右余極説
右翼ではなく余り極端でもなく説明したい(笑)
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あと二週ほど・・・
またまた、レスも放置で休止状態で申し訳ありません・・・毎度のことですが(汗)。

消費税増税法案が衆議院を通りましたね。

いくら条件付きとは言え、本当にデフレ脱却してからでなければ税率を引き上げるかどうか、正直、そのときの内閣次第なので、かなり怪しいと思います。

今の自民党の執行部や谷垣などはほとんど野田とかわりませんので。

なので、この法案は葬り去っておくべきだと思いますから、小沢氏には頑張って早く民主党をぶっ壊して(笑)いただきたいと思います。そして民主党とともに消えてくれたらなお良しです。

と言うことで、適当な更新で申し訳ありません。

本格的に再開するのは、7月の中旬くらいの予定です。

それまでまた放置になるか、今日みたいな一言更新になるか、どちらかですが、よろしくお願いいたします。
連休中は休みます
ブログ再開してから何とか毎日続けてきましたが、連休中は遠出したりなど予定がたてこんでいるので、土日祝の更新はお休みさせていただきます。

楽しみにして下さっている方(少しはいるのかな!?)、申し訳ありません。

5月1日(月)と2日(火)は更新の予定です。

最近は、ほとんど人気ブログランキングから来て下さる方々ばかりですので、順位が下がるとわかりにくくなるかもしれませんが、どうか下がっても忘れずに、ごひいきによろしくです(笑)。

↓ 何も更新してませんが、それでもご協力くださるお優しい方がおられましたらクリックお願いします。あつかまおしいお願いですみません。

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Zはゼットと読むべし!
風邪を引いてしまったので、まともな文章を書けませんので、くだけた話を・・・

この風邪、たぶんこの前の週末に、大阪モーターショーンに行ってそれで染されたんだと思いますが。その話ではなく、見たかった一台が「BRZ」を言う車でした。

私はこれを「ビー・アール・ゼット」を読みますが、近くにいた幼児が「あ、ビー・アール・ズィーだ!」と言ったのを聞いて違和感を感じました。

もしかして「Z」は英語で「ズィー」と発音するのが正しいと思っているのでしょうか?

そう発音するのは、英語ではなく、正確には米語、アメリカ英語のはず。中学の英語の先生にそう習いました。

で、あらためて調べてみると

米:ズィー
英:ゼッド
独:ツェット
蘭:ゼット
ラテン:ゼータ

と言うことで、まあ英語以外の言語の話はとりあえず置いておき。私らの世代?はZは学校で何とならうか以前に、世の中ではこの文字は「ゼット」と読んでいました。

それが、いつのまにか世の中?ではズィーに変えられているようです。

私はやっぱり

日:ゼット

で行くべきと思います。

ところで、日本語のゼットは由来を調べるとオランダ語のゼット由来らしいので、英語の発音ではないようです。

しかし、いずれにせよ、国際共通語としての英語はイギリス英語なのだから、その発音に近いほうが良いと言う点からも、また日本語としての歴史的な経緯からも、日本語としてアルファベットを読む時にはZはゼットと読むべきと思います。

だいたい、ズィーなんて、ジー(G)と区別しにくいし(そうでもない?)、それで行くならCはシーではなく、スィーと発音しないとおかしいことになるでしょう。

中途半端にCはシーなのに、Zだけズィーにすることは無いと思います。

だから、整合性と言う観点からも、Zは日本ではゼットと発音すべき!

これはアメリカ英語偏重のせいかと思いましたが、友人に聞いたところ、今や子供のアルファベットソングはすべてゼットではなく、ズィーと発音するようです。

彼は、ディズニーのせいだろうと言っていました。何と、ディズニーによる日本の幼児への洗脳、日本の言語と言う1つの文化への侵略行為ではないでしょうか!?

ちょっと大げさと笑われるかもしれませんし、Dだっていつのまにかデーではなくディーと読むようになったのだから、などと言われるかもしれませんが、デーとディーは似てますが、ゼットとズィーは違いすぎます(笑)。

ますますディズニーとディズニー的なものをありがたがる日本人がいやになりました(爆)。
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ひどいものは削除だけでなく、アクセス禁止にします。

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なので、そんなコメントを書いても無駄ですし、迷惑ですのでおやめください。

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思い上がり
私がマスコミを嫌うのにはそれなりの理由がある。

日本のマスコミは、世界的に見ても弱者の味方である。つねに弱い者の視点からものを見ようとする。

それはそれで立派な面もあるだろう。虐げられている弱者をなんとかしてあげたいと言う気持ちは私にだって無いわけではない。

しかし、そこに思い上がりが生まれやすい。

社会的立場の高い人が失言をすると、マスコミは集中砲火を浴びせる。本当はそこに働いているある種の選別の力(偏向)が問題なのだが、今回はその話ではない。その種の批判では「○○な人々の心を傷つける発言」うんぬんと言うパターンがよくある。

それは、もちろん、そんな発言が良くないのは全くその通りである。

ただ気になるのは、まるで、自分達マスコミは正義の味方で誰も傷つけてはいないかのような報道ぶりである。

この私がどれだけマスコミ報道やテレビ・新聞に不快にさせられ、その内容に激怒しているかなど、当然マスコミは考えたことも無いだろう。

もちろん、私が変人だからと言ってそれで無視して終わりでも結構である。しかし、私のような変人も、この日本列島にたった1人しかいないわけではない。似たような感覚を持っている人間が、ざっとみつもって1万人くらいはいる(笑)。

1万人と言うとかなり大人数に思うかもしれないが、1億人の人口とくらべると、0.01%の極少数にすぎない。世論万歳・多数決万歳の民主主義の世の中では、少数であると言うことは圧倒的に立場が弱い。

しかし、マスコミは日頃から自分は少数の弱者の味方であるかのようなことも言っている。

いや、私のような少数者が傷ついたって別にかまわないのである。いい年こいた大人が、少々のことで傷つけられただの不快だの、傷つけてごめんだの言うのはむしろおかしいと思っている。

どだい、何かを発信する以上は、人を不快にさせたり、傷つけたりすることが避けられない。自覚が無くてもかならず誰かを傷つけているか不快にさせている。それくらいに思ったほうが良い。

自分がそういうことをしていないと思うのは、すべての人間が自分と同じ価値観だと思っているからである。


私は、自分がいかに世の中とずれているか自覚がある。いつも傷ついているし、多くの人がなにげなく言っている言葉にもいつも不快に思うことが多々ある。もちろん、そういう事に対していちいち反応はしないように、かなりの自制心で我慢している。

そして、そういう自分の感覚が他の人から理解されるとも思っていない。

何か言ったり書いたりする以上は自分と考え方や感覚の違う人を知らないうちに嫌な気持ちにさせる、そういう事は避けられないと自覚しているのである。

ところが、マスコミは、そんなこと考えもしない。

例えば、数日前にNHKを見ていると、ナレーターか誰かが「アラカン」と言っていた。

私はてっきり、嵐寛寿郎の話かと思っていた。鞍馬天狗の。

ところが、よく聞いてみると、Around 還暦(アラウンドかんれき)と言う意味らしい。

もう激怒である。

NHKが日本語を滅茶苦茶にしている。

日頃からアラサーだのアラフォーだの言う言い方には本当に不快にさせられる。

どうしてそんな変な英語とも日本語ともつかない言い方をマスコミが一方的に流行らせるのか。そして、アラカン!?それもNHKが。

釣り番組を見ていても似たように不快に思うことが多い。エギングだのなんだのと。

でも、こんなことを言っても、ほとんど誰も理解してくれない。

まあ、でもこれは良いのである。私が変なのだろう。

こういうところまでマスコミを批判する気はさすがに無いし、そういう言葉遣いをしている人を批判する気もない。

でも、せめて「自分たちは誰も傷つけたりしていない」などと言う思い上がりを抱くのはやめて欲しいのである。

ところが、マスコミはそういう自覚が無い。自分を無謬の正義の味方とでも思っているのか?

人の気持ちは簡単にはわからないものである。そんなこともわからないのかと思うと、また腹が立つ。

そういうことを自覚できるのは、ちょっと変な人だけなのかもしれない。日々平和に暮らしている人たちにはわからないだろう。
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