。
専門主義の弊害
さて、旧ブログのみで再開と思ったものの、ちょっと面倒なことがあって、こちらでも再開することにした。しかし、かなりひさびさで、どうも何を書いて良いやら、さっぱり筆が進まない。とりあえず、最近読んだ本について書くことあたりからスタートしようかと思う。

それから、以前の「ですます調」ではなく、独り言ふうの文章に変えることにもした。

さてさて、書くネタがわからないので、読んだ本について、脇道にそれてちょっと思ったことを書いてみることにしようかと思う。何を思ったかと言うと、タイトルの通り「専門主義の弊害」もしくは、専門主義ばかり栄えている現状への憂慮と言ったところか。
ボチボチ再開
コメントくださった方々、レスもせずに失礼いたしました。

FC2ブログは、1ヶ月更新しないと、妙な広告が入るように変わったようで、困りものですね。

ボチボチ再開しようかと思っています。旧ブログのほうにて、ひっそりと・・・。
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