紆余曲折 - それが人生 -
いろいろあって、政治ブログからただのブログへ・・・

一度はブログ終了宣言をしたものの、何かを吐き出したい欲求に逆らえず・・・

ただし、政治ブログとしては続けるつもりはありません。雑多なものになるかと思います。

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マスコミに洗脳された人からのメッセージ
NH氏と言う方より以下のメッセージが


日付:2009/08/11 20:41:02
件名:あなたは何も分かっていない
ホスト:softbank220053000020.bbtec.net
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今どうして日本の官僚が非難されなければならないのか、あなたは何も分かっていない。もう少し真剣に勉強すべき。どうして日本が戦争に突っ込んだのか、そのときの状況と現在の状況の類似性と日本人の特性の理解、その分析と反省があなたには全くない。日本が戦争に突っ込んだ原因はそれを煽ったマスコミと、理知的な議論が出来ない日本人気質にもあるが、直接的な最大の責任は統帥権という権限を預託された軍事官僚にある。5000人を特攻で若者を殺しながら、戦後は責任逃れに終始した軍事官僚。現在も同じではないのか。国家官僚と私企業の官僚的体質を同一レベルに議論することにも貴殿の見識のなさが現れていうる。両者の権限は全く違うではないか。今国家官僚の権限に箍を嵌めなければ、860兆円の借金はもっと膨らみ、日本はmelt downしてしまう。そうなると日本はどうなるのか、それは誰に責任になるのか、あなたはまじめに考えたことがあるのか。インターネットで意見を乗せる前にもう少し歴史を勉強すべき。



あなたこそ歴史を勉強しなさいよ。あいかわらず日本にのみ原因があったかのような、聞き飽きた戦後マスコミに洗脳された言説。

その調子ならあなたの官僚批判も所詮は戦後マスコミに洗脳された底の浅いものだろう。

はっきり言う。あなたは勉強が足りない。もっと歴史の勉強を、官僚が何をしたのかの勉強をしてから出直しなさい!
憐れなイエスマン
一番なりたくないタイプというか、まあ、なろうとしてもなれないのが「イエスマン」である。

上司の言うことの是非についてまったく考えようともせず、ただ言われたことをへいへい聞いている。

まあ、私の場合はもうちょっと人の言うことを素直に聞いたほうが良いくらいなのかもしれないが・・・

私は組織における序列などはきっちり必要だと思っているが、しかしみんながイエスマンになってはむしろ組織は崩壊するからやばいと思う。

ただ、自分の上司、もしくは自分より能力が上の人間の言うことにうなずいてばかりいる人間は、組織がどうこう言う前に見ていられない。まるでペットのようで、かわいそうになってくる。

ペットはどんな愚かな飼い主であっても、そこに命を預けるしかない、恐ろしく憐れではかない存在である。

だから飼い主には大きな責任が求められるのだと思うが、逆に言えば、飼い主にもの言うこともできない、飼い主を批判的に見ることもできない、自分で自立して生きて行くことのできない動物であるということが根本原因なのである。

だから、種族全体が人類に飼い慣らされるという形で隷属して生きて行く他に生存の道が無いだろう。

つまり、とてつもない弱者ということで、同情する他無い。イエスマンとはどうしようもない弱者なのだろう。おかわいそうに。しかし、弱者であることに安住しているのではないか?

独立自尊のかまえが無い者は人間であっても、ペットになるほか無いのである。私には、ペットになってまで生き延びたいなどとは到底思えないのである。飼い慣らされるくらいならば、死を選ぶ。
世論調査・無意味論
今日は調子が良いので、短めのをもう一つ。午後から忙しくなるので、またしばらく音信不通になるかもしれません。




支持率が8割とか9割とかいう首相や知事などが、もしいるとしたら、それは、そもそも世論(つまり世の中の大多数の人間)というものが、政治を他人事のショーとしてしか見ていないことの証拠だと思う。

同じ意味で、支持率が一桁とか10数パーセントであっても同じである。

他人事、自分に無関係と思うから、簡単に支持したり、ダメと言ったりするのだろう。自分も政治に責任があり、国民にもそれなりの義務があると考えるなら、政治を他人事の目線でその場の感情で支持したりしなかったりなど、そういう愚問にいちいち簡単に答えられるはずがないだろう。

世論調査で政治の流れを決めるなら、マスコミは世論調査に回答した人間の素性をすべて明かすべきだろう。

不特定多数で誰かもわからない、何の責任も持たない取らない人間の意見は、いくら数が多かろうが、聞くだけ無駄である。
臓器移植
さて、またまたしばらくの放置状態が続いてしまったが・・・来て下さる方もずいぶん減ったが、たまに覗いてくれる人がいれば良いというスタンスで・・・

ちょっと前に臓器移植法の改正案が衆議院を通過した。まだ参議院で決議されていないので、改正されたわけではない。

しかし、いちばん緩いA案が可決されたが、日本人の死生観もずいぶん変わったものだ。

いや、たぶんたいして議論していない、困っている人がいるから何とかしようという目先のことだけでのものだろうと思うが、臓器移植というのは、しないのも地獄だが、すれば天国という訳ではないと思うのだが・・・。

生きている人間のためには死んだ人間の肉体は材料ととらえても良いという考え、もしくは、そこまで行かなくても、死とは何かという問題、つまり脳死は本当に死んでいる状態なかどうかという事はどうでも良いと言えるのか。

私個人としては、脳、それも大脳の自我に関する部分がやられたらもう自分は死んでいるとみなされても一向にかまわない、むしろ、その状態では生きていたくないとすら思うし、人間の肉体など精神がなければたんなる物質と考えても、私自身はかまわないとすら思うが・・・

しかし、脳については未知なことが多い。特に子供の脳はまだ可能性がある。

12歳以下の子供が脳死した場合、そこから臓器を取り出して移植するわけだが、そんなことして大丈夫のか!?という話はまだ結論が出たとは言えない。

今後、研究や医療技術がすすみ、子供の脳死と大人の脳死が違うとわかった場合、子供の脳死を死と判定して、後からそれがひっくりかえった場合、どうするのか。もしそうならば、まだ生きていられた子供を殺してそこから臓器を取り出したことになる。移植を受けた人も苦しむことになるだろう。脳死の問題はまだ結論がついていない。とくに小さい子供の場合はわからない。

何より忘れられているのは、臓器移植すれば、バラ色の人生が待っているという訳ではなく、移植してもその後の拒絶反応やらさまざまな苦難が待ち受けているのであって、移植を受けた者が健常者並みに生活して行くことは不可能、場合によっては死ぬより苦しいこともあり得るのだが、生きているという状態は死んでさえいなければ、それで良いものと言えるのか。まあ、最近の価値観では死にさえしなければ良いみたいに思っている人が多いから、私には到底理解不能である。

このように考えることは山ほどあるが、そういうことを今の国会議員たちがまともに考えたとも思えないし、そもそも考える能力があるとも思えない。

なんとなく、かわいそうな人がいて、そういう人のために、という程度の底の浅い人気取りで今の政治家はすべて動いているような気がしてしょうがない。

それももちろん、マスコミのせいだが、日本のマスコミは目線を低くするほど良いと思っているところがある。国民の目線という意味不明のことを言う政治家も多いが、そのことについては、また時間ができた時にでも書いてみたい。

ということで、話が脱線してきたので、ここらで・・・
ばらまき批判は妥当か?
政府の経済対策にはいろいろなものがある。

定額給付金などはまさにばらまきだと思うが、それ以外にもいろいろな政策があって、補正予算も組んでやっている。

そういう景気刺激策についてまでばらまきだと批判する人もいる。

今ばらまいておいて、いずれ増税するつもりだろうとか言ったりして・・・そういう批判はどうなのだろうか?
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